季節外れの肝試し
「嫌だよ~。暗いのは嫌だよ~。幽霊なんかいないから帰ろうよ~」
僕は、駄々をごねる京ちゃんを引きずって学校の校門を目指していた。
校門に着くと水島さんと祥ちゃんが校門前に立っていた。
「ちゃんと来たんだな」
「当たり前じゃない」
どの口が言っているんだか。京ちゃんは足をガクガクさせながら仁王立ちしていた。
「こんばんは、神山君、春風さん」
水島さんが僕たちにお辞儀をしている。
「こんばんは」
僕は水島さんに返事を返した。
「じゃあとりあえず部室へ行くか」
僕たちは学校の校門を超え、鍵を開けておいた窓から部室へと入る。
部室に入ると祥ちゃんが学校の見取り図と懐中電灯を4つ取り出した。祥ちゃんは懐中電灯を一つずつ配った。
「この学校は夜になると警備員が一人で巡回している。そのため、全員で調べていて捕まったらアウトだ。だから、二人ずつに分かれて行動しよう」
僕たちは頷いた。ただ一人京ちゃんを除いて。
「四人で行動したっていいじゃん。多い方がいいじゃん」
「だから、四人で行動したら捕まったらアウトだろ」
京ちゃんの意見を祥ちゃんがバッサリと切る。
「じゃあ、俺と京子、水島と真志に別れよう。俺たちは東校舎を調べる。真志たちは西校舎を調べてくれ」
「わかった」
僕たちは大きく頷く。
「何かあったらメールで連絡してくれ。水島が幽霊を見たのが西校舎屋上だから、各班がすべての教室を調べ終わったら西校舎屋上前に集合だ。いいか」
「それで大丈夫だよ」
それから、僕たちは西校舎と東校舎に分かれて探索を始めた。
「とりあえず一階から探索しようか」
「うん」
僕たちは、西校舎の一階を探索した。
誰もいない教室を覗き何もなければ次の教室へと向かうという作業が続いた。
「特に変わったところはないね」
「そうね」
僕たちはしゃべることもなく、無言で探索をしていた。
一階の探索も終わり二階へと進む。西校舎の二階には職員室がある。職員室にはまだ明かりがついていた。どうやら宿直の先生がいるようだ。
僕たちは音を立てないように職員室以外の部屋を探索した。
しかし、特に何もなかった。
そして、三階へと上がった。
三階は一年生の教室だ。僕たちは一つずつ教室を調べていく。
その時、僕の手を水島さんが引っ張り、空き教室に入った。
「どうしたの」
「警備員が来てるの」
僕は、廊下を覗いてみた。廊下には懐中電灯を持った警備員がいた。
僕は廊下の警備員の様子を見ていると背中に違和感を感じた。水島さんは僕の背中に体を密着させている。この柔らかな感じは……。
「あの、水島さん胸が」
「えっ何」
水島さんは天然なのか気づいていない。僕は恥ずかしさのあまり意識が遠のく。
―――バタン
誰かの声がする。体が揺らされる。なんだ、この騒がしいのは久しぶりに目を覚ます気がする。
「神山君どうしたの。起きて」
誰かわからない女の声がする。体を揺すってくるのもこの女のようだ。
俺は目を覚ました。どうやらここは、学校のようだ。
「神山君。良かった。いきなり気絶するからびっくりしたよ」
知らない女が俺の名前を呼んでいた。
「あんた誰だ」
「えっ。もしかして記憶喪失? 倒れた時にどっか打ったのかな」
なるほど、この女は俺を知ってるらしい。ということは。
「もしかして、弟の友人か」
「弟? 」
「ああ真志の友人だろ、あんた」
「はいそうです」
「俺は真志の兄の涼一だ」
「えっお兄さんですか。そうですか」
なぜか、この女は顔が硬直していた。
そして、何秒たっただろうか。いきなり女が悲鳴を上げた。
「おばけ~! 」
女は腰を抜かしたのか床を這いずりながら携帯で何かをしている。
