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招かれざるものたち

「のう茂野『穂旦山』のお姉様のことをお兄様は気に入ったらしい」

「それはようございました。『葵山』も喜んでおいででしょう」

 それはそうだ。大喜びと言ってもいい。

 銀朱も嬉しいは嬉しいが──複雑さも同居している。

 銀朱にとっても『紅葉山』は特別だ。

 『穂旦山』は何をして、どのようにして兄の特別を得たのだろう。

 謎だ。

 どのような事の運びで、と聞いてみたが、契里は何とも言えぬ表情でにこりと笑って

「『大紅葉山』に会えてよかった。あの方に会うために、私は時雨様に会ったのね」

 全くもって意味が分からない。

「あの方を罵倒するものは許さないわ。私だけの特権になったの。私の権利として、思うがゆえに許されたこと。そうね……銀朱あなたもずっとそうしてあの方を守ってきたのよね」

 ……はて?

 銀朱は正直、はてなで頭がいっぱいになった。

 古くから銀朱は『紅葉山』の兄を悪狐だ何だと愚弄するものは許さずにいた。

 それは今までもこれからも一緒だ。

 しかし、契里だけが罵倒をするということは何だ??

 兄を守りたいのであれば、そんなことをするわけもないだろうし?

 銀朱が困ったのが分かったのか、契里は銀朱の髪を撫でて話を変えた。

 時雨の好きな牡蠣の煮付けの話だった。

 少し辛みを効かせるとあの兄はいつも二倍は口に運んだものだ云々。

 話を逸らされた。

 銀朱としてはその話も重要であったのだが、『紅葉山』の兄に気に入られた契里の手練手管の方が気になって仕方ない。

 自分も実践すれば兄の特別になれるだろうか……

 と思ったがそれではただの二番煎じだろう。

 契里は総本山で分社時代にしっかりと教育を受けていたそうだから、初手から銀朱とは違う。

 真似をするにしても……

「いや私の胸はまだ成長期だ」

 影でそっと自身の胸を励ましつつ、とりあえず一言でまとめるならば、喜ばしいということだろう。

「ふん。『穂旦山』のお姉様は『紅葉山』のお兄様のお相手が正しい在り方であったのだと時雨様に言ってやったわ。時雨様が甘えるべきお姉様ではなかったそういうことだ」

「また、そのように仰られると『葵山』が拗ねてしまいます」

「少しは自覚して姉妹への接し方を考えて貰わねば困る。私とていつまでも時雨様第一であるかなど分からないのだから、そこを理解した上で私に……」

 銀朱が意気揚々と語り始めようとしたところで、茂野はさっと手を差し込み止めた。

「ん? どうした」

「今……領域に何者か踏み込みました」

「鬼の類か? 討伐に出るか。今は紅葉山近辺で余計な騒ぎを起こす訳にはいかない」

「これは同胞の気配ですが……」

 茂野は神経を研ぎ澄まし、笹の葉の絨毯を踏み、山際を抜けて行く足音と気配の形を具体的に掴もうとした。気配はふたつ。

 迷い子かとも思ったがただの山ノ狐ではない。

「本殿でお待ちを。私が斥候して参ります」

「分かった。時雨様にも話をしてくる。いいな茂野、今『紅葉山』に邪魔者を入れてはならない」

 『大江山』主従は分かれ、茂野は麓の領域へと飛んだ。

 気配は当然──『穂旦山』侍従理緒。

 そして『和佐山』侍従の二柱だった。

 足の向きを見るに大江山を越え、紅葉山へ近づくように見える。

 紅葉山のさらに向こうの山に用向きがあって向かっているとしても、大江山を通り紅葉山を突っ切っていくなど、ここ千年前例がない。

 紅葉山を避けることは、稲荷の世の常識である。

 侍従の役目を負う者が知らないはずがない。

 その上で大江山に挨拶なしで横切るのならば、目的は奥にある紅葉山他にない。

 茂野は竹林を滑り気配の先回りをしようとしたが、突然斜面の吹き寄せ溜まりで足を止めた。

 反動を殺すように竹に手をかけ回転し、稜線を見上げた。

 舞い上がる竹葉の合間から青い目が注視したのは、大江山稲荷神社の本殿であった。

 突然方向転換をしたのは、本殿に目がけて真っ直ぐ駆けてくる大きな気配を感じたからであった。

「銀朱様──」

 狙い定められているのは銀朱に違いない。

 山を横切る二柱は、銀朱を孤立させる陽動であった可能性もあったのだ。

 ここで駆け戻れば間に合うが、しかし茂野は吹き上がった竹葉が地に伏せるまでに心の揺らぎを押さえた。

 銀朱は『紅葉山』に邪魔者を入れてはならないと茂野に命じたのだ。

 ここで戻るわけにはいかない。

 今本殿には銀朱が一柱だけではない。

 『葵山』たる時雨もいる。

 どこか気を緩めての斥候のつもりであったが、茂野は意識を切り替えて早々に闖入者を取り押さえる方針へ切り替えた。

