表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】お尻にスライムが突き刺さったまま、魔王討伐へ向かうことになった件  作者: 友理 潤
プロローグ 勇者のお尻にスライムが突き刺さった!
2/9

オケツ・ミッション ~絶対に知られてはならない秘密がある~


「おーーーい! タイシーー! そんなところで何を道草食ってんだよーーー!」


 そう大声を上げてきたのは、『ザ・脳筋』こと、脳みそも含めて全てが筋肉でできている戦士。その名もダニエルだ。彼と勇者タイシは、すこぶる仲が良い。昨晩だって、ダニエルが見つけてきた若い女性たちが接客してくれるお店で、どんちゃん騒ぎをしていたのだ。

 

 もちろん『他の仲間には内緒』で、だ。

 

 だからタイシは彼のことを『悪ノリの通じる親友』だと思っている。

 

 しかし問題はダニエルの背後にいる二人だ。

 

 一方は、魔法使いのリリアン。幼児体型で可愛らしい顔立ちからは考えられないほどに気が強い。タイシが『西の塔』の鍵を宿屋に忘れてしまったことを、厳しく問い詰めたのも彼女だし、こうして一人で鍵を取りに行かされたのも、彼女が一方的に命令してきたからだ。

 

 だからタイシにとってリリアンは仲間であると同時に『敵』でもあるのだ。


 そしてもう一方は、僧侶のソフィア。リリアンと違って、エロい体つきをした彼女は、性格もリリアンと正反対で大人しい。何を考えているかよく分からない、ぶっ飛んだ発言をするものの、総じてタイシに優しく接してくれる。そんな彼女に対し、タイシは密かに恋心を抱いているのだ。

 

 つまり勇者タイシは、自分に対して厳しい相手を『敵』と思いこみ、甘い相手だけを『味方』と見ているわけだ。

 どこまでもダメな男である。

 

「リリアンとソフィアに、お尻にスライムが突き刺さっていることを知られてはならない!」


 たまっていたガスをお腹の中に引っ込めたタイシはダニエルに手を振りながら、小さな声でつぶやいた。

 それを聞いたアカネは冷ややかな声で言った。


「リリアンとソフィア? ははーん。あんた変態のくせして、二人に恋してるんでしょ」


「バカ野郎! リリアンに恋するドMな男なんて、世界中どこを見渡してもいるはずねえだろ! ちょっとは考えろ!」


 そうタイシが唾を飛ばすと、彼の声が届くはずもない遠く離れたところから、リリアンの怒声が響いてきた。


「ごらああああ!! タイシ!! また私のかげ口たたいたでしょ!? あんたのことは全部お見通しなんだからね!」


「ひぃっ」


 あまりの恐怖によって、尻の穴が小さくなってしまうタイシ。だが、しっかりとはまったアカネの角が邪魔をして、思ったように縮こまることができなかった。

 

「と、とにかく、絶対に声を出すなよ! もしお前のことが仲間にばれたりしたら許さないからな!」

 

「分かったわよ! 私だって変態勇者の尻にはまって動けなくなったなんて、誰にも知られたくないもん!」


「よし、なら作戦決行だ! 名付けて『オケツ・ミッション』! 副題は『絶対に知られてはならない秘密がある』だ!」


 そのミッション、どう考えてもインポッシブル(不可能)である。

 

 だが、タイシは成功を疑っていないようだ。さながら映画スターのように凛々しい顔つきで、作戦を実行に移したのだった。

 


「フトモモ・クローズ!!」


 たいそうなかけ声だが、両足の太ももをくっつけただけだ。

 そこに仲間の三人がやって来た。

 タイシがまるで少女のように内またになっている様子を見て、ダニエルが目を丸くしながら問いかけた。

 

「その格好はどうしたんだ?」


 タイシは素知らぬ表情で答える。


「どうしたも何も、俺は普通だが何か?」


 しかし足をぷるぷると震わせながら必死に内またの姿勢を崩さない様子を見れば、『普通』と考えるのは無理がある。

 何ごとにも勘の鋭いリリアンが目を細めてタイシに詰め寄った。

 

「普通なわけないでしょ。あんた、私たちに何か隠してるんじゃないでしょうね!?」


「ぎくぅ! いやいやいや! バカを言うな! 仲間に隠し事をしたら、痛い目にあうのがお約束ってもんだろ!」


 実に分かりやすいフラグを立てる男である。

 

 タイシが真剣なまなざしで告げたにも関わらず、リリアンはなおも怪しんでいるようだ。

 そこにソフィアが二人の間に入ってきた。

 