すると、教室のドアが開いた。ドアを開けたのは京子だった。
「よっ京子。久しぶりだな」
「なんで、あんた出てきてんのよ」
京子はいつもの仁王立ちで床に座っている俺を指差した。
「いや俺は知らん」
「あ、あの~。この方はおばけじゃないの? 恨みがあって神山君の体を借りてるんじゃないの」
腰の抜かした女が京子と俺を交互に見ている。
「俺はおばけじゃない。この体の二つ目の人格だ」
「真志は解離性同一障害なのよ。いわゆる多重人格。兄を火事で亡くしたショックでこいつの人格が生まれたのよ」
京子は俺の頬を指でつつきながら女に説明した。
「人を指で指すんじゃねーよ」
俺は、京子の指を払いのける。
「まあそういうことだ。よろしくな。であんたの名前は」
「水島瑞希です。よろしくお願いします」
水島はおどおどしながらお辞儀をしている。
「京子ワックス持ってないか。前髪が鬱陶しいんだよ」
「あるわよ」
京子はワックスが入っている容器を俺に投げた。俺はそれをキャッチするとワックスを手に取り頭につける。やっぱり男はオールバックじゃないとな。
「これでよし。サンキュー」
俺は、ワックスの容器を京子に返した。
「それで、祥悟がいねーけど」
俺は、周囲を見渡す。やはり祥悟はいなかった。
「あいつは、私を怖がらせようとするから伸しといたわ」
なるほど、どこかでボコボコにされて気絶でもしてるんだな。いつもの京子と祥悟らしい。
「っていうかなんで、夜の学校にいるんだ」
俺は、京子に聞くと一通りの説明を受けた。
「なるほどな。学校に幽霊が出たと。それで、その幽霊の正体を暴こうということか」
「まあそういうことよ」
「お前は怪談とか嫌いなのによくこんなことをしようと思ったな」
京子を見ると足がガクガクしていた。こいつ、無理やり連れてこられたんだな。俺は一人で納得し頷いた。
「まあ当然よ。部長だからね」
俺は、京子の肩に手を置き無言で頷く。災難だったな、京子。
「なに頷いてんのよ」
「大丈夫だ。おばけなんていないさ」
京子はむすっとした顔をしている。
「まあいい。とりあえず祥悟を起こしてその幽霊がいるという屋上へ向かうか」
「やっぱり幽霊いるんじゃない」
京子はしゃがみこんでしまった。
「じゃあここで一人で待ってるか? 」
「いやよ。それは、それに祥悟が寝てる場所を知っているのは私だけよ。連れて行きなさい」
京子は俺におんぶを要求してきた。どうやら、腰を抜かしてしまったようだ。俺は京子を背負うと水島と一緒に祥悟を探した。
京子の指示に従い廊下を進み、東校舎3階の家庭科室へとたどり着いた。
「ここで、祥悟は寝ているわ」
俺は、理科室の扉を開けると倒れている祥悟を発見した。
俺は祥悟の瞼を開けると持っていた懐中電灯を照らした。祥悟はそれにびっくりしたのかいきなり起き上がり、俺の顔面にヘッドバッドをしてきた。
「イッてー。いきなり起き上がるなよ」
祥悟は頭を抑えながら周りをキョロキョロしている。どうやら状況がつかめていないようだ。
「俺はなぜこんなところで寝ているんだ」
「京子に伸されたんだよ」
俺は背負っている京子を指差した。
「なるほどな。っていうか涼一がなんでいるんだ」
「真志がなんでか気絶したんだとよ」
祥悟は納得したのか頷いている。
「じゃあ屋上に向かうか」
俺は、京子を背負いながら西校舎の屋上へと向かった。
屋上の入口に着くと、俺は辺りを見渡した。特に変わった様子はない。
「別になんにもないじゃないか」
祥悟が水島を見た。
「本当に女の人の鳴き声が聞こえたんだよ~」
水島は辺りをキョロキョロ見ている。俺におんぶされている女はガクガク震えている。
