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011 恐怖と痛みとくやしさと

 たまの形見は、祖母が作ってくれた木彫りの首飾り。たまと出会ったとき、確かに首にぶら下げていたような気がする。草木が日の光に照らされはじめる頃、たまと共に南の門を抜け、森まで足を運んでいた。万一に備え、サファイアは木と革でできた鎧を身に付けている。


「ううーん……おかしいなあ……」

「見当たらないのう……」


 ウロゴケを探しに森へ入ったところから、魔物に追われ逃げる道までを、なんども往復して探したが、首飾りらしきものは見つからない。


「森の外で落としたとか、ないかな?」

「森に入る前に一度、紐がバスケットに絡まったのじゃ。絶対に中か逃げ帰った道にあると思うんじゃが……」

「もう一回、ゆっくり歩きながら足元見てみようか」

「すまんのう……」

「大丈夫だよ、久しぶりに朝の訓練も無いし、朝から森の中にいるって……なんだか新鮮で楽しいね」


 昨日と同じ獣道を、目線を下に落として少しずつ足を進めながら、二人は首飾りを探す。付近は昨日追いかけてきた魔物の縄張りだ。日の出ている時間には余裕はあるが、見つかった場合、また追いかけっこが始まるのかと思うと気が気ではない。二人はゆっくりと、なるべく音を立てないように歩く。


「……?」


 サファイアは妙な違和感を覚えた。ん~っと伸びをして、疲れた首を慣らすように回しながら目を開ける。違和感の強い横の茂みは不自然に草木が折られ、道のように見えなくもない。


「こんなの、あったっけ……」

「すまん、あの時は逃げるのに必死で覚えておらん……」


 行くか、やめるか。相談するまもなくサファイアはその道なき道に足を運ぶ。たまもおずおずと付いていく。暫しの間……がさがさと、手折れた草に沿って進むと、大きな古い木。その根元には、新しく掘られた土の跡。


「まさかここにー……なぁんてね」


 サファイアは独り言を呟きながら膝を落とし、埋められたであろう木の根元の土を両手で掘りかき分けていく。


「……あ、これじゃ!」


 赤く古びた紐、黒くくすんだ木造の環の首飾り。土の中から見えるや否や、たまは急いでそれを手に取り、土をほろい、首にかける。尻尾をぶんぶんと振りながら嬉しそうに笑うたまを見て、サファイアも顔が綻んだ。


「よかったー……これで一安心だね」

「うむ、ありがとう。恩に着るのじゃ……しかしなぜここだと?」

「犬ってほら、お宝を自分の住処に埋めるって聞いたことがあって……それで、道も新しかったし、もしかしたらーってね、えへへ」

「ああ、なるほどのう……そこは盲点じゃった」

「それにしても、色んなのが埋まってるよ、ほら」


 サファイアは首飾りが見つかって安堵し、少し楽しくなったのか、さらに掘っていく。長い間放置されていたのだろう、ガラス瓶、綺麗な貝殻、鋭利な矢じり、昨日の魔物が隠していたであろう宝物がどんどんと出てくる。


「森で見つけたものを、全部ここに隠してたのかな。見てこれ……すごくキレイ」


 小指の爪ほどの大きさの輝く金属を手に取って、二人でのぞき込み、眺める。何の金属だろう。アムニスに聞いてみようか。もしかしたらとても高価な金属で痛い。



 痛い痛い痛い痛い痛い!!


 振り返る。魔物。昨日と同じ。


 足が、痛い!