「リリアン、もう疑うのはやめましょう。タイシさんもこう言っていることだし」


「もうっ……。ソフィアはいつもタイシに甘いんだから……。そんなことだからコイツはすぐにつけ上がるのよ!」


 お調子者のタイシは危機が去ったと知るや、ソフィアの背中にぴたりとくっついて、リリアンに舌を出して挑発している。

 だが、ソフィアはさらりと恐ろしいことを口にしたのだった。

 

「それに、もし仲間に隠し事をしていたら、とてつもない天罰がくだるのを知っているでしょう」


 それを耳にしたタイシの顔が青ざめる。

 そして恐る恐る問いかけた。


「ごくり……。とてつもない天罰……。ソフィア、教えてくれ。例えばどんな天罰があるんだ?」

 

 ソフィアは、あごに指を当ててしばらく考え込むと、再び表裏のない口調で答えたのだった。

 

「例えば、突き刺さった角が死ぬまで抜けない……とか」


 なんと言うタイムリーな天罰だろう。

 もはや予言というレベルを通り越して、神ってる。

 

 だがその答えに即座に反応したのはタイシ……ではなく、タイシのお尻に突き刺さったスライムだった。


「それはダメ!! そんなことになったら、お嫁に行けなくなっちゃうもん!」


 少女らしい甲高い声。聞こえるはずもない声に一同固まるのは当然の結果だ。

 

「……」

「……」

「……」


 誰もがタイシの腰のあたりに視線を集めていた。

 すると耐えきれなくなったタイシが鼻をつまみながら高い声を出した。

 

「もう、やっだぁ! ソフィアったらー! そんなことになって私がお嫁にいけなくなったら、どうしてくれるのよー! 冗談もほどほどにして! おほほほ!」


 ただでさえ恥じらう乙女のように、内またなのだ。

 そんな声をあげたら、誰しも思うだろう。

 

 こいつ頭がおかしくなったんじゃねえか、と。

 

「おい……、タイシ。熱でもあるのか?」


 心配したダニエルがタイシのおでこに手をあてる。

 タイシはそれを振り払うと、涙目で言った。

 

「熱なんてねーよ! ちょっと疲れてるだけだ! 俺だけ塔から街まで走らされたんだからな!」


 それは自業自得である。

 

「もういいわよ……。時間がもったいないわ。ところで、タイシ。鍵は持ってきたんでしょうね?」


「げっ!」


「何よその反応。まさか『まだ街まで行ってない』なんて言わないでしょうね?」


「う、うるせー! 勇者は色々と忙しい身なんだよ!」


 プライドの塊であるタイシの口から、とてもじゃないが「メスのスライムたちの挑発に乗って、時間を費やしてしまった」なんて言えるはずもない。

 

 しかし残念だったな勇者タイシよ。

 

 タイシの見苦しい言い訳など、リリアンが許すはずもなかろう。

 彼女はタイシに雷を落とした。

 

「いい加減にしなさい! ここで待ってるから、早く取りに行くこと! いいわね!」


「くっ……! 鬼ババめ! 覚えとけよ!」


 分かりやすい捨て台詞とともに、その場を立ち去ろうとしたタイシ。

 しかし次の瞬間、彼は気付いたのだ。

 

 このまま彼らに背を向ければ、お尻に突き刺さったスライムを見られてしまうことを――

 

 タイシは窮地に陥った。

 

 もしお尻にスライムが突き刺さっているなんて、ソフィアに知られたら彼の恋は破れてしまう。

 リリアンからは一生バカにされる。

 ダニエルは、綺麗なお姉さんのいるバーでタイシのことをネタにする。

 

 絶対に消すことができない心の傷を負ってしまうではないか。

 

 今まで何度も命の危機をくぐり抜けてきた彼だが、それまでとは遥かにレベルの違うプレッシャーに押し潰されそうだった。

 

 しかしこの男、不思議なことに諦めだけは悪い。

 

 彼は腹をくくると、とんでもない行動に出た。

 

「くっそ! かくなるうえは、これしかない! 『ユウシャ・バック・ダッシュ』!」


――ダッ!


 その瞬間、全員の目が釘付けとなった。

 それもそのはずだろう。

 なぜならタイシは、仲間たちの方を向いたまま、後ろ走りをし始めたのだから。

 しかも内またのまま、手を横に振って……いわゆる「女の子走り」で……。

 

 その様子にリリアンが怒声を飛ばした。

 

「ちょっと、タイシ! ふざけてないで、真面目に走りなさい!」


「ふざけてなんかいるものか! 敵だけではなく、味方にすら背を向けないのがプロフェッショナル勇者の流儀だ!」


 そんな流儀などあるはずないだろう。

 しかしあまりに真剣なタイシの様子に、誰もが言葉を失ってしまった。

 

 少しずつ仲間たちとの距離が離れ始める。

 そうして『勝利』を確信したタイシは緊張を解き、にやりと口角を上げた。

 

