第一話 中
ヒナタが自宅のアパートに着くと、隣の住人であり隣のクラスの女子・荒崎茜が丁度、部屋から出てくるところだった。
茜は、整いながらもまだ幼さを残す顔つきで、パッチリと開いた大きな目は少し青っぽいのが印象的だ。ロシアとのハーフらしい。
短いショートカットの毛先を軽く内側に丸め、左側の一部分だけ赤いリボンで結んでいて、いかにもかわいらしい女子という雰囲気を醸し出しているのだが、性格は外見と全くといっていいほど逆なのだ。
趣味を聞かれれば人間観察と答え、得意なことを聞かれれば罵倒、嫌いなことを聞かれれば道徳、友人関係、ビッチどもと答える。まさに、人から嫌がられるタイプそのままである。
茜は両親のどちらも幼いころに亡くし、今は一人暮らしをしている。
「あぁ、ヒナタ。丁度いいわ、コレいる?」
茜は手に持っていた紙袋をヒナタにさし出した。袋の中身は蜜柑がぎっしりと詰まっていて、軽く二十個ぐらいはあるようだ。
「すごい量だね。どうしたの?」
「田舎のおばあちゃんが送って来たのよ。一人暮らしでこんな量食べきれないし、少しでいいから貰ってくれない?」
「そうなんだ。じゃあ遠慮なく。あ、ウチ寄ってく?」
「いいの?」
「はは、何をいまさら。昔からしょっちゅう出入りしてるんだからいいに決まってるでしょ?」
袋をもらい、ヒナタと茜は部屋に入っていった。
◇ ◇
二〇〇一年一〇月九日。
『飛行機虐殺事件』という、過去最高のテロ事件がありました。
飛行機の中で、老若男女問わず銃で撃ち殺され、生き残ったのは小さなこどもが二人です。その二人とも、親が自分のを犠牲にして守り抜き、生き残ったそうです。
飛行機の運転手も頭を撃たれ、総勢四十三人が死亡しました。
そんな悲しい事件からもうかなりの時間がたちますが、犯人はいまだ捕まっていません。そのテロ直後でも、犯人の姿を見たものは居ないそうです。
◇ ◇
「ヒナタ…この問題分かる?」
「どれどれ」
「これ」
「あぁー、うん。…うん。無理」
「嘘。ヒナタが解らないわけないわ」
「うん、嘘。…いや、普通にわからないのくらいあるけどね?」
なんだか、茜にはいろいろ買いかぶられている気がする。
私より、お前の方がスペック高いだろうが。
定期テストも近いことで、茜とヒナタは一緒に勉強をしていた。茜は、その姿から「才色兼備」というイメージがあるが、実はそこまででもない。美人なら頭もいいというのはかなりの偏見ではあるが。
ヒナタと茜は幼馴染である。
小さいころから家族ぐるみの付き合いで、というか親同士が仲が良かったので幼馴染にならないわけもなかった。…幼馴染と友人は別である。
茜の親が亡くなってから、ヒナタと茜は一緒に上京した。
実家は茨城で、昔は双方の祖母達によく説得に行ったものだ。
何とか祖母達を説得すると、今度はあちら側から条件が出され、草むしりからテストの順位まで、本当にいろいろ頑張った。
その祖父母も、もう双方とも二年ほど前に亡くなっているのだが…。
自分の手のひらにふと目をやる。肉厚で、手相が深い。祖母と同じ。
今思えば、祖母達は奇妙な死に方をしていたように思う。
死因は、二人とも転んで頭を撃ち、その衝撃で死んでしまったらしい。
ヒナタの祖母――佳代子は、体は、あまり丈夫とは言えないが、足腰は随分としっかりしていた。家の階段など、苦も無く楽々と登っていたのだ。
それなのに、たった数ミリの段差でそう転ぶだろうか。
それに、転び方も引っかかる。
佳代子は、後ろに倒れたのではなく、横に倒れたのだ。
まるで、誰かに反対から突き飛ばされたかのように。
「ヒナタ?」
茜が身を乗り出して顔を覗き込む。
「また、何か良くないこと考えてるでしょ」
「………」
ばれた。
茜は、人の表情を読み取るのが上手なようだ。
「顔色も悪いし…どうかしたの?いつも勝手に落ち込んでいくんだもの、
先に言ってくれなきゃわからないわ」
私の頭をポンポンとあやす様に軽く叩いた。
じわじわと、目頭が熱くなっていく。
「……はは、敵わないなぁ…」