メキ、ボキボキッ


 体を伝って鈍い音が響く。太く鋭利な牙がふくらはぎを抉り、足の骨を折る。膝ではない部分が、魔物の口の先で曲がっていくのが見える。


「いっ……――――っ!!」


 恐怖心と激痛で顔を歪ませる。おびただしい量の血が溢れ落ちて、脳裏に死をよぎらせる。刹那、体が宙に浮いて天地が逆転する。噛みついた足をそのままに、口から吊り下げられた。

 魔物の巣。そこに足を踏み入れた二人は、完全なる侵入者だ。魔物は怒りに満ちている。


「……っく、この!」


 サファイアはとっさに、手にしていた宝石を魔物に投げつける。コン、と情けない音を出し、魔物の頬に当たり、地に落ちた。


「何をするこの!」


 続いてたまがガラス瓶を魔物に投げつける。今度は額に、ゴンと少し手応えのある音をさせた。魔物はたまを睨み付ける。


「っ……!」


 魔物がたまの方に向かいながら首を振る。口から放り投げられたサファイアは木にぶつかって、小さく呻き声をあげてその場に倒れた。


「ひっ……!」


 たまに魔物が襲いかかる。たまは恐怖に満ちた顔で踵を返し、背を向けて逃げようとするがすでに遅く、肩を噛みつかれ、その場にうつ伏せに押さえ込まれた。そしてーーー


メキ、バキッ……


 ゆっくりと歯がたまの体を蝕んで行く。


「ああああああ痛い痛い痛い痛い!」


 あまりの痛みにたまは絶叫する。魔物はたまの肉を毟りとろうとグリグリ首を振り、牙痕を広げていく。体を押さえ込んでいる前足は胸部を圧迫し、骨がみしみしと悲鳴をあげる。


「―――っは、はあっ……はあっ……た、たまぁっ……! っん、んぅぅうぅうう~っ……!!」


 サファイアは剣を地に突き立て、杖のようにして片足で立ち上がる。左足は折れ曲がり、血まみれになっている。鼓動に合わせて激痛が襲う。もうこの足は使い物にはならない。けれど、たまが叫んで助けを求めている。立ち上がらない訳にはいかない。


「たまを……離せえぇぇぇっ!!」


 剣を引き抜き、構え、渾身の力を振り絞って思い切り片足で飛ぶ。魔物の背後から脇腹をめがけて剣を突き立てる。


「ガアアアアアアッ!!」


 刃は奥深く魔物の腹部に入り込む。魔物はたまから口を離し、叫び声をあげて体を捻る。サファイアは手に掛けていた重心を引き離され、その場に倒れこんだ。剣の刺さった腹から血をボタボタとこぼしながら、魔物はゆっくりとサファイアに向かってくる。


「たま、逃げて……」


 サファイアはたまに声をかけるが、たまは倒れたまま声を返さない。魔物の牙がサファイアの頭をとらえ、頭皮を裂きメリメリと頭蓋骨に牙を立ててくる。


「あ、が……! 痛い、痛いっ……!!」


 牙が頭を砕こうとしている。死ぬ。今日、ここで。恐怖と痛みが混ざりあい、涙を浮かべ、痛みに耐えるように手が木の根を自然と握る。


ドウッ!


 ひときわ大きな爆発音が頭上に響く。そして頭の圧迫感が和らいでくる。頭を潰されて何も感じなくなったのだろうか。ぼんやりと思い、霞んだ目を開けると、どさりと目の前に魔物が横たわった。


「……大丈夫?」


 今まで聞いたことのない、甘ったるい声。痛む頭を刺激しないように体を起こし、声の聞こえた方に顔を向けると、長い黒髪を揺らしながら、美しくも可愛らしい女エルフが立っていた。魔力の増幅器だろうか、身体中に無数の宝石、貴金属を身につけて。


「か……回復魔法……」

「あーはいはい、少し待ってなさい」

「わ、私よりも先に……そっちの……!」


 魔物はこのエルフが始末してくれたのだろう。おそらく、強力な攻撃魔法で。回復魔法は修得してくれているだろうか。使えるのなら、たまの方が重症だから、まず先にたまを助けてもらわないと。

 希望的観測をもとに言葉を連ね、エルフにたまの救護をお願いする。たまは大きく口を開け、血まみれで荒く呼吸している。回復魔法は得意ではないのに……とぶつぶつこぼしながらも、エルフはたまに添えた手の平から優しい輝きを放ち、治療を始める。良かった……たまは助かるのだと安堵すると、頭と足の痛みがじわじわと押し寄せてくる。


