16.迷者不問
白い衣の巨人の声を、その衣の中身に詰まった暗闇を覗き見た私は、動けずにいた。
体が泡の様に消えてしまうような畏怖、恐怖、混乱を一気に感じた私の脳は、それを感じさせる目の前の化け物から、ただただ一刻も早く逃げれないかと、その考えで頭の中はいっぱいになっていた。
「ヨウガアルノダ・・・留マレ」
逃げたい、逃げたい、逃げたい、逃げたい、逃げたい・・・留まらないと
目の前の白き衣の巨人がそう望むならば、そうしなければならない。
私はこの場に留まる為に力を使った。
周囲の人の思考を非常にゆっくりとしたものへ変える。
こうすれば周りには一瞬の出来事、邪魔が入らず目の前の存在と話す時間は十分取れるはずだ。
「不忘山、随分ト奇異ナコトニナッテイルナ・・・・・」
奇異、私はなにか変ったことになっているのだろうか?
それはなにかいけないことなのだろうか?
「些末ナ事ダ、不忘山ガ帰ッテキタ・・・ソレガ大切ダ」
そうか、ならば問題ないのか。
「我等ト共ニ在レバ良イ」
そうか、この方たちと一緒に居れば良いのか。
私はそうなる為に力を・・・
「ガウッ!」
そんな私の思考を変えたのは一吠えの犬の鳴き声であった。
巨人の視線は鳴き声のほうを向き、視線が逸れた瞬間にユキの心と体は自由を取り戻した。
自分が考えた事に青くなる。
私は力を使って、この火山を爆発させようとしていたのだ。
「古キ眷属、何ノツモリカ?」
巨人の前に踊り出たのは一匹の白い毛の犬であった。
それは、しずちゃんの家の裏手のお堂で見たあの犬であった。
「不忘山・・・楔を切る」
犬はそう巨人に語りかけた。
「馬鹿ナ」
巨人はまたこちらを見たが、今度はユキは目を合わせないようにギュッと目を閉じた。
「アノ影響ガアルトハ、不忘山ハマダナノダナ、ナラバ麓ニ戻レ、オ前ノ力ハ危険ダ」
どこか、悲しみを込めて巨人はそういうと踵を返して去っていった。
「・・・・・・ありがとうございました。」
安堵で両膝を地面に着くユキは傍らにいる不思議な犬に感謝を述べた。
「不要・・・・後はヨネに聴け」
「ヨネ・・・・っておばあちゃん?ってちょっとまって!」
突然祖母の名前を言われて驚くユキに反応することなく、犬はそういい残すと姿を消してしまった。
「なんだったのよぅ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ってこれどうすればいいの?」
そんな感想を述べたユキであったが、周囲を見渡すとまるでパントマイムのように体を固めて動かない人々が居た。
とりあえず、しずちゃんの横に戻り、その手をさっきまでと同じように握ったユキは何とかして力を解除するのであった。
「ユキおねーちゃん大丈夫?」
「・・・疲れた」
ロープウェイで山の中腹まで来たユキであるが、あきらかにぐったりとして元気のない姿を心配してしずちゃんが声をかける。
思いのほかの事が連続して起きて、疲労感が半端ない状況のユキは、余裕もなくそう答えた。
「まー、意外と長い時間、山の上にいたからね~。今日は本当によく頑張ったわ」
母がユキを気遣って、そう声をかけてくれた。
「まー疲れてるのもあるっし、今日はこれで帰るべ」
叔父さんもそう言ってくれて、ユキは山を下りる為に車に乗り込むのであった。
「おかーさん」
「なに?」
「明日、帰る前におばあちゃんのとこ行きたい・・・」
帰り道の車の中で、半ば夢の中に入りつつユキは明日の予定についてそう母に要望を伝えた。