ある稲荷の納口上
「おい『和佐山』」
「なんだよ『葵山』今、UNOであと一勝すれば『大江山』に勝つ……ってぁああー!契里!」
時雨に声をかけられて、面倒そうに振り返った三那彌の目に入ったのは、理緒と意識のない契里を抱える時雨だった。
「契里、おい大丈夫か。くそ!聞きしに勝る外道『紅葉山』か……」
「いや爆弾発言をしたのは『紅葉山』だから、怒りの矛先は間違いないが、具体的にいえばただ契里が驚いて脳震盪を起こしただけだ大事ない」
側についていた理緒も「そうです」と三那彌の追求に頷いてみせる。
「契里お姉様どうなさったのですか」
手札を放り投げて銀朱もかけよると、時雨が満足そうだがどこか疲れた顔で応えた。
「『紅葉山』が契里に嫁に来いと言った──いや、驚いた」
「嫁に!? つ、ついに! どのような手練手管を使われたのか今度伺わなくては」
「すぐでないのは気にかかるが、これから私も芸州に通って条件の強化に勤しむ」
「条件とは何です? 私ができることなら少なからずお力添えします」
背筋を正す銀朱に、時雨は小さな理緒の頭にぽんと手を置いた。
「これだ。『穂旦山』侍従理緒。これを一人前どころか二人前程度の侍従に仕立てなければならない」
「あ……はじめまして『大江山』、僕……『穂旦山』侍従理緒と申します」
「……小さいな。これが契里お姉様の侍従……。たしかになんというか、まだまだ使えない感」
ぐさり。
理緒は銀朱の言葉に一刀両断され硬直した。
「その通りまだ幼い。どうにか茂野水準まであげなければならん。そうしなければ契里を『紅葉山』の嫁にできない」
三那彌は時雨の言葉をやっと理解したのか、手札を畳に叩きつける。
「えっなんで嫁? 契里を嫁にするの? 悪狐が? ふざけんな、そんなの許すか」
「お前に許す許さないの権利はない。黙って紀州の田舎で引っ込んでいろ」
「な、何を『葵山』だからって言って良いことと、悪いことが……おいぷに!銃!」
「あ、お父様だったらこちらです」
理緒は背負ってきた父を座敷に横にした。
「あ、そっか。ぷにやられたんだっけ。生きてたんだな。大丈夫かおーい」
「うう、三那彌様ひどい」
「とりあえず『和佐山』がここに居座られても困るし、契里も山に帰す」
「『葵山』が契里を穂旦山まで送るのかよ」
「理緒、いいな?」
「はい『葵山』」
「なんだよ理緒。『葵山』に素直だな。餌付けでもされたのか」
そんなんじゃありません、と理緒は懸命に首を横に振った。
「『葵山』は悪い方じゃないです。……『紅葉山』も」
ふむ。
三那彌は理緒の反応を見て、どこか理解したようにみえた。
「このボロ雑巾は何ですか『和佐山』のお姉様」
「あぁ、これ? これうちの侍従」
「大丈夫か『和佐山』侍従。そうか迎撃に行った茂野にやられたのだな。相手が悪かったな生きていてよかった」
銀朱が撫でてやると「甘やかさなくていい」と三那彌は軽く一蹴して、己の侍従を小脇に抱える。
「まぁ契里が帰ってきたなら、私はそれいい。『大江山』! 勝負はまた今度だからな」
「負け逃げなので、今回は私の勝ちで」
「まぁ私?お姉様だから? 妹にちょっとくらいはいい気分でいさせてやるわ。次はこうはいかないからな」
契里の様子を窺い覗き込むと、決してひどい仕打ちを受けたようには見えなかった。
理緒の言い分は嘘ではないようだ。
嗅ぎ慣れない香のかおりは、顔も知らない『紅葉山』の香りなのだろうと三那彌は鼻をすすった。
「笑っておられました」
理緒は自身と同じ大きさにふくれた風呂敷を抱えて三那彌に告げた。
「ちぎー様は『紅葉山』派になって笑っていました」
「……そっか。契里はとんだ大失敗をしたかと思ったけど、余計な心配だったのかな」
「失敗にならないように、僕ががんばります。ちぎー様が嫁入りしなくてもいいって僕がいればいいって思えるように、毎日がんばります」
三那彌は理緒の頭を撫でてやり、己の侍従を抱え大江山を去った。
『紅葉山』を視界の端に置いて、霞みを蹴って飛躍する。
昔──三那彌がこの世に具現化するずっとずっと前に、あの山に守夏がいたのだ。
という知識だけはある。
かつて『紅葉山一ノ宮麓』であった守夏が、あの山でどのような生き方をしていたのか三那彌は少し気になった。
気になる、といえば、何か忘れているような気がしていたが、忘れそうな自分の侍従は小脇に抱えている。
忘れ物はないので、まぁいいか。
三那彌は気持ちを切り替えて、芸州の方へ突き進んで行った。
ずばり三那彌が忘れていたのは、事の発端である理緒へ無情な対応をした、村上処断である。
紀州和佐山に戻ると、出迎えたのは葛緒と隣の山の主『紅根山』薄紅だった。
何だ仰々しい迎えだなと思ったが、向こうは何やら大はしゃぎであった。
「すごかったんだぞ『和佐山』~! お前どこ遊び歩いてたんだよー!」
「は? 何かあった?」
「なんかな、『葵山』の侍従が来たんだよ」
三那彌は薄紅の話で、そこで村上のことを思い出した。
「何か伝言があったみたいなんだけどな、その前にすごいの」
「何が? あいつまだ居るのか。ぶっ殺す」
「いや、それは天才茂野がやってた」
「へ? 茂野?」
「うちの父様が陰陽術開祖っていうのは知ってたけど、私本格的に使われてる陰陽術って見たことがなくって。茂野がねー! 風神雷神お手の物!」
薄紅は、両手を合わせて二拍、三拍手拍子してみせる。
陰陽術の行使を表現したいのだろう。
楽しそうに右に左に手を舞わせている。
「それで『葵山』侍従はぶちのめされて、連れて行かれちゃった。何の用だったんだろう」
「いや、なんとなく分かった。よかったなすごいの見れて……」
「うん。本当に。なー火炎丸。お前才能ないって言われたけど、陰陽術習えよ。あの花火みたいなやつとか、水のやつとか、すごいじゃないか」
薄紅はそこで思い出したように箱を差し出した。
「そうだこれ、茂野が『和佐山』にって」
受け取るとその箱は『大江山まどれえぬ』と銘菓が描かれ一筆。
「懲りずにまた大江へお越しください」と書かれていた。
なるほど理緒は、このレベルまで達しなければならないということか。
これは時間がかかる。
でもまぁその間は、『紅葉山』派になったとしても契里と、たまには遊んだりもできるだろう。
何かあっても、『大江山』や『葵山』、『紅葉山』が契里を助けてくれるだろう。
もう一度聞きたいこともある。
『紅葉山』の事をどう思ってる?
──そうね、私何とも思ってないのよね──
取り繕って、またそう言うかもしれない。
だが心配するような笑い方はもうしないだろう。
照れて困ったように笑ってくれると思う。
「御方様、お怪我はありませんか」
「ないよ。ぷに以外は誰も」
銘菓を葛緒に手渡して、己の山の参道を行く。
心なしか気持ちも軽く、無意識に笑顔が零れていた。




