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Tales of Farn  作者: 小田島静流(seeds)
2.律動する大地
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2.律動する大地 [2]


 心地よい風が吹き抜ける谷を、エルクは軽やかな足取りで進んでいく。この辺りは岩だらけで足元が危ないため、大人達も滅多に足を踏み入れることはない。

「子どもだけで行くのは危ないからって禁止されてたんですけど、僕は《竜の眼》が大好きで、よく一人で見に来てたんです」

 すぐに見つかって連れ戻され、さんざん怒られていたことは恥ずかしいので内緒にしておく。

「そんなすごい石なのか?」

「うーん、すごいっていうか、見ているとなんだか落ち着くんですよ。ほかの人は怖いっていうんですけど、僕は好きなんです」

 そっか、と呟くように相槌を打ち、ふと思い出したように顔を上げるラーン。

「なあ、エルク、さっきのガキってお前より年下だろ? ちょっとなめられ過ぎじゃないか?」

 唐突な言葉につんのめりかけて、泡を食って体勢を立て直す。バツの悪さと指摘の正確さに顔を赤くしたエルクは、あははと苦笑いを浮かべた。

「確かにザドリは二つ下ですけど、しっかりしてるから子どもたちのまとめ役なんです」

 現在、村にいる子供は十二人。最年長が来年成人を迎えるエルクで、一番下はオムツも取れない赤ん坊だ。大人が農作業などに精を出す間、自然と年上の子供が小さな子供達の面倒を見るようになっているが、さきほどのザドリは三人兄弟の一番上なので、それもあってかやたらと人の世話を焼きたがる。

「ちょっと口は悪いけど、悪い子じゃないんですよ」

「そうかあ? あからさまにお前のこと馬鹿にしてただろ」

 身も蓋もない感想に、思わず苦笑を漏らす。率直なのは彼の欠点であり美点だ。変に気を使われるよりもよほどいい。

「僕は養い子だから」

 それはどうやっても変えられない事実で、逃れられない現実だ。村長夫妻は実子のように育ててくれたし、村人達もおおむね好意的に接してくれてはいるが、大人の事情が絡むと話は変わってくる。

 だがそれを通りすがりのラーンに言っても宣のないことだから、エルクはもっと個人的な理由を口にするだけに留めた。

「それに、僕は力もないし気も弱いから、見ててイライラするんだと思います」

 かつてはそれこそ本当の兄弟のように慕ってくれていたザドリが、急に素っ気なくなったのは何時頃だったか。はっきりとは覚えていないが、背を越された辺りから顕著になってきたような気がする。

「気が弱い奴が、冒険譚に熱中したりしないだろ」

 それにさっきのやり込め方も堂に入ってたぜ、と笑うラーンに、曖昧な笑みで答える。やたらと突っかかってくるザドリをやんわりといなすのはもう慣れっこだが、これが村の大人達やら行商人のおじさんだったりすると、もうエルクには黙ってやり過ごすしかなくなってしまう。

「自分には出来ないからこそ、お話に夢中になるんですよ」

「そういうもんかね? ま、実際の冒険はあんな劇的じゃないしな」

「やっぱりそうなんですか?」

「当たり前だろ! そもそも、悪い魔法使いだの悪い竜だのは、そこら辺に転がってるようなもんじゃないしな」

 それはそうだ。もしそこら中に悪党が転がっている世の中だったら、とてもではないがこんなのんびりと暮らすことはできない。

「転がってるとしたら、せいぜい土鬼やら風鼬くらいのもんよ」

「それも困りますって!」

 そんなことを言っているうちに、気づけば目的地に辿り着いていた。

 ぴたりと足を止め、ほらと指をさす。

「あれです! 《竜の眼》!」

 断崖絶壁に埋もれるようにして鈍く光る岩は、年輪のような紋様が印象的な、巨大な楕円形の岩だった。太陽の光を浴びて、まるで内側から光っているかのようにキラキラと輝きを放つ様は実に神秘的だ。

「なるほど、この模様と形は、確かに『眼』だな」

「でしょう! 大地溝そのものが竜の体で、これが目だとも言われてます」

 西大陸の脇腹に刻み込まれた亀裂を空から眺めることが出来たら、それはきっと大地に寝そべる巨大な竜に見えることだろう。ここに竜が降り立ったという伝承も、恐らくその辺りから来たものだろうと村の年寄りは言っている。かつては神聖な場所とされ、薬草摘みに降り立つことすら禁止されていたという大地溝だが、年月が流れるにつれ竜の存在を信じる者は減り、谷にもこうして気軽に降りられるようになった。

「うーん、あの時見た光はこんな感じじゃなかったなあ」

 盛大に首を捻っているラーンを見て、はたと思い出す。彼が昨日、谷に転がり落ちた原因を《竜の眼》だと推測したのはエルクだったが、どうやら当てが外れたようだ。

「ごめんなさい、ラーンさん」

「なに、お前が謝ることじゃないだろ。それに、こんなすげえもん見られたんだ、かえって幸運だったよ。連れてきてくれてありがとな」

 がしがしと頭を撫でられて、恥ずかしいような嬉しいようなくすぐったい気持ちになる。

「いえ、そんな」

 ずれた布を直しながら、返事ともつかない呟きをもらせば、ラーンは名残惜しそうに《竜の眼》を見上げながら、そろそろ戻らないとリファにどやされる、とぼやいてみせた。

「あいつ、口うるさいからさー。そうそう、昨日もさんざん怒られたよ。考えなしにもほどがあるってな。本当にごめんな」

「やだな、本当に気にしないでくださいって」

 拝んでくるラーンに、慌てて手を振る。それでもまだ恐縮しているラーンがなんだかおかしくて、ついからかってみたくなった。

「リファさんって、ラーンさんのお母さんみたいですね」

 ぶほっと奇声を漏らしたラーンが何か言おうとしていたが、勢いのついた口は止まらない。

「あ、別にラーンさんが子供っぽいっていうことじゃなくて! ほら、リファさんってすごく美人だし、よく気が利くし、お二人のやり取りがとても息が合っていたから、とてもお似合いだなってっ」

 言っているうちに自分でも訳が分からなくなってきたが、その支離滅裂な言葉に眉間の皺をどんどん深めていったラーンは、最後の言葉を聞き終えないうちにぶんぶんと首を振った。

「ない! それはない! あいつと付き合うなんて選択肢は考えたくもない!」

 全力で否定されて、思わず小首を傾げる。あんなに素敵な人がそばにいるというのに、恋人として考えられないなんて、実にもったいない話だ。嫁不足に嘆く村の若者達が聞いたら首を絞められかねない。

「でもぉ……」

「おっ、あっちになんか生えてるぜ! あれなんだ?」

 よほどこの話題が嫌なのか、いささか強引に話を逸らしたラーンは、少し離れたところに群生している花の方へと駆けていく。さほど珍しい花ではないのだが、先ほども薬草の区別がつかなかったラーンのことだ、草木にはあまり詳しくないのだろう。

「ラーンさん、そっちは村と反対方向ですよ」

 そう言いつつ歩いていくと、群生のど真ん中まで踏み込んでいったラーンが、唐突にその場にしゃがみ込んだ。

「どうかしました?」

 靴紐でも切れたのかと慌てて駆け寄れば、茂みの中から何か光るものをつまみ上げたラーンが、険しい表情で立ち上がるところだった。その手元を覗き込み、思わず息を呑む。

「ラーンさん、これ……!」

「……ああ」

 無骨な掌の上で輝く首飾り。燃え盛る炎を象った黒い石は、日の光を反射して濡れたように光っている。

「黒い、炎……!?」


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