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Tales of Farn  作者: 小田島静流(seeds)
3.幕間の町
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3.幕間の町 [2]


「ええと、薄荷とカミツレが三束、ニワトコの枝が二束に茴香の種。これで全部だね」

 リファの挙げた品々を手際よく並べて、薬草屋の店主はにかっと笑ってみせた。

「お客さん、運がいいよ。ちょうど質のいいのが入ったばっかりなんだ。この近くの村で採れたやつでね。小さい村だから量は少ないけど――」

「それって、ランカ村のことですか?」

 思わず身を乗り出したエルクの勢いに慄きつつ、ああ、と頷く店主。

「そうだよ、よく知ってるな。……って、その恰好」

 エルクの服装をしげしげと見つめ、もしかして、と目を細める。

「あんた、ランカの村長さんとこの子かい?」

「えっ!? はい、そうですけど……」

 思いがけない言葉に驚きを隠せないエルクに、店主は豪快な笑い声を上げた。

「やっぱりそうか! あそこの村人は昔っからそういう恰好をしてるからね」

 色とりどりの刺繍を施した布を幾重にも重ねる独特の着こなしは、確かにランカ村特有のものだ。かつて草原地帯で遊牧をしていた頃の名残で、精緻な刺繍は怪我や病気封じのまじないだったそうだが、定住するようになってから実用性は失われ、形だけが残っている。

「この服、そんなに目立ちますか?」

 恥ずかしそうに尋ねるエルクに、いやいやと手を振る店主。

「村長さんが言ってたのさ。ほとんどの子供は時代遅れの服装を嫌がって流行りの服を着たがるのに、うちの子は頑なに伝統衣装を着続けているってね。でも、そうやって伝統を大切にしてくれるのは嬉しいとも言ってたな」

 思いがけない言葉に、照れたように頬を掻くエルク。

「僕はただ気に入ってるから着ているだけなんですけど、そんな風に思われてたなんて知らなかったな」

 他人から聞かされる評価というのは、なんとも気恥ずかしいものだ。照れくさそうなエルクに、店主はにやりと笑みを浮かべる。

「なるほど、村長さんから聞いてた通りだ。小鹿のように細っこくて、大人しそうに見えて実は一度言い出したら聞かない頑固者――おっと、怒るなよ。薬を買いつけに行くたびに、村長さんがそう自慢げに話すもんだからさ」

 顔を赤くして縮こまるエルクの頭をわしわしと撫でて、そうかそうかと嬉しそうに頷く店主。

「もうこんなに大きくなったんだなあ。今日はどうした? 村長さんは一緒じゃないのかい?」

 そういやこっちのお客さんは村の人じゃないね、と探るような視線を向ける店主に、エルクは大慌てでまくしたてた。

「あのっ、僕、もうじき成人するんで、村を離れて、その……そう、修行の旅に出ることにしたんですっ!」

「修行の旅?」

 ますます胡乱な目でリファを見る店主。これではリファが疑われてしまう、と焦るエルクだったが、適当な言い訳が思いつかない。と、見かねたリファがそっと助け舟を出してくれた。

「私はたまたま村に立ち寄った薬師なんですが、エルクに弟子入りさせてほしいと願われまして。これから各地を旅して、色々な調合を学びに行くんですよ」

「ほお、そりゃあ凄い。お前さんが薬師として腕を磨いて帰ってくれば、村も安泰だな」

 ランカ村は薬で生計を立てている村だから、この言い訳はすんなりと受け入れられたようだ。

「いつか新しい薬が出来たら、ぜひうちに卸しておくれよ」

「はい、ぜひ!」

 ほっと胸を撫で下ろすエルクを横目に、リファは代金を支払いながら、それにしても、とさり気なく話題を変える。

「この市場はすごい規模ですね。もう日も暮れるというのにまだこの賑わいとは驚きましたよ」

「ああ、ここは街道沿いで一番大きい宿場町だからな。それにあれだ、三日後にちょっとした祭が行われるもんでね、そのせいで人が溢れてるのさ。あんた達もここで一泊するなら、早めに宿を取っておいた方がいいよ」

