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006 ほんばん



 大会当日。武術部門の女性用控室はいつも通り静かだった。大会には老若男女が参加できると謳ってはいるが、その性質上、女性は少ない。魔導部門であれば女性の比率も増えるのだろうが、武術部門に出場する女性は決して多くはなく、今回も常連の3人ほどと、新規の参加者が1人、サファイアとファナを合わせて6人だけだった。武術部門の参加総人数は130人ほどなので、女性の割合は圧倒的に少ない。


 サファイア、ファナと他の三人に至っては最早慣れたもので、今日は誰がいちばん勝つのかとか、和気あいあいと話し合っている。新参の一人は、不馴れなのか会話に入ってこようとはしなかった。


「そろそろ試合が始まるね。他の人の戦いも見てみたかったけど、最初から試合なんてちょっとツイてないなー」


 サファイアは少ししょげながら、かちゃかちゃと鎧を身に付けていく。今回は木の芯に革をあしらった軽鎧で臨むことにした。防具はしっかりと、肌に密着させるように身に付け、遊びがないようにするとよい。アルフからアドバイスを受けて、サファイアはその通りにする。この鎧もアルフから渡されたものだった。


「ちょっとどころじゃないでしょ? 今回あんたのブロックは貴族の人がいるじゃないの」

「あー、そういえば……。貴族の人って例外なく強いからね……出場したら絶対優勝候補って言われるし」


 赤い鎧に身を包んだ長い茶髪の女性、戦士レアナがサファイアに声をかけると、黒髪ボブの女性、戦士ユリーカが言葉を続ける。2人とも、リーグ戦は何度も突破している強者だ。


「えー、そうなんだ……。あまり誰と戦うとか気にしてなかったからなぁ」

「あんたは気にしなくたっていいんじゃないの? どうせリーグ戦全部負けちゃうんだし」

「き、今日は自信あるもん!」

「あははっ、春にも冬にも聞いたよーその返事。でも夏はサファイアいなかったね。少しは何かあったのかな?」

「ふふっ、秘密の特訓したからすごい自信があるの。みんなやっつけちゃうんだから!」

 いつもと変わらない、くだらない会話をして、それぞれがブロックのリングへ向かっていく。今日のサファイアのリーグブロックは32番目、トーナメントに出れば一番右に名前が乗る。勝てればの話だが。レアナは18、ユリーカは2、ファナは30番目のブロックに割り当てられていた。32番ブロックではルークが待機してサファイアを待っていた。


「いよいよ特訓の成果を見せるときだな。リーグ戦なんか軽く突破してしまえ」

「うん! あ~緊張してきた……あれ、アルフは?」

「おっさんなら観客席で見てるからって言ってさっさと行ったよ。まあここにはトレーナーと選手しかこれないしな」


 サファイアは残念そうにしながら、まぁ見てるならいいかと装備を確認する。防具も武器も体調も万全だ。勝てる見込みがあると考えてしまっているせいか、いつもよりも緊張が強く、少し手が汗ばんでいる。


「サファイア選手、グレゴリー選手、リングの上へ!」

「よし……行ってくるね」

「おう」


 審判に呼ばれ、サファイアはリングの上へ歩いていく。試合相手のグレゴリーは既にリングに立ち、サファイアをじっと見つめていた。


「それでは改めてルールを確認します。その1、武術部門は武具のみを使用して優劣を競います。魔法は使えません。使用した場合、嵌めていただいている指輪が反応し、行動を封じます。その際は即座に失格となります。ただし、武具に秘められた魔力の開放はその限りではありません」


 審判が二人に対して説明をする。二人が頷き、審判が言葉を続ける。


「その2、首から上への武器を使用しての攻撃は禁止です。硬質材で作られたガントレット、グリーブを装着した殴打、蹴りも同等です。素手、素足、もしくは布や革で作られた防具のみ、顔面への攻撃を許可します」


