7.深遠博大
「大丈夫そうか?」
「うん、なんとか・・・心臓バクバクだけど大丈夫みたい」
軽快に走り続ける車の助手席で流れる景色に目を向ける私の様子を見て兄が話しかける。
母とのリハビリの効果もあるのか、外に出るときにおこるあの身体の震えやめまいは軽くあるが、思ったほどではない。
「ユックリ深呼吸ヨ」
「うん・・・」
運転席と助手席の間から顔を出して私の表情を心配そうに覗うゾーイさんの言うとおり深呼吸をする。
「・・・・・・・・・うん、少し落ち着いた。ありがとうゾーイさん」
「ドウイタシマシテ、此方コソ、サッキゴメンデシタ」
「驚いたけど、大丈夫です。」
久しぶりに吸う外の空気をゆっくり取り込んで、さきほどよりも動機やめまいが収まる。
「もし気持ち悪くなったら言えよ、兄特製のエチケット袋があるぜ!」
「・・・バカ」
「ぐはっ・・・・」
そう軽口を叩く兄を軽くそう返して睨む。
「心落チ着ク、日本茶モアルデース」
「ありがとうございます、でも今のところ大丈夫です。」
「なんか扱いが違うな・・・・ショックだから曲でも聴いて慰められよう」
そう言って兄は車のオーディオを操作して曲を流す。
少し前に流行った洋楽で兄とゾーイさん曲に合わせて歌う。
畑の中の一本道を軽快な音楽と共に真っ赤なオープンカーが走る。
「あの真正面に見えてるのが、美倉山だ!もう少しで山道にはいるぞ」
「うん」
「Go!!」
平地の向こうに見える美倉山は標高400mほどのそれほど大きくもない山だが県立公園があり整備されている。前の私も幼稚園では遠足に小学校ではバーベキューにと遊びにきた思い出があるが、ここの私は初めて行く場所だろう。
山道を登り、県民公園の駐車場に車を停める。
「到着~。ここから展望台までは歩いて行くぞ」
「うん」
「疲レテタラ、ゾーイ、マタガンバルヨ」
「あはは・・・頑張らなくて大丈夫です」
再び抱き上げようとジェスチャーするゾーイに、断りを入れて地面に足をつける。
この私にとっては本当に久しぶりの家以外の地面だ。
「すーはーーー」
今のところは、あの震えも、めまいもない。一度深呼吸をしてから待ってくれている兄たちを追いかけて私は歩き始めた。
「おーやっぱいいもんだな」
「ビューディフォーね」
「うん・・・綺麗」
展望台には誰もおらず。私たちの貸切りであった。
展望台の一つ上がった段差の上からは眼下に広大な平野と街並みが広がる。
そういえば子供の頃ここに来たときは自分の家を探したものだ。
そ れにしても前の私はメガネだったからなのかもしれないが良く見えるものだ。
「あった・・・・・・」
「なにかあったのか?・・・・おっ、海が見えるな!!やっぱ今日は来て正解だったな」
「ウミ?何処~」
呆けたような私の独り言に兄は私が視た物を勘違いした。
「海・・・」
霞がかった景色の向こうにわずかに海らしきものが見える。
兄が指差して見ている海を私も見る。
確かに海も見えるが・・・・・・・なぜだか私の眼にはそこに浮かぶ漁船やさらに漁師さんの表情まで視えた。
「なにこれ・・・」
ちなみにさっきは自分の家を見つけようとしたら自宅の居間に居る父と母が視えたりした。
視力が良くなったどころの話ではないよね、これは。
今の自分になった時の次ぐらいに驚いて自分でも頭から血が引けるのを感じた。
「ユキ、大丈夫!気分悪イ?」
「っ・・・・・・」
顔を真っ青にした私にゾーイが気づいて声をかけてくれると視野が戻った。
「そこにベンチがあるから横になろう」
兄に促されてベンチに横になるとゾーイさんが膝枕してくれた。
「・・・ゴメンなユキ、少し急ぎすぎたかもしれない」
「ううん、外に出たのが悪かったんじゃなくて・・・・私どうなってるんだろう、もうわからなくて、どうしてあんなふうに視えるの・・・」
兄が心配そうに私の顔を覗き込んで謝るが、突然の出来事に動揺した私の瞳からは涙が溢れる。
「ユキ、リラックス・・・・大丈夫、私モコウタモユキノ味方ヨ」
私の頭をゾーイが撫でてくれる。その手と言葉の温かさにまた涙してしまう。
