8.実践躬行
あれから家に帰る途中の車で、私は精神的な疲れが出たのか電池切れで爆睡、兄とゾーイさんは私の父と母に心配かけた事を謝罪し、なんだかんだで私が起きるまで家で過ごしていった。
幾日か過ぎていく中で、私は目覚めた能力の詳細を検証しまとめてみた。
「千里眼(仮)ってところかな」
(仮)がつくのは純粋な千里眼という能力とは少し違う事がわかったからだ。
まず第一は透視能力があること、つまり近くも遠くも障害物に関係なくどんな材質の物でも見たいと思ったものは透かして見えることはできたのだ。 見えないものは、その場所が暗い場所ぐらいであった。
第二に高いところに行くほど遠くが見えること。
実際に家の1階と2階では見える範囲が違う、1階では500m位の範囲で視えて、2階では700m程は視える。この前は山の上の展望台だったので軽く15㎞位遠くまで視えていた。
そして第三には視える範囲であれば顕微鏡レベルでズームがきくことだ、ただしこれをやると非常に酔うというか、疲れる弱点もある。
「まぁ、探し物では便利だけど普段の生活ではあんまり役に立たない能力だよね。」
そう結論づけて、私は今日の予定に考えを切り替える。
これから私は初めて徒歩での外出を行うのだ。正式な脱引きこもりである。
「緊張する・・・」
「大丈夫よ、今日は陽が強いからこれ使いなさい」
玄関先で躊躇する私に母はそういうと一本の日傘を渡してくれる。
「ありがとう。これで私の髪もそんなに目立たないかな」
「そうね、それもあるけどあなたは体質的にお日様の光に弱いから、日焼けが重症化するかもしれないから注意が必要よ」
「そっか、気を付ける。・・・メラニン色素が少ないからってやつだよね」
「あら、詳しいわね。一応日焼け止めもしていきましょう」
「はーい」
今日は母と一緒に近くの中規模の公園まで散歩の予定だ。
先日の兄とゾーイさんのおかげで、外出時のトラウマ発症が抑えられてきており昨夜の家族会議で公園への外出リハビリをすることになったのだ。
「大丈夫?」
「うん、思ったよりも平気」
公園の入り口までやってきた私に母が尋ねる。
この公園はもともと沼地であったところを利用してつくられたもので、中央に池があり周囲には季節の草花や木々が植えられている。
池を中心にぐるりと1㎞程の遊歩道があり東屋や小さな広場も完備されている。ちょっとしたお散歩にはもってこいの公園で、以前の私も小さい時から利用させてもらっており、思い出深い場所でもある。
「前に来たのはあなたが3~4歳くらいだから憶えてるかしら?」
「うん、憶えてるよ懐かしい」
私の体感でも最後に利用したのは中学生のマラソン大会前にいやいやながら友達に付き合って練習にきたのが最後だから、久しぶりな感じがする。
それからゆっくりと遊歩道を半周ほどして、芝生の広場の脇にある木陰のベンチに腰掛けて休む。
途中、散歩中の老夫婦とすれ違いざまに挨拶をされたりと他者との交流機会もあったがそつなく返事を返せた。
日傘もあるからか今のところは他人の視線も特に気にならない。
ふと目を挙げると足元に向かってコロコロとボールが転がってきた。
それを追って5歳ほどの小さな女の子がやってきた。
私はベンチから立ちしゃがんでボールを拾い女の子に差し出した。
「はい」
「ありがとー・・・え、っと、サンキュー」
女の子は私の見た目で外国人と間違えたのか慌ててそう返事を返した。
「すごいね、もう英語が話せるの?」
「もうナツはねんちゅうだからね、すごいでしょ!えーっと・・・MY・・・えーっと・・・」
「あー私はこれでも日本の人だから日本語で大丈夫よ」
「へー、そうなんだ!よかった・・・・でもおねーちゃんって綺麗、すごい!『雪のお姫様』だ!!」
必至に英語で話そうとかわいく試みている女の子だったが、私の言葉に緊張がほぐれたのか興味津々の瞳で私をみつめてくる。
「すみませーん、うちの子が・・・」
「いえ、少しお話させてもらっていました・・・」
少し離れた場所から30代ほどの母親と思われる女性が声をかけてくる。
「おかーさん、みてみて『雪のお姫様』だよ!ほんとにすごいよ!!」
「こら!七海、失礼でしょ」
「いえいえ、『雪のお姫様』って?」
「絵本の話です・・・・・この子この頃その話がお気に入りで、すみません変な風に言って」
「そうなんですか・・・」
どうやら七海ちゃんは私を物語の登場人物に重ねて見たらしい。
「ねー、おねーちゃんも一緒にあそぼー」
クイクイと私のスカートを引っ張って七海ちゃんは私を広場へと誘う。
「こらっ、ご迷惑でしょ!」
「えーわたし雪のお姫様と遊びたいー」
「いいですよ、ナツちゃん」
「やったー」
母親にしかられながらもそう訴える七海ちゃんに付き合う形で、その後30分程一緒に遊ぶことになった。
「ユキおねーちゃん、またねー」
大きく手を振る七海ちゃんに手を振りかえし、久々の運動に少し汗をかいた私は再び母が座るベンチへ戻ってきた。
「おつかれさま」
「うん、いい運動になったよ、小さいのに元気だよね」
「ユキも、あの位の頃はとてもよく走り回っていたわよ」
「へー、そうなんだ・・・」
「でも、私も少し安心したわ」
「えっ・・・どうしたの?」
「そうね・・・・ついこないだまでのユキを知っているから、あんな風に子どもの世話ができるなんてすごく良くなったって本当に実感がもてたの」
「そっか・・・ごめんね、心配かけて、ありがとうお母さん」
「こちらこそありがとう・・・私はユキが前のように元気になってくれて本当に嬉しいわ」
目尻に涙を浮かべてそう返す母、以前の私と母親の関係を含めて初めて母の泣き顔を見た気がする。
とくにこちらの私は母親にすさまじく面倒をかけていたようだから、なんともいえない後ろめたさと罪悪感がある。
すこししんみりとした空気は温かい日差しにほだされ、しばらく母と娘の談笑は続いた。