第零話
第零話
「『善』って、なんなんだろう。何が『善』で何が『悪』なのか、ハッキリと明確に答えられる人はどこかに居たりしないかな?」
そこには、一人の少女が居た。黒髪を後ろで綺麗に切り揃え、前髪を赤いピンでとめている。顔立ちはとても幼く、奇妙な赤いセーラー服を纏っていた。
落ちていた細い枝を手に持ち先の方をくるくると回している姿は、まるで年相応のただの女の子だ、と木の陰に隠れる女は思った。
空が橙色に輝く。カラスが数羽、電柱から羽ばたいた。
「あ、ちょっと待って!まだ話は終わってないんだよ!」
その少女は、小さな携帯電話を持っていた。枝を持つ手とは反対の手でその携帯電話を耳元に当て、誰かと会話をしている。その携帯電話を耳元に当て、誰かと会話をしている。セーラー服は汚いだけであって、決して使い古されたというものではないらしい。
「あぁ、びっくりした。もう、人の話は最後まで聞かなきゃダメでしょ。で、話の続きだけどさぁ――…ん?続くよ?当たり前じゃん。…で、警察ならわかるのかな?悪い人を捕まえちゃうんだし。あ、でもでも、警察の人も悪い事したりするときもあるよね。あぁもう、どうしよう!私、困って困って困りまくって、もうどうにかなっちゃいそう!」
明るい朗らかな声で、楽しそうにしゃべっていた。嘘偽りなく、心から笑っているのだ。
少女は、人形の上に座っていた。その人形は一体だけでなく、表層だけでも五体はある。
「あ、でも……もう、どうにかなっちゃったから、手遅れだから、こんな風になっちゃったのかな?」
少女はケラケラと笑った。その微妙な振動で、重なって山のようになっていた人形が一つ転がって落ちる。
仰向けになった人形は、男の顔をしていた。普通の、ごく平凡な男の顔で、服装はパーカーにジーンズというラフな格好である。ごく普通の、ごく平凡な人形。
――否。その人形は服が赤かった。胴体の中央の、鳩尾のあたりがとてもとても、異常なほど鮮やかに、赤い。
「手遅れは元からって…ひどいなぁ、もう。そんなんじゃあ、アタシ、怒ってもっともっともぉっと、どうにかなっちゃうよ?」
少女は唇を少し尖らせた。
手遅れだからこそ、選ばれたというのに。
少女は人形の山から軽々と飛び降りた。着地点は、転がっておちた人形の上だ。少女が着地すると同時に、人形の口から赤い液体が飛び出た。吹き出す、というよりも、吐き出すように。
ぬめり、と、謎の赤い液体は少女の靴にまとわりついていく。
「あれれ、血抜きはちゃんとしたと思ってたんだけどなぁ…あーぁ、靴が汚れちゃったじゃんか」
ペチペチと人形の顔を叩く少女は、どこかが欠陥しているように見えた。本当に、どこか大事なところが。
「…ん?あぁ、ごめんよ。…いやいや、大丈夫。コッチの話。それよりさぁ、どうするの?これ。…うん?アタシが処理すんの?え、マジで?」
空はいつの間にか日が落ち、辺りは暗くなり始めていた。少女が人形を蹴った。
――否、それは人形ではなく…
「あーぁ、また無駄な人殺しをしちゃったなぁ」
楽しそうな、嬉しそうな、可愛らしい満面の笑みを浮かべてそう少女は言ったのだった。