俺は、屋上の扉のすりガラスから屋上を覗いたが、すりガラスなのでよくわからないが人が動いている気配はなさそうだ。
「あそこから屋上に入れないか」
祥悟が天井付近を指差していた。そこには、人がくぐり抜けることが出来そうな小窓があった。
「でもどうやってあそこに登るんだ。周りには箒はあるが、はしごや登れるような物はないぞ」
俺は祥悟を見たが祥悟はさあと一言いうだけだった。使えんやつだ。そんなやりとりをしていると、すすり泣くような音が聞こえた。
俺は、水島と俺の後ろでガクガク震えている京子を見たが泣いていない。どうやらこの音は屋上から聞こえるようだ。
「何この音? 本当におばけが出たの」
京子がより一層ガクガクと震えていた。
「やっぱり幽霊がいるんだよ~」
水島もその場にしゃがみこんでしまった。祥悟はどうやら平気なようだ。
「幽霊って物理攻撃聞くのか? 」
どうやら祥悟の頭はゲーム脳のようだ。やはり使えん。
「タスケテ。タスケテ」
屋上から女の声が聞こえた。その声のせいで屋上の入口はパニックになった。
「キャーやっぱりおばけだー」
俺の後ろで京子が叫び、俺の背中がなにかで濡れた。こいつ漏らしやがったな。最悪だ。
水島はポケットから数珠を取り出し般若心経を唱えている。
「仏説摩訶般若波羅蜜多心経……」
祥悟はというと
「炎とかは効くのか。いや、塩か。う~ん」
駄目だ、こいつは。
「タスケテ。タスケテ」
どうやら屋上の声は小窓側から聞こえる。
俺は、小窓をよく見ると鍵がかかっていないことに気がついた。俺は、箒を手に取り小窓を押してみた。
すると、小窓はギギギと音を立てながら上に開いた。
「よし」
俺は、持っていた箒を壁に置く。その時、小窓側の壁に黒い足跡があるのに気がついた。そこは妙に出っ張っていて一瞬なら足をかけることができそうだった。ここを足で蹴れば小窓に手がかかりそうだ。
俺は京子を下ろし、濡れたシャツを京子に放り投げた。
「えっ。なんでこのシャツ濡れてんの」
なぜお前が驚いてんだよ。お前のパンツも濡れてるよ。俺はそう思いながらも口にはせず、行動を開始した。
勢いを付けて、壁へと走る。壁の出っ張りに足をかけ勢いよくジャンプする。小窓のサッシに手が届いた。これなら腕の力で登ることができる。俺は、腕の力だけで体を持ち上げると窓枠から屋上を見た。そこには、ツインテールの女が泣きながら小窓へとジャンプしていた。
「誰っすか」
どうやら女が俺に気づいたようだ。
「お前こそ誰だ」
「うちは、一年四組、如月奈央っす」
どうやら生きている女らしい。
「なんでお前はこんなところにいるんだ」
「そんなことより助けてくださいよ。登れないんすよ」
如月はまだジャンプをしていた。疲れたのかジャンプの高さがだんだんと低くなっている。
俺は体を乗り出し、如月に手を差し出した。
「掴まれ」
如月は俺の手に捕まった。
しかし、ここで俺はかなり痛い思いをすることとなった。俺の胸骨がサッシに当たりめちゃくちゃ痛い。手で体を支えるがその手に如月の体重がかかりサッシに手が食い込み痛い。その痛みを我慢しながら如月をあげる。
「っていうかなんで裸なんすか? なんで手が濡れてるんすか」
「今、それどころじゃないだろ」
俺は如月をサッシまで引き上げると屋上の入口までおろしてやった。
「ふう。なんとかいけたな」
「なんすかこの状況は」
屋上の入口は地獄絵図だった。失禁する女。お経を唱える女。箒を振り回している男。上半身裸の男。なんだこれ。
「全部お前のせいだ」
俺は如月を指差し全責任を押し付けた。
「なんかすいません」
如月はそれぞれに謝罪した。
「なんだ、幽霊じゃないじゃない。やっぱり幽霊なんていないのよ」
京