 サファイアが両手を出し、審判へ見せる。革のグローブだ。グレゴリーは金属製のガントレットを身に着けている。グレゴリーはサファイアの顔面を狙えない。


「その3、試合中は審判及び相手選手以外との接触は反則となり、1試合で2回行うと敗北扱いとなります。ただし、対象者の反則負けを目的とした接触はその限りではありません。接触により回復や道具の譲渡など、何かしらの行為が付帯したと判断された場合は、1回目でも即敗北扱いとなります。勝敗決定の基本は10カウント制となります。ダウン、もしくはリングの外に出た瞬間からカウントが始まります。10カウント以内にリングの上に立てない場合は、敗北となります。また、審判が試合続行不可能と判断した場合も同様に敗北となります。相手を死なせた場合についてですが、敗北扱いとなるだけでなく、ローラントの法により罰せられます。くれぐれも相手を死なせないようにしてください。10カウント後は、敗者に対してすぐに救護班が回復してくれますので、安心してください。以上となります」


 二人は審判の話を聞き終え、お互い距離を置き、剣を抜いて定位置に構える。目線を合わせ、試合開始の合図を待つ。


(げっ……あのバカ……!)


 爪先の向き、重心、剣の持ち方が半年前のそれに逆戻りしている。ルークは瞬時に気が付き、焦る。サファイアは緊張のあまり、訓練の成果が全く構えに活かされていない。


「それでは……はじめ!!」


 審判の合図とともに、試合が始まる。32ブロック目は観客によく見える位置にあり、大きなと歓声が上がる。他のブロックは半数以上で試合が始まっており、コロシアムの中は既に熱気と声に包まれていた。


(……あ、れ……? か、体が……動かないっ……!)


 サファイアは剣を構えたまま、両手足に何かが絡み纏わり付くような感覚に襲われ、身動きが取れない。緊張により体が強張り、行動に移せない。鼓動が強くなる。相手が剣を水平に、剣先を向けて突進してくる! 避けなければと後ろに飛ぼうとする。ガタガタの構えのせいで重心が前にあり思うように下がれず、引いた足を自分の爪先に打ち付け、よろめいた。


「わっ……!!」


 サファイアは慌てながら相手の剣を叩き落とすように大振りすると、ギン! と大きな金属音と共に互いの剣が触れる。刹那、そのまま突っ込んできたグレゴリーのタックルを受け、大きくバランスを崩して後ろに転がりながら場外に落ちる。ルークは慌ててサファイアに駆け寄ると、サファイアに触れないように少し離れた位置で声をかけた。審判は既にカウントを始めている。


「大丈夫か、しっかりしろ」

「か、体が動かなくて……どうしよう……」


 言いながらも起き上がるサファイアを見ながら、ルークは考える。トレーナーとして今やれること、アルフに教わった技を使うべきかと。アルフは立ち上がりリングの上に向かおうとするサファイアを呼び止め、耳元に口を近づける。そして……


 わさっと片手でサファイアの尻を撫でた。


「きゃあああああああああああ!!!!!」


 耳を劈くような絶叫がブロック周辺に響いた瞬間、ルークは蹴り飛ばされコロシアムの内壁へ激突する。ルークの突然の破廉恥な行動に顔を真っ赤にしながら、サファイアはずんずんと歩きリングへ戻る。審判が反則を指摘しつつ、カウントは止んだ。


「ぁ痛ってぇ~……よ、よーし……これで大丈夫か……」


 ルークは打った頭を押さえながら、ふらふらとリング付近へ戻る。サファイアは一瞬キッとルークの事を睨みはしたが、緊張は解け、足取りも軽くなっていた。試合が仕切りなおされ、始めの合図で再開する。サファイアはもう大丈夫。構えは訓練をの通りにできている。

 グレゴリーが再び剣を構えて突進する。今度は剣を斜め上に大きく振りかぶっている。サファイアは同じ方向に、グレゴリーよりもわずかに剣を倒して迎え撃つ。グレゴリーがサファイアの肩にめがけて剣を振り下ろすと、サファイアはひょいと剣を横に振り、グレゴリーの剣をいなす。


 ガギッ!


 鍔にぶつかった刃から重い衝撃を受けながらも、ぐいっと外へ押し出して、グレゴリーの剣を避けた。サファイアはそのままグレゴリーの体を蹴り飛ばし、よろめくグレゴリーから目を離さないようにしながら、とんとんと軽いステップで間を開け、構え治す。

 ムキになったグレゴリーがもう1度突進してくるが、横薙ぎを1歩下がって躱し、すぐさまグレゴリーの背後へステップ、持ち手を変え―――


「やっ!」


 剣先を鎧の隙間へ打ち付ける。グレゴリーは低いうめき声を発すると、足から響く鋭い痛みに、膝をついた。


(おお…サファイアが初めて優勢になってる…!)


