3.仮想現実
さて、あれから数日がたち、寝ても覚めても前の自分に戻れない事と現状の把握はできてきた。
とくにやることもないので日中は母と一緒に家事をこなし、母に協力してもらいつつ少しずつ外へ出るリハビリも行っている。
遅々とはしているが、少しずつ前にすすんではいる。
「やっぱ、原因を確認しないとね」
あの症状の原因をはっきりさせれば、解決もするのかもしれない。
しかし母や父には聴きにくいし、以前と違って兄とも仲がいいというわけでもない。
「・・・・どうしたもんかな」
今日もいそいそとイラストを描きこみつつ愚痴る。暇すぎて5日で10枚はイラストを作成している。パソコンに取り込めないので線画だけだが、アナログで描くにも画材がないし、できれば兄にでもフォト○ョッ○かS○Iでも借りたいものだ。
今は金曜の夜、明日は休みなので今頃は兄もイラストを描いているかもしれない。
まずは兄との関係修繕を図ってみるか・・・
トントン
『なに?』
「ユキです。いまいいですか?」
ガタッ・・・ゴトゴト・・・ドガッ・・・『あ~あ、ちょっ、まってろ』
なにやら、慌てて物を落とす音がする。まぁ、一言でいうと兄は社会性のある隠れオタクだ。ゲームやアニメが好きで、昔から絵を描いていた。
美大に入って、とある文房具の会社でデザイナーとして入社。ここのところの企画が当たって、忙しくも上手いことやっているらしい。そしてアニメやゲームの趣味は続いており、とくに同人活動、いわゆる二次創作でのイラスト集や漫画はそこそこの人気を誇っていた。
こちらの私は知らないようだが、先ほど兄のイラストをネットで確認したので続けているはずだ。
ガチャ・・・
「どうした、こんな夜に?」
部屋の中が見えないようにか、少しだけ扉を開いて私に応対する兄。
「あの、私、イラストを描いてて・・・孝太兄さん、絵は詳しいから教えてもらおうかと・・」
「お前が絵を描いたのか!?」
「うん・・・これ」
「いいのか?」
「うん」
驚きと少し嬉しそうな表情を浮かべて、私が持ってきたイラストが描かれた紙を受け取るとじっくり一枚一枚見ていく。
向こうでは慣れていたけど、少し恥ずかしい。
「これ『キュア・レディ』のニアさまじゃないか」
「うん、ストーリーが良くてファンになっちゃった」
「ああ、俺も全話見た、TVの二期も、もう決まったみたいぞ」
「そうなんだ、楽しみ」
兄の食いつきそうなキャラを描いてきて良かった。このキャラはもちろん私も好きなのだが、以前の兄とは見解の相違で大喧嘩に発展したこともある。
「うん、なかなかいい感じでかわいく描けてる。線もはっきりしてるし、人物の身体のバランスもいい。基本がしっかりできてるな。」
真剣な表情で私の描いたイラストを見て感心している兄だが、実はその基本を教えてくれたのは以前の兄だったりする。兄指導でひたすら卵のスケッチさせられたり、兄が主催のサークルで出す同人誌のペン入れや下塗りを手伝わされたりいろいろしたものだ。
「ほんと」
「ああ、マジだ。これでもプロの端くれだから嘘はいわん」
「よかった」
「ペン入れして色つけてネットに上げてみればいいかもよ」
「・・・でもわたしペンとか持ってないし」
「そっか、まぁ、とりあえず使えそうな道具持っていってやるから、ちょっと部屋で待ってな」
「うん」
やっぱ、好きなことでは共感が呼べるのか想像以上に上手くいった。部屋でしばらくまっていると兄がやってきた。
「とりあえずお古で悪いがライトボックスにペンタブ。絵が描きやすいように俺が使っているシャーペンと筆ペンの予備とクリップとかの小物類、あとお前のパソコンに簡単な色塗りのソフトをインストールしておいてやる。それに色塗り参考のイラストも印刷しといたから見てくれ」
「こ、こんなに・・すごい、ありがとう孝太兄さん!」
「いや、まぁこれまで兄らしいことあんましてなかったから気にするな。俺もイラスト描くの好きだから、近くに同じ趣味をもてる奴がいれば嬉しいさ。得意分野だからなんでも相談してくれ」
「うん、ありがとう」
その後、簡単にライトボックスや色塗りソフトの簡単なレクチャーを受け、投稿におすすめなサイトを教えてもらった。
「線画ができたら俺のところでスキャナーかけてデータを取り込んでやるから、もって来な」
「うん、色々ありがとね」
「ああ、期待してるぜ」
予想以上に豊富な画材が手に入り、兄に感謝しつつさっそく、ペン入れと彩色をしていく。
「できた」
一連の作業を終えたときにはカラスとスズメが鳴きだし、空は明らみはじめていた。
またもや朝になってしまったが満足だ。
「寝よう」
パタリとベッドに倒れるとそのまま夢の世界へ旅立った。
トントントン
次の夜、私はご機嫌で兄のドアを叩く。
「どうした?」
「イラスト投稿したらユーザーついて、コメントももらいました♪」
「おお~、まじか。よかったな!」
「やりました」
「まぁ、寝不足は注意しろよ、今朝母さんがお前の体調気にしてたぞ」
「う゛っ・・・・気をつけます」
そういえば今朝は結局、起きれなくて昼まで寝てたっけ。
「まぁ、無理せずにな・・・・でもよかったよ、お前とこんな風に話せるようになって・・・」
「やっぱ・・・話しずらかった?」
「あんな事件にあったし、しかたないけど、お前はこれまで俺を完全無視だったからな。俺も気まずくて声掛けられないことが多かったから、お相子だけどこの頃の変わりようは驚いてる・・・けど、まぁ嬉しい変わり方だよ」
「そうですか」
「いや・・・お互い絵が好きだってこともわかったし、俺、サークルやってるから、よければ今度参加してみるか?・・・ま、手伝てくれると助かるのもあるんだが」
「うん、どうせ時間はあるから腕を磨いて手伝うよ」
兄から握手を求められ、握り返す。
前の私とは何歩か離れた兄との距離だが、少し近くに歩みよれたようだ。
「とりあえずは孝太兄さんとの関係修復はできて良かったけど・・・『事件にあった』か」
部屋に戻ってきた私は思案する。
孝太兄さんは私がなにかの事件にあったと言っていた。
ここの私はその事件にあったことが原因で、外に出ることも家族とも碌に会話しなくなるような感じになったってことかな。
「新聞沙汰になってるかわからないけど、とりあえずネットで調べてみよう・・・」
検索のキーワードはとりあえず住んでいる町の『白木市』と『事件』としてみよう。
検索した結果はすぐに出てきたが多すぎる。
あんまり使いたくはないけど、追加で自分の名前『元木 ユキ』で検索っと。
「・・・・うそ、これって」
画面には私の関わった「未解決」事件が表示されていた。