「欠損がなくて良かったわね。これなら元通りになれるわ」

「あ……ありがとう、なのじゃ……」


 治療が始まってから少ししか経っていないが、大分回復したのだろう。たまは感謝の言葉をのべ、目を閉じて全快を待つ。このエルフの子は回復は苦手だと言っていたが、大会の救護班よりもレベルの高い高等回復魔法を使えるようだ。


「さ、次はあんたね。じっとしてなさい」

「あ、ありがとう……」

「気にしないで、当然言葉以外にもお礼は頂くから」


 サファイアも足は牙痕だらけで骨も砕けているが、千切れたり、削がれたりしたわけではなかったので、足は元通りになる。しかしこんなハイレベルの回復魔法を使ってもらって、言葉以外の礼となると、どんな事を吹っ掛けられるのか気が気ではない。


「えと、お礼は……できることなら、できる限りなら……」

「そんなに怯えなくていいわよ。……これ、貰うわね」


 エルフは先ほどサファイアが手に取っていた輝く金属を拾い上げると、土を払い、腰にある袋へしまい込んだ。


「あ、それは……」

「何よ、これあんたのじゃないでしょ?」

「そうだけど……いやぁ、なんなのかなそれ……って」


 エルフはサファイアの問いに笑いながら答える。


「これはオリハルコンよ。森の中から微かに力を感じていたけど、見つからなかったのよね」


 オリハルコンは体内の魔力を極めて効率的に排出、変換できる金属で、非常に稀少で価値がある。大会に出場できる程度の魔力を持った人間であれば、オリハルコンを素材にしたブレスレットを身に付けるだけで、どんなに高威力の魔法を乱発したとしても、大会中は魔力切れを起こさなくなる程度の力を持っている。無論、魔導士から見れば喉から手が出るほど手に入れたい金属だ。サファイアもオリハルコンの知識は持っているが、見るのは初めてだった。


「そんなに強いなら、オリハルコンなんて無くてもいいんじゃないかな」

「あんたに私の何が解るのよクソガキ。強さの裏には色々秘密があるのよ。あと、これでもあんたより歳も地位も上なんだからね」


 やれやれといった顔で、エルフの子は胸の徽章をサファイアに見せつける。白金色に輝くそれは、まさしくテンプルナイツの徽章だ。サファイアは驚き、飛び起きる。足も頭も完全に回復していて、すでに傷一つ無くなっていた。


「あっ……テンプルナイツの人なんだ……ですね」

「畏まらなくてもいいわよ」

「てんぷるないつ?」

「たまは知らないかな。オドラノエルで選ばれて、ローラント国に直接所属してる、めちゃくちゃ強くてかっこいい精鋭部隊なんだよ」


 聞き慣れない単語に耳をぴこりと立てて反応するたまに、サファイアは自信ありげに説明する。


「強いのは同意するけど、かっこいいかは疑問ね」

「え、どうしてですか?」


 元気を取り戻したサファイアとたまを見て、エルフは立ち上がり、膝についた土を払う。


「さあね。あんたもテンプルナイツに入ってみれば解るわ。ナイツになるのを目指してる戦士なんでしょ? 私の名前はセラ。アルドナクセラ・カールグスタフ。また会えるといいわね、見習いさん」

「あ、ありがとうございました。助かりましたっ!」

「どういたしまして」


 それじゃ、とセラは森の出口に向かい歩こうとすると、ぴたりと止まり、サファイアの元へ戻ってくる。


「そうだ。まっすぐな後輩に一つ教えてあげる」

「?」


「魔物一匹殺せない雑魚に、騎士になる資格なんてないわ」

「……え」


 セラはサファイアの手に何かを握らせると、立ち尽くす二人を背に森の出口へ足を進める。


「……」


 相手を挑発するときに、稀に言う言葉。でも、あんなに強い人から言われるのは初めてだった。言葉が纏った妙な重みが、サファイアの心を沈ませた。



......



(はあ、何やってんだか私……)


 またやってしまった。見込みのある人を見つけると、すぐにからかってしまう。セラは自分の性格に辟易しながら、キャンディーを一つ取り出し口に運ぶ。キャンディーはほろ苦く、ほんのりと酸っぱかった。

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