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引きこもり少女に幸あれ  作者: motto
出会いと神隠し
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9.談天彫竜

その日、我が家にお客さんがやってきた。

 例の誘拐事件後に私の担当医として何度か往診にきてくれている久保埜先生だ。

 残念ながら、今の私にはまったく記憶がない人物である。


 「ユキさんこんにちは、元気にしてた?」

 「こんにちは、久保埜先生。おかげさまで元気です」


 母と共に我が家の居間に入って来た女性は、私よりも頭一つ高くすらっとした体系だがセーターにジーンズというラフな格好のお姉さんであった。ホントに医者か?という疑問もあるが母が普通に対応しているのでいつもの事なのだろう。

 元気に挨拶されて、わたしもソファーから立ってお辞儀をして返事を返した。


「よかったわ、お母様にも電話で様子は聞いていたけど前よりずっと元気になったわね。改めて自己紹介させてもらうけど、私は久保埜メンタルクリニックの医師で久保埜 麻子よ、よろしくね」

「は、はあ、よろしくおねがいします」


 手を出されたので、握り返して握手する。

 席について問診を受ける、その後のカウンセリングは最初に私、次に母も先生と話をする流れとなった。

 問診といっても他愛もない世間話が多い、詳しく聞かれたのは最初の頃出かけようとして出た症状の事や、そこから少しずつ外出した際の出来事などだ。


「そう、うまくいってるようなのでこのまま外出リハビリは行っていきましょう。ただ、いきなり遠くへ行くよりは無理しない中で毎日決まった時間に外出する機会を設けるほうが良いと思うわ」

「はい、そうします」

「それと、あまり無理にはといはいえないけど、昔の事件の事はもし警察に事情を聴かれても答えられそうかしら。」

「えっと・・・実はまったく思い出せなくて、すみません」

「・・・・・そう・・・・今、こうして心が安定しているのもそのおかげと考えられるし、無理に思い出さないほうがいいわね」

「はい、わかりました」


 本当は、つい先日までの今の私の記憶もごっそりないのだがさすがにそんな話はできないのでこれは助かる。


「あと・・・たとえばなんだけどこの頃、自分が気づかないうちになにかをしていたっていう事はない?」

「いえ、特にないです」

「・・・なら、なにか視えたり聞こえたりしたことはない?」

「えっと・・・・なにか視えるってどんなものですか?」

「そうね・・・たとえば視えるはずもない物が視える、聴こえるはずがない声が聞こえるって感じかな」

「・・・・・・・・・特に」


 脳裏に千里眼の能力の事がよぎるが、久保埜先生があの能力を知るはずないし、これも伝えるべきことではない気がする。

 じっと私をみる久保埜先生にそう答えた。


「もしなにか、気になることができたらお母さんでも私でもいいから伝えて頂戴ね」

「はい」


 カルテになにやら書き込む久保埜先生は目線を再び私に向ける。


「最後に一ついいかしら?」

「?」

「『あなた』は誰?」

「えっ・・・私は元木 ユキです」

「ふふっ、聴いてみただけよ、気にしないでね。よしっ!今日はこれでおしまいよ、お疲れ様」

「はい、ありがとうございました」


 そう笑顔で締めくくってとりあえず私の診療は終了した。私のPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状は軽い物であると診断され、症状が出た際に飲む軽めのお薬をいただいたが、経過観察で1ヵ月後に今度は久保埜先生が経営しているクリニックに行って再診する形になった。

 

「『PTSDによる自閉症状を呈したPt・・・・口数、抑揚、表情、動作、会話内容、社会交流状況からも明らかに別人格、自分をごく平凡ととらえており心身の一致がみられない・・・記憶の混乱あり・・・多重人格障害が疑われる。・・・・・・見える物への返答で動揺あり幻覚症状の疑いもみられる』って、あからさまになにかの病気とみられてるなぁ」


 母と久保埜先生が話している間、自分の部屋から「千里眼」でカルテの内容を視た私は深くため息をつく。


「妄想とかじゃ、この能力は説明つかないんだよね・・・それに自分を『ごく平凡にとらえている』って本当につい最近まで平凡だったんだもん」


 でも、とも思う。

 『今』の私になる『前』の私は自分で思うのもなんだが、ありふれた一般人、趣味も容姿も普通の女の子だったと思う。

 ある意味、わざとらしいくらいに普通・平均・一般人であった。

 

 もしもだ・・・

 

 私が多重人格だとして、この異常で特異で有名人(一部で)な『今』の私が普通の女の子を望んで『前』の私という人格や記憶を作り出したとすればどうだろう・・・

 ひやりと背中に流れるものがある。

 心と体が一致しないのは確かで、外出トラウマはこの世界の私が確かに私の中に存在している事を示している。

 

 本当に『私』は元木 ユキなのだろうか・・・・


 『あなたは誰?』


 久保埜先生の最後の質問が頭から離れなかった。


 「ユキちゃん大変よっ!?」

 

 先生が帰った後、自室でそんな考え事をしながらぼーっとしていた私を現実に戻したのは1階から響く母の叫び声だった。


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