「なるほど、お祭りですか」

 町全体が浮足立っているような雰囲気はそのせいかと納得して、リファはお釣りを差し出す店主に笑いかけた。

「ありがとうございます」

 蕾が綻ぶようなその笑顔に、店主はでれっと笑み崩れて、ああちょっと待った、などと言いながら近くに並べてあった薬草の束をほい、と寄越す。

「おまけだ。とっときな」

「あ、ありがとうございます」

 両手がふさがっているリファの代わりにエルクが受け取ると、店主はにやっと笑って、内緒話を囁くように顔を寄せて教えてくれた。

「家が恋しくなって眠れなくなった時でも、これを煎じて飲めばぐっすり眠れること請け合いだ」

「もうっ! 僕はそんな小さな子供じゃありませんよっ!」

「そんなこと言ってるうちはまだまだ子供さ。気をつけて、みっちり修行して来いよ!」

 豪快に笑う店主に手を振って、店を後にする。まったくもう、と顔を赤くしたままのエルクは、同じくらい赤く染まった夕日に目を細めた。市場を巡ってあれこれ買い物をしているうちに、気づけば太陽は西の空に沈みかけている。

「いい買い物ができましたね。これだけあればしばらく困りません」

 猪突猛進なラーンがしょっちゅう怪我をするので、薬草はいくらあっても足りないのだとこぼすリファに、申し訳なさそうに呟くエルク。

「村で少し分けてもらってくればよかったなあ」

 自分達が摘んでいた薬草がいくらで取引されているのか知らなかったエルクは、意外にも高額な値段に驚きを隠せなかった。しかしリファは、それはいけませんと首を振る。

「村の大切な収入源なのですから、きちんと買い求めなくては申し訳が立ちません」

「でも、昨日の土鬼退治の報酬も払ってないのに……」

 正確には二人が辞退したのだが、命を救ってもらっておいて無報酬というのは、それこそ申し訳が立たない。

「大丈夫です。その分、体で払ってもらいますから」

「はいっ……ええ!?」

 反射的に答えてしまってから、ぎょっと目を剥く。そんなエルクを楽しそうに見つめながら、リファは悪戯っ子のような笑みを浮かべて続けた。

「要するに、あなたにも働いていただくということです。――さっきの言葉、私は結構本気ですよ?」

「さっきのって……薬師の修業ってことですか?」

 咄嗟の言い訳に乗ってくれたのかと思いきや、リファは真面目にエルクの身の振り方を考えていたようだ。

「小さい頃から採取を手伝っているのなら、見分け方から教える手間も省けます。処理の方法や調合法もすぐに覚えられますよ。旅の合間に薬を作って売れば路銀の足しにもなります。手伝ってくださると嬉しいのですが」

「やります!」

 即答するエルク。村では、調合は大人の仕事だった。しかし禁じられるほどに興味が沸くのが人間の悲しい性というもので、ランカ村の子供なら一度や二度は、立ち入り禁止の作業小屋に忍び込んで調合作業を盗み見ようとして、こっぴどく叱られるという苦い思いをしているものだ。