 若竹を軸にしてくるりと回転し再び視線を山の裾へ投げると、茂野は勢いをつけた。

 その疾走に劣らない速度で、大江山の参道を駆け上がるのは三那彌だった。

 時雨もその気配に気がついたが、勢いを殺さずに本殿まで駆け上がってきた三那彌の方が初手が早かった。

 時雨が本殿へ飛び込むと、すでに三那彌の手の中に銀朱は収まっていた。

「──『和佐山』」

 時雨が妹の名を捕らえた。

 まだ己が『豊山』派を名乗り久照を後見にして立ち振る舞いをしていた頃は、髪も年相応に長かったが、今はその髪を切って肩につくかつかないかの短髪であった。

 よからぬ火種をまき散らす性格であったから、時雨が関与しないどこかで何かしでかしたのだろう。

 髪は切ったが能力的に減退したようには見えない。

 鋭気失われないまま、ぎらぎらとして落ち着かない様子を見せる青い目は、以前顔を合わせた時と変化はないように見えた。

「『葵山』時雨お兄様、どうもお久しぶり。何百年振りだったかな」

 向こうはしっかりと銀朱を捕らえていて時雨が下手に動けば手にした銃の引き金を引くだろう。

「何の用向きだ『和佐山』」

「分かってるくせに。契里を助けに来たんだ。よくも『和佐山』出自の山ノ狐に乱暴を働いてくれたな」

「何の話だ。逆恨みと早とちりと勘違いはよせ」

 時雨は三那彌に返答しつつも、銀朱へ視線をやった。

 気道を押さえつけられて息苦しそうに目を細めているが、特に外傷はないように見えた。時雨がここにかけつけるまで数分も要さなかったので、特にもみ合いにはならず、奇襲を受けてそのまま虜になったと考えるべきだった。

 村上がいれば背後からこの闖入者を取り押さえる計らいもできたが、村上はまだ帰っていない。

 ──村上に持たせた手紙は見ていないのか?

 時雨は間合いを無理に詰めず、乱暴に押し開けた障子を静かに締めながら、三那彌を上から下まで検分し、会話から糸口を掴むことにした。

「その髪はどうした。まるで子供だな。ついにその乱雑極まりない性格に容姿も合わせたのか。それでは嫁入りの体裁も整わないぞ」

「もー嫁に行きたい所には行ってきたからいいんだよ」

 先ほどの口ぶりからするに、『豊山』派に嫁入りしたのだろうと時雨は判断した。

「久照のところにでも嫁入りしたのか」

「ふざけんな!よりにもよってなんで『豊山二ノ輪麓』なんだよ。私が嫁入りしたのは守夏兄様だ!」

 『紅根山』繋がりで時雨は適当に投げたのだが、三那彌は猛烈な反発をし息巻く。

 久照がこの場にいたら、そんなに嫌がらなくても、と嘆きそうな勢いだ。

「ふぅん……『和佐山』は『豊山』派に傾いたということか。なるほど……?」

 だとすれば、口上の通り縁のある姉の『穂旦山』が『紅葉山』派に置かれる流れに納得がいかないということだろう。

 手紙など意味はなく『紅根山』の手から破いて焼いてしまったに違いない。

 三那彌は状況を把握し、対策に出ようとする時雨の心の動きを察知したのか、手にした銃を時雨ではなく銀朱のこめかみへ向けた。

「下手に動くな。思考の回転も止めろ。黙って従えば『大江山』に害を加えるつもりはない。『穂旦山』を返してくれるよう悪狐に交渉してもらうよ『葵山』──」

 三那彌は銀朱を紅葉山へ渡るための虜囚として扱いながら、時雨を威嚇する。

 だが銀朱は突然やってきた年上の女稲荷が『紅葉山』を狙うものだと理解したのか、苦しさで歪めていた青い目を大きく丸め、押さえつけてくる三那彌の腕に抵抗した。

「守夏……あの、白……、けむくじゃらの嫁……。『豊山』派の輩は、あの手この手で邪魔をしおってからに……!!」

 銀朱の青い目が彩度を上げると、三那彌ははねのけられた。

 意外だった。

 これなら逃れられないと思う力で、切り札に使うために銀朱を押さえたのに、その檻を自力で抜けたのだ。

 これは葛緒が言う通りに、ただの妹ではないと思って行動した方がいい。

「『穂旦山』のお姉様を『豊山』派に引き渡すつもりはない! 『穂旦山』のお姉様にはこれから教わらねばならないことが、たくさんあるのだから」

「契里は私のお姉様だ。悪狐の餌なんかにして、たまるか」

「え、餌ッ!? なっ、なん、なんという言いぐさ、どこの誰かは知らないがお兄様のことを愚弄するのは許せん!」

「そりゃこっちの台詞だ。守夏兄様を呼び捨てにするなんて、頭おかしいんじゃないか」

「銀朱待て、この妹は──」

 時雨が止めようとしたが、制止を聞き届けるような妹ではなかった。

 正しくは、妹『たち』ではなかった。

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