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溺死

 ふさふさした水黴に包まれて、熱帯魚達が水槽の水面を漂う。色鮮やかだった極彩色の体色は既に失われ、ふやけて膨張した身体にはモノクロームの虫喰い模様が不明瞭に映っていた。

「酷いことするのね」彼女が言った。その目に侮蔑の色が明確に読み取れた。

「あぁ。忘れていたんだよ」私は床に散乱したプリント類を束ねながら、彼女の侮蔑を煽る様に薄気味悪い微笑を湛えて答えた。彼女は何も言わなかったが、鋭い眼差しで私を冷たく刺した。私は武者震いした。刺してほしい。もっと鋭くて、冷たい眼差しで…。

 水槽の前に身を屈めた彼女の鬱屈とした表情が、水槽の硝子に反射して見える。私は忍ぶように立ち上がり、彼女の背後に回った。振り返ろうとする彼女に抱き付いて、背中に額を擦り付ける。彼女の名を繰り返しながら執拗に甘えた。

「離してよ」彼女は、胸の前で絡めた私の指を乱暴にこじ開けて振り払う。後へ跳ね飛ばされた私を睨み付けて「死ね」と言った。

 氷の刃で刺された私の胸からは白濁した粘着質の熱い粘液が流れ出し、鼻孔や目や耳の穴を浸食し、やがて脳へ侵入した。胸の痛みが粘液を伝って体中に走る。粘液に侵された感覚器官はもはや性感帯と化し体中で強烈な快楽を感じた。快楽と粘液に溺れ窒息した・・・・・

 気が付くと彼女は居なくなっていた。ふと机の上の置き鏡に目が行った。縮れた毛髪や胸毛が小汚い。顔は殴られて蒼黒く腫れ上がっている。

素早く「満足。サービスも良し」とだけ打ち、画面を一瞥して私は布団の中へ埋没した。

 




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