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Tales of Farn  作者: 小田島静流(seeds)
1.眠れる竜の目覚め
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1.眠れる竜の目覚め [2]


 風が、吹いていた。

 遥か上空を吹く風。茜色の雲をぐんぐんと遠くへ運び、輝く夕陽の姿を明らかにする。

 地上を吹く風。梢を揺らし、夕陽に照り輝く草原を波のようにざわめかせて、そして遠ざかる。

 そうして取り残されたのは、草原に埋もれた小さな村。今にも倒れそうな木の門には『黄昏の村ランカ』と刻まれている。

 その門柱に寄りかかるようにして、エルクは遠く、草原の彼方を見つめていた。

 頭に巻かれた色とりどりの布からはみ出した薄茶色の髪。華奢な体は何枚もの布を重ねた、この地方独特の衣装に包まれている。

 夜の気配が混じり始めた風に身を委ねるように、エルクは古びた門の傍らに立ち尽くしていた。

 門の向こうには一面の大草原。その青々とした草の海原を切り裂くように、一本の細い道が続いている。道はそのまま丘を上り、エルクの脇をすり抜けて広場へと続く。

 ここは日常と非日常の境目だ。見えない壁で仕切られたように、この囲いの中には緩慢で変化のない時が流れている。

 美しい、しかし変わらない風景。

 その穏やかな暮らしに不満があるわけではない。しかし、エルクは暇さえあればこの場所にやってくる。

 自分自身にも、それが何故かは分からない。

 ――それは、小さな好奇心。大人になれば心の隅に埋もれてしまうだろう、新たな世界を追い求める心。

 そんな心に戸惑いながら、それでもエルクは見つめ続けた。

 遥かな道の、その先を。


(今日も来訪者なし、かぁ……)

 夕焼けが夜の闇と入れ替わった頃になって、ようやくエルクは門柱から背中を離した。

 風に煽られてずり落ちていた肩布を掛け直し、急ぎ足で歩き出そうとして、ふと耳元を掠めた一陣の風に足を止める。

(……?)

 ただの風かと思ったが、何かいつもと違うような気がして振り返った、その瞬間。

「……わあああああああああ!! げっ! ……いでええええ!!」

 ――空から人が降ってきた。


「いでででで……。くっそお、どうして今日はこんなんばっかりなんだよぉぉぉ!!」

 目の前に突如として落ちてきた青年は、尻を押さえながら喚き続けている。どこかで盛大に転びでもしたのか、土埃にまみれた姿はかなり異様だ。

「困ったものですねえ……。しっかりつかまれと言ったのに……」

 呆れ声に驚いて空を見上げれば、金の髪を風になびかせた魔術士がそこに浮かんでいた。

「うっせえ! 手が滑ったんだよ!!」

 頭上へと怒鳴り返したところで、青年はようやく、目の前で固まっているエルクの存在に気づいたらしい。

「あれ? お前、誰?」

「ラーン、失礼ですよ! この村の方ですね? 驚かせてしまってすいません」

 ふわり、とエルクの横に降り立った金髪の魔術士が話し掛ける。そこでようやく硬直から解けたエルクは、おずおずと口を開いた。

「いえっ! えっと、あの……」

 そこから先がどうにもまとまらない。こういう場合、何を言ったものか考えていると、ようやく尻の痛みが引いてきたらしい赤毛の青年が、にかっと笑って見せた。

「驚かせてごめんな! 俺はラーン。こいつは相棒のリファ。旅の途中なんだ。この村って宿屋ある? あーもぉ、腹減っちまったよ~……」

 矢継ぎ早に繰り出される言葉に戸惑いながらも、エルクはこくこくと頷いた。

「は、はい! 宿屋はないけど、泊めて差し上げられると思います。あ、その前に村長のところに挨拶に行った方が……あ、えっと……」

 エルクはそこまで一気に喋ると、一旦息を整えて、そして満面の笑みでこう告げた。

「僕はエルクっていいます。黄昏の村ランカへようこそ!」


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