「決まりですね。では明日から始めましょう。びしびし鍛えますから、覚悟してくださいよ」

「はい! よろしくお願いします、師匠!」

 意気込むエルクに、それはちょっと、と照れくさそうに手を振るリファ。

「師匠はやめてください。あと、これはラーンも言ってましたが、私達に敬語は必要ありません。名前も呼び捨てで構いませんから、気兼ねなく呼んでください」

「えっ、でも……お二人とも僕より年上だし……」

 その言葉にリファの瞳がきらりと光った気がした。にっこりと――それはもうにっこりと笑って、歳のことは言わないお約束ですよ、と告げるその瞳が笑っていない。

「旅の仲間に遠慮は無用です。と言ってもいきなりは無理でしょうから、徐々に慣らしていきましょう」

「はい、リファさ――。えっと……努力します……」

 首をすくめて答えたエルクだが、ふとあることに気づいて、せめてもの抵抗を試みる。

「でも、それを言ったらリファさんこそ、僕に丁寧な言葉を使わないでくださいよ」

 名前こそ呼び捨てだが、リファは誰に対しても丁寧な言葉遣いを崩さない。その指摘にリファは気恥ずかしそうに頬を掻いた。

「すみません、この言葉遣いは長年染みついた癖なので、どうやっても直せないんですよ。なので私も強くは言えないんですが、ラーンはあの通り格式ばったことが苦手な人間ですから、あなたから敬語を使われるとむず痒いらしくてね」

 なるほど、いかにもラーンらしい。分かりましたと請け負って、エルクは両手に抱えた荷物をよいしょ、と抱え直した。市場を回って手に入れた品々は、二人で分けて持っても結構な量になっている。

「角灯の油に蒸留酒、古着屋にも寄ったし薬草も買ったから……これでおしまいですね」

 ラーンとの待ち合わせまではまだ少しあるが、もう鐘つき堂へ向かった方がよさそうだ。

「そうですね。早めに行きましょうか」

 夕日に染まる石畳を歩き出した二人だったが、少しも行かないうちにリファが露店の一つに引っ掛かったかと思えば、これまで以上に熱心な値段交渉を始めてしまったものだから、エルクは思わず呆れ顔で尋ねてしまった。

「あの……それ、買うんですか?」

 そこは精緻な細工の装身具が並んだ露店だった。冒険者にはおよそ縁遠いはずの店で、リファは大ぶりの首飾りから指輪など数点を選び出して、巧みな話術と最上級の笑顔を駆使して値切りまくっている。

「いやあ、いくら別嬪さんの頼みでも、そこまではなあ」

 弱り顔の店番に、そこを何とか、と拝み倒すリファ。

「ほら、これはここの石がちょっと欠けているでしょう? こっちは蔓の模様がずれていますし、もう少し、ね?」

「しょうがねえなあ。こんなきれいな姉ちゃんにそこまで言われちゃ、男がすたるってもんだ。よし! まとめて銀貨十五枚でどうだ!」

「ありがとうございます」

 とどめとばかりに極上の笑みを浮かべて、深々と頭を下げるリファ。そしてようやくエルクの存在を思い出したのか、後ろで呆気にとられているエルクに、ほらほらと戦利品を見せびらかす。

「見てくださいよエルク、この首飾りなんて本当に素敵でしょう? こっちの指輪も細工が見事で……とてもいい買い物をさせてもらいました」

「嬉しいこと言ってくれるねえ! おっと、そっちのお連れさんもどうだい? 何か一つ」

「えっ、いや、僕はいいです」

 慌てて手を振るエルクだったが、リファも何故か乗り気で勧めてくる。

「ほら、この首飾りなんてどうですか? ああ、でもちょっと石が大きすぎますかね。こちらの方があなたの瞳に映えそうですが、細工がちょっと……」

 よく分からないままに何点かをあてがわれ、これは派手すぎるだの、こっちは質素すぎるだの散々に評された挙句に、最後に勧められたのは小ぶりな石がついた首飾りだった。光を受けるときらきらと輝く石はどこか《竜の眼》に似ていて、ちょっと嬉しくなる。

「よく似合いますよ? どうです?」

「きれい、だとは思いますけど、でも……」

「それじゃ、これもまとめて銀貨十五枚で」

 ぐおおお、とのけぞった露天商だが、笑顔に気圧されたのか、葛藤の末によっしゃ! と膝を叩く。

「売った!」

「ありがとうございます」

 輝くばかりの笑顔を振りまいて、戦利品の数々を長衣の懐にしまいこむと、リファはお待たせしました、とエルクの腕を取った。

「遅くなってしまいました。急ぎましょう。ラーンが首を長くして待っていますよ」

 その言葉が終わらないうちに、夕の四刻を知らせる鐘が広場に響き渡った。


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