「ミッション・コンプリート」


 清々しいドヤ顔のタイシ。

 しかしそんな彼に言っておかねばならないことがある。

 

 

 仲間に隠し事をしたら、痛い目にあうのがお約束ってもんだ。

 

 

 完全に油断していたタイシの背後から聞こえてきたのは、先ほどのスライムたちの声だった。

 

「あっアカネだ!」

「アカネを誘拐して、あれやこれやするつもりに違いないわ!」

「えっ!? それマジ? ちょーきもいんですけど」

「しっ! 聞こえるわよ! 『内またで後ろ走りをする男に、ろくな者はいないから近寄るな』って、おばあちゃんが言ってたわ!」

 

 なんと彼女たちはアカネのことを心配して様子を見にきたのだ。

 

「げっ! あいつらこんなところまで!」


 『ミッション・コンプリート』とほざいていた勢いは、どこへ行ったのやら。

 タイシの顔が真っ青に変わる。

 

「アカネ? あのスライムたちは何を言ってるのかしら?」


 リリアンが眉をひそめると、ソフィアが慈愛に満ちた声でスライムたちに問いかけた。

 

「スライムさん。教えてくれるかな? いったい何があったのかしら?」


 その問いにスライムの一体が前に出て、大きな声で答えたのだった。

 

「そこにいる、『昨晩のバニーちゃんのおっぱいは気持ち良かったなぁ』って言いながら、いやらしい顔でスキップしていた『自称勇者』の変態男に、私たちの仲間が誘拐されたのです!」


 タイシの顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。

 

「てめえ! 人の秘密を暴露しやがって! もう、許さん!みんな! こいつらを倒すぞ!」


――クルッ!


 怒りに身を任せたタイシは仲間たちに号令をかけると、スライムたちの方へ振りかえる。

 しかしそれは同時に、仲間たちに背を向けることを意味していたのだった――

 

 

「きゃあっ! 何これ!? スライム!?」

「うほっ! タイシ! お尻に何か刺さってるぞ!」



 ソフィアとダニエルの驚く声に、タイシははっとした。

 

「しまった! 違う! これはアクセサリーだ! 悪魔をよけるためには、悪魔のアクセサリーを身につけるといいって、じいちゃんが言ってたから!」


「ちょっと! 私を悪魔扱いしないでよ! 私は正義を愛するスライムなんだから!」


「うるせえ! 人の尻に突き刺さって抜けないスライムのどこに正義があるって言うんだ!?」


「何よ! 元はと言えば、あんたが私たちの仲間にちょっかいだしたのがいけないんじゃない!」


 再び言い合いを始めるタイシとアカネ。

 しかし、タイシはもう気付いていたのだ。

 

 猛々しい怒りの炎を全身にまとったリリアンが、ゆらゆらと体を揺らして彼を睨みつけていることを……。

 

 タイシはそんな彼女をあえて見えない振りをすると、適当なところで話を切り上げた。

 

「じゃ、じゃあ、俺そろそろ行くわ! ここで余計な時間を食っていたら、俺たちを待っている人々に迷惑がかかるからな!」


 だがもう遅いぞ、勇者タイシよ。

 この際、大事なことだから、もう一度言っておこう。


 仲間に隠し事をしたら、痛い目にあうのがお約束ってもんだ。

 

 いえーい。

 

 タイシが街に向かって一歩踏み出した直後、リリアンの低い声が不気味に響き渡った。

 

「……バニーちゃんのおっぱいが気持ち良かったですってぇ……?」


「お、俺もう行かなくちゃ! ゆ、勇者は忙しいんだ!」


 タイシは足を止めることなく、グンと加速する。

 しかし……。

 

――ドガンッ!!


 彼のすぐ目の前に、強烈な雷が落ちてきた。それは明らかにリリアンの放った魔法だった。

 

「のわっ! おい、リリアン! 俺を殺す気か!!」


 くるりと振り返って文句をつけるタイシ。

 だがすぐ目の前に迫った恐怖に、彼は固まってしまった。

 

「……殺す気か、って。ええ、私たちに黙って、バニーちゃんのおっぱいを堪能していたゲスには、死んで詫びてもらわなくちゃねぇ……」


「な、なんでだよ! そんなに怒ることないだろ!! ただおっぱいが大きい女の子と楽しくお酒を飲んでただけなんだから!」


 そう言い返したタイシだったが、リリアンのまっ平らな胸に視線を向けた瞬間に、ぺこりと頭を下げた。

 

「なんか、ごめん」


――ドガアアアアン!!


 その後、勇者タイシに世にも恐ろしい天罰が下されたのは言うまでもない。


「死んで詫びなさい、このド変態勇者め」


 そして彼は薄れゆく意識の中で、こう決意したのだ。

 

――もう仲間に隠し事をするのはよそう。


 と――

 

 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