6.台風襲来
『ぴんぽーん』
「・・・おい」
「お、さすがに今日は時間ぴったりだな」
チャイムの音に、一時間も前から待機していた父がのんびりTVを見ていた兄を促す。
なんだか父が緊張しているせいか、私もドキドキしてきた。
迎えに出た兄と母の背に隠れるようにして私も続く。
一度、玄関先まで兄だけ出て、玄関で母と私が出迎え、父は居間で待機する形のようだ。
玄関が開き、兄に促されて女性が入ってくる。
「オハヨウゴザイマス!!コウイチのオカサンとユキサン、ワタシゾーイとイイマス、ヨロシクオネガイスル~!!!」
なんだかテンションの高いゴスロリファッションの金髪美女が入って来た。
「・・・・・おはようございます。うぇるかむ、ゾーイさん」
「コレ、ツマラナイ物デスガ」
「あら、ご丁寧に・・・せんきゅーべりまっち」
いきなりの外国人の襲来に面食らったように見えた母だが、それでもにこやかに対応したのはさすがだ。
母にご挨拶のお菓子らしきものを渡して丁寧にお辞儀し直した兄の彼女?のゾーイさんは身長170程のスレンダーでバレリーナのように姿勢がよく、ゴスロリを着ているとまるでフランス人形のような可憐さがある、だがキラキラと碧眼を瞬かせ、どこか純粋で愛嬌のある顔立ちの笑顔の素敵な女性であった。
外国人であることもそうだが、その明るい表情に見惚れてしまう。
「・・・ようこそ」
私も、小さくではあるが精一杯挨拶する。
私を見つめて、手を目に当ててくらくらと目まいのジェスチャーをする。
「コウイチ・・・・フェアリー、エンジェルよッ!コンナ子とシスターにナレルナンテ、スバラシイ、スバラシスギルワッ!!!」
「そうだろ、そうだろ」
感無量な表情でゾーイさんにハグされて固まる私を微笑ましくみる兄。
ジェスチャーや言うことは過大だが、とにかく悪い人じゃなさそうである。
その後、父とも挨拶を交わしたゾーイさんと共に、思いのほか和やかな朝食となる。
父は英語が堪能で、普通に挨拶して普段よりにこやかにゾーイさんお話をしていたのが意外であった。
そういえば前の私の時もなにかの国際会議に海外出張してことがあったけと思い出す。
「ミネアポリスはイイトコロ、自然モトテモオオイシ、レイクとデッカイカワモアル」
「へー、それは一度言ってみたいわね」
「ゼヒ、ゼヒ、イラシテクーダサイ!」
ゾーイさんはアメリカのミシシッピー州のミネアポリス近郊の出身らしい。食後のコーヒーを終えてゾーイさんを中心に話の華が咲く。
この生活になってだが、初めての他人との会話に、ほとんど聴いているばかりだが私も楽しくなる。
「Oh!イケナイ、忘レテマシタ、コウタ準備OK!」
「OK」
「パンパカパ~ン!ゾーイカラノプレゼントタイムゥ♪」
なにやら兄から紙袋をゾーイが受け取るとそう宣言した。
「マズ、ユキへのプレゼント~」
「へ?私!?せ、センキュー」
突然のプレゼントの話に驚く私に、ゾーイは紙袋からリボンのついた包みを出して渡す。
「私コウタト、オ付キ合イシテ驚キマシタ。クリスマス、誕生日、プレゼントナイ!」
「・・・・・・・それは彼氏として失格ですね」
「ノンノン日本男子、奥ユカシイ~好キダケド、私オ祝イシタイデストオ願イシマシタ」
「いや、うちってそういうのあんまやらなかったからさ、つい忘れてたんだ」
たぶん、プレゼント云々は日本でも一般的な同世代の彼氏さんとうちの兄では隔たりがあると思いますよゾーイさん。と少しゾーイさんに同情したが、以前に兄が私に画材を大量にくれたのもこのことがあったからなのかなと思う。
「サァ、ユキ、プレゼントバリバリ破クッ!アメリカ式ヨ」
「あ、はい!」
言われた通りバリバリバリと破いた包みの中からは白色のフード付きのコートが出てきた。金色の意匠入りのボタンがあってなかなか良いデザインだ。
「可愛い・・・ありがとうゾーイさん!」
「イエイエ、ドウイタシマシタ~♪」
にこやかに、感謝を受けたゾーイさんは父と母にもプレゼントを渡す。
どうやらゾーイさんの両親からのご挨拶も兼ねた物のようでゾーイパパから父にミネアポリスに拠点を置く野球チームのユニフォーム、ゾーイママから母にゾーイママが趣味で作っている大きな絵皿を貰っていた。
プレゼントって他人の為を思って渡すものばかりと思っていたけど、プレゼントでその渡し主の趣味・思考がうかがえる挨拶的なプレゼントの仕方もいいものだと感心する。
「丁度いいからプレゼント持って写真撮ろうぜ、向こうのご両親にメールで送る」
「そうね、そうしましょう」
「そうだな」
「ユキハ、ゼヒトモコート着テネ」
「うん、着てみる」
私がコートを着ると、襟元をゾーイさんが直してくれる。
「あら、ピッタリじゃない、かわいいわ」
「GOOD!プリティーデスヨ」
もちろんゾーイさんも入れてデジカメで家族写真を撮る。
こちらの私にとってはあのアルバムの家族写真以降で初めてかもしれないと思うと感慨深いものがある。
「これから俺たちこれから美倉山にドライブなんだ」
「それで朝から来たのね、車はうちのを使うの?」
兄の言葉に母が答える。なにやらこの朝から突然の襲来はデートも兼ねていたらしい。
「ゾーイの車で行くよ、家の前に停めてあるんだ」
「そう、気をつけるのよ」
「・・・・・美倉山って夜景が綺麗って有名なとこだっけ?」
聴いたことのある、地元のちょっとした観光スポットに興味を惹かれて兄に聞く。
「おう、よく知ってたな。夜も有名だけど今日みたいないい天気だと遠くに海も見えそるんだぞ」
「フウコウメイビヨー」
「へー、いいな」
「そうか、そうか・・・・」
笑顔でそう答えた私に、兄の笑みが増す。
ん?なにか嫌な予感が・・・・
「ゾーイ、やるぞっ!」
「ラジャー!」
「!?」
・・・そう思った瞬間、私はゾーイさんに横抱きにされていた。
「それじゃ今から行くぞっ!!」
「レェ~ッツ、ゴォ~♪」
「へ!?うわっ、まってぇー!」
兄とゾーイさんは素晴らしい連携で私を居間から玄関に連れ出し、玄関先に真っ赤で高そうなオープンカーの助手席にやさしく私を下ろし、シートベルトをかけるとゾーイさんは後部座席に飛び乗った。
「コウタッ準備OKよ!」
ゾーイさんは運転席に座った兄に向かって叫ぶ。
「任せろ!!」
運転席に座って兄が滑らかなギアチェンジをして車が走り出す。
どこからか父と母の声が聞こえた気がするが、車のエンジン音に消えた。
なんだかあっという間すぎて、ゾーイさんって力持ちだなぁ、と私は場違いな感想を抱いていた。
見上げる私の瞳に、前の私にとっても、そしてこの私にとってはもっと長い時ぶりの青空が広がっていた。
どうやら兄の策略で私はまた誘拐されたらしい。