 ルークは目の前で起きている光景に驚きを隠せなかった。グレゴリーへのダウンカウントを聞きながら、サファイアも目を見開いて驚いていた。いつもリングに膝、腹、背中のどれかを触れさせながらしか聞いたことのないカウントが、両足を付けたまま響いている。初めての一太刀。剣先には薄く血が塗られ、目の前では対戦相手が膝を付き立ち上がろうとしている。


(…すごい、勝てるかもしれない…!)


 鼓動が高まり、周囲の動きが鮮明に感じてくる。刹那、足の痛みを紛らわすように、大きな声を上げながらグレゴリーが尚も剣を構えて向かってくる。サファイアはグレゴリーの太刀筋をすべて見切り、右へ左へ後ろへ、ひょいひょいとステップして躱し続ける。日々の棒タッチ訓練のおかげでバランスを崩す事も無い。体が軽い。鎧も剣も軽量であることが相まってグレゴリーの大振りはサファイアに掠りもしない。


「サファイア! こいつだけが相手じゃねえぞ!」


 ルークの激を聞き、サファイアがはっとする。そうだ、この戦いで終わりじゃない。まだあと2人……いや、7人倒さないと、優勝できないのだから。そろそろ、勝負をつけなければ。長期戦は不利だ。

 グレゴリーの息は上がり、動きも鈍くなってきている。リングには彼の足から流れた血が軌跡を作る。サファイアは少し間を開けると、腰を深く落とし、グレゴリーと目を合わせる。


「……来い!!」

「……ぬうおおお!!」


 サファイアの声に呼応するようにグレゴリーが剣を大きく振りかぶる。最後の力を振り絞り突撃するグレゴリーをサファイアは迎え撃つ。グレゴリーが剣を握る手に力を込めると、サファイアはそれを感じて後ろ足の爪先に思いきり力を入れ、剣を水平にしっかりと持ってグレゴリーへ突進する。


 ドン! と鈍い音がリングの上から放たれる。グレゴリーの剣先はリングの石を削……サファイアの剣先はグレゴリーの腹を突き抜けていた。


「……やっ!」


サファイアはグレゴリーの体を横に押し、剣を体から引き抜く。審判が手をあげると試合は終了の合図がなされ、救護班が駆け寄る。救護班がグレゴリーの息があるのを確認すると、急いで回復魔法をかけ始め、審判はサファイアの勝利を宣言した。


(か……勝った……勝ったっ……!!)


 大番狂わせに、32ブロック周辺は大いに盛り上がる。気まぐれにサファイアに賭けた者、サファイアの隠れ追っかけの老人、喜ぶ者がぽつぽつと居たが、大半は嘆き頭を抱えていた。その中に一人、腕を組んで試合を眺めるアルフが混ざっていた。サファイアはアルフに気が付くと、笑って手を振った。



......



「あ、ありがとうございましたっ」


 サファイアはグレゴリーにお辞儀する。試合が終わって剣の手入れをしていると、回復が完了したグレゴリーを男性控室の前で見かけたからだ。


「前に君を見かけたときは、こんなに強いと思わなかったんだがなあ。はっはっは、俺も油断しちまったようだ。あと2戦、頑張れよ。次に戦う機会があれば、今度は油断しないぞ」


 グレゴリーは豪快に笑い、サファイアの頭を大きな手でわしゃわしゃと撫でる。武骨な逞しい手が細い髪に絡まり、サファイアの青い長髪はぼさぼさと荒ぶってしまった。


「は、はい。ありがとうございます」

「なんせ俺たちのブロックには貴族もいるからな。なかなか強いと思うが気を抜くんじゃねえぞ。俺も全力でいかせてもらうつもりだ」

「はい。この戦いで優勝できるように、頑張ります!」


 サファイアはもう一度深くお辞儀すると、女性控室へと駆けていった。戦いはまだ始まったばかりだ。グレゴリーの力強いエールが、自分のやる気に乗せられたように感じる。ギュっと両手を握りながら駆けるサファイアの目は、自信に満ち溢れていた。

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