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Tales of Farn  作者: 小田島静流(seeds)
1.眠れる竜の目覚め
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1.眠れる竜の目覚め [4]


「ところで、お二人はこれまでに、怪物退治など請け負ったことがありますかな?」

 村長がそう切り出した時、エルクは食後の焼き菓子と格闘中だった。焼き菓子など、来客でもなければ食べられない特別のご馳走だ。自給自足の倹しい暮らしをしているこの村では、肉や蜂蜜、砂糖などはめったに口に出来ない。

「あらまあ、あなた、そんな話を突然に……」

 エルクの横で食後のお茶を淹れていた村長の妻ミルトアがやんわりと話を遮る。子供のいる前でする話ではない、とさりげなく注意しているのだが、村長がそれに気づいて話題を変える前に、

「ああ、勿論だぜ! こう見えても結構腕利きだからなっ!」

 とラーンが元気よく答えてしまったから台無しだ。気づいたリファが肘で突くが、そのくらいで相手の意図を汲めるラーンではない。

「ここに来る前も、ウォルンの村で土鬼退治をしてきたばかりなんだ。今まで全然出なかったらしいのに、急に村の近くに出没するようになったらしくて――」

「ラーン! 食事時にする話ではありませんよ。すいませんね、せっかくのお菓子がおいしくなくなるような話をしてしまって」

 ぴしゃりと言い放つリファに、ああ悪い、とやっと口をつぐむラーン。しかし、気遣われたエルクの方はむしろ瞳を輝かせて、

「すごいんですね! 怪物って強いんでしょう? 森に出る虎や熊なんかより、ずっとずっと恐ろしいって聞きました!」

 と興味津々の様子だ。ああ、ここにも好奇心の塊が、と苦笑を浮かべるリファの向かいで、同じく苦笑いのミルトアがそっと窘める。

「エルク。おしゃべりは食べ終わってからですよ」

「はあい」

 素直に頷いて、猛然と焼き菓子をやっつけ出すエルク。どうやら、大人しそうな見た目とは裏腹に、冒険譚の類には目がない性質なのだと分かって、リファは老婦人に申し訳ないと思いつつ、食欲を減退させない程度の話題から切り出した。

「私達は組んでまだ一年ほどなんですが、これまでに十回ほど怪物退治の仕事を請け負いました。大抵が土鬼や水狼ですが、ああいう妖獣は家畜を襲ったり、酷い時には村を襲ったりします。それで雇われることがほとんどですね」

「あとは、確か屋敷の中にでっかい蝙蝠の化け物が巣食っちまって、それを退治したのもあったな」

「ああ、ありましたっけね。あの時は……」



 二人の話を聞いているエルクの瞳は、まさにキラキラと輝いていた。

(凄いや! 本当に、お話にあるような冒険をしてるんだ!!)

 この家には、読書家の村長が苦労して集めた書物の数々が収められた書斎がある。暇さえあればそこに入り浸って本を読んでいるエルクは、村の子供達から変わり者扱いされていた。彼ら曰く、

「あいつ、家ん中に閉じこもって本ばっか読んでるんだぜ! 外で遊んだ方が楽しいのに変なの!」

 だそうだが、彼らから何と言われようと、読書はエルクの唯一かつ最大の楽しみだった。中でも『魔法大国の滅亡』『勇者ファーンの伝説』など、心ときめく冒険譚の数々は、頁が擦り切れるほどに読み返している。

 しかし、それらは全て「伝説」であると村長は諭す。伝説は伝説でしかない。夢物語なのだよ、と。

 それでも、目の前の二人は決して夢ではない。現実に生きて、冒険をしているのだ。

「……この村では、そういった被害に遭われたことはないのですか?」

 いつの間にか話は二人の武勇伝から逸れ、ランカ村近辺の様子へと変わっていた。

「かつては、この辺りも小物の怪物達が闊歩していたと聞きます。しかし、大地溝に偉大なる竜が降り立ち、竜に怯えた怪物達はこの近辺から去っていったと聞いておりますよ。大分昔のお話ですがね」

 この村が出来る前だから、かれこれ二百年以上前の伝承だが、村長が覚えている限りでも、この辺りで怪物が目撃されたのはほんの数回だ。

「最近はまた、近隣でも怪物の姿が目撃されているようですが、幸いこの村の周辺ではまだ、そういった話は聞きません」

「なるほど。いえ、平和なのは何よりですよ」

 穏やかに微笑むリファの隣で、でもなあと難しい顔をするラーン。

「世の中があんまり平和だと、俺達食って行けないんだよなー」

 ずばっと言い放ったラーンの後頭部を笑顔のまま叩き、リファはまったくもう、と肩をすくめた。

「世の中が平和なら、あなたは旅立たずに済んだんじゃありませんか」

 目を瞬かせる村長に、ラーンはこほんと咳払いをして、精一杯神妙な顔をしてみせる。

「あのさ、村長さん。『黒き炎』っていう集団を知らないか? 俺はそいつらを追ってるんだ」

「『黒き炎』……いや、聞いたことはありませんが、なにやら不穏な響きですな」

 率直な感想に、ラーンは苦々しく頷いた。

「『黒き炎』ってのは、邪竜を崇めてる連中なんだ。邪竜を復活させて、世の中を混沌に還すとか何とかいいやがって、生贄を捧げたり国家転覆を目論んだりする、いかれた集団さ」

 吐き捨てるようなラーンの言葉に、村長とエルクが揃って目を見開く。

「なんとまあ……」

「邪竜って、創世の神話に出てくる、あの邪竜ですよね? それを崇める人がいるなんて……」

 邪竜。それはかつて、ファーンの大地を混沌に陥れた悪しき存在と伝えられている。禍々しき竜は山を崩し、大地を割り、町を焼いて、多くの命を奪った。

 無数の嘆きを聞き届けた神々は、不老不死の勇者ファーンを生み出し、地上へと遣わした。かくして平和はもたらされ、勇者も邪竜も伝説の存在となった――。誰でも知っている伝承だ。

「まあ、恐ろしいこと……」

 青ざめるミルトアと、先ほどまでの輝きはどこへやら、不安そうな顔のエルクを見て、しまったと頭を掻くラーン。

「悪い、それこそ食事時にする話じゃなかったな」

「いいえ! もう食べ終わってますから大丈夫です!」

 すっかりきれいになった皿を示して、ぎこちなく笑うエルクだったが、ラーンは手をパタパタ振って、不吉な話題を打ち切った。

 村長も頷いて、さて、と立ち上がる。

「お二人もお疲れでしょう。部屋を用意いたしますので、どうぞゆっくりお休みください」

 心得たようにミルトアが一足先に部屋を出ていき、ラーンとリファも席を立つ。一人、名残惜しそうに皿を玩んでいたエルクだったが、村長に「お前ももう休みなさい」と優しく促されて、はあいと立ち上がった。

「ああ、エルク。部屋に戻る前にお二人を客間にご案内しておくれ」

「はい!」

 俄然元気になって、大きく頷く。そしてエルクは満面の笑みで二人を振り返った。

「こちらです!」


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