私が落ち着くまで二人はそばにいてくれた。
「『家を探そうとしたら家の居間が視えて、海を視ようとしたら漁師が視えた』か・・・」
「うん・・・・私も信じられないけど、現実みたいだった」
「そうだな、にわかには信じられないけど・・・少し試してもいいか?」
「・・・うん」
落ち着いた私から今の出来事を聴いた兄は提案する。
「この展望台から見える範囲でならそうだな・・・・駅はわかるか?あの茶色いビルがあるところだ」
「うん」
「あの駅前の広場に、石像があるんだけどそんなのも見えるか?」
「・・・『視』てみる。」
兄の指先の向こうに茶色い高層マンションがある。そこを視てみると駅前の広場
に石像が見える。
「なにか左足に落書きされてるやつかな?今、清掃員みたいなおじさんが2人で落書きを落としてる。右手を上に上げた男の人の石像」
「・・・・」
兄が携帯を出してどこかへ連絡を入れる。
「・・・・・よう、智也。バイト中悪いんだが外に出て駅前の石像に清掃員が来てるか確認してくれ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ悪いな、頼む」
しばらく連絡相手との会話をして、兄が携帯を下ろす。
「・・・・・どうだった?」
「ユキの言った通りだった」
「・・・・・凄イデス」
兄はまた何かを考えるとゾーイに声をかける。
「ゾーイ、これ俺たちの見えないところに隠してきてもらってもいいか?」
「ハイ、ワッカリマシター」
ゾーイは兄の携帯を受け取ると展望台を降りてしばらくすると帰ってきた。
「とりあえず試してみてくれ」
「うん『視』てみる」
視野がぼやけて、私の視たいものを瞳に写す。
「・・・・駐車場にある白い自動販売機の下」
「Oh!大当タリデス!!」
「・・・・・・・・・・・マジでか」
驚愕している兄だが、こんな力があるなんて私のほうがビックリだと言いたい。
「しっかし、『千里眼』ってやつかな」
兄がそう切り出した。
「『千里眼』?」
「千里先の遠くの物事をまるで近くで視ていたように感じる超能力・・・それに物を透かして見える『透視』みたいのが合わさっているみたいだけどさ」
詳しく私の能力を分析する兄の話を聞いて思ったが、もしかしてこの私の居る世界じゃ超能力はある程度の認知がされたものなのかもしれない。
「超能力ってよくあるものなの?」
「いやいやいや・・・珍しいもなにも超能力は小説やアニメなんかの創作物の中での話だよ、TVで超能力者なんて名乗ってる奴はいるけどどれも眉唾だしな・・・」
「ユキミタイ二シッカリシタ能力ノ人聴イタコトナイデス」
どうやら超能力の認識は前にいた世界と変わらないようだ。
そして、少なからず異質な能力を持つ私を誰も受け入れてもらえないかもしれないという不安が生じる。
「まぁ、すごい事だとは思うけど、望遠鏡と携帯とGPSがあれば同じことはできる。そういう道具を持たずにできるってことぐらいに思っておけばいい・・・・目立ちたくないなら言わなきゃいいし・・・そんな顔するな。俺たちはお前の事が好きだし、大切に思っている。その能力の事は誰にも言わない」
「ソーデス、ワタシモユキガ大事で大好キデス、ダカラ内緒ニデキマス。」
「そっか・・・・・・あんまり気にしないほうがいいのかもね・・・ありがとう。孝太兄さん、ゾーイさん」
兄とゾーイさんの言葉に心が軽くなる思いがして安心する。
「色々あったが、まずは外出成功おめでとうだな」
「オメデトォー!」
「ありがとう・・・・・・すごく驚くことばかりだったけど、今日3人であの山に登れてよかった。・・・・・本当にありがとう」
「おう、いいってことさ、俺はお前の兄だからな・・・・」
「未来ノシスターノ為、マタ何カアッタラ、オネエチャン二任セナサーイ」
帰りの車の中で、兄とゾーイさんのお祝いの言葉に心からの感謝を述べた。
あれ、そういえば・・・
「孝太兄さん携帯忘れてるよっ!?」
「「あ゛っ・・・」」
少し抜けてるけど頼りになる兄と義姉候補を持てて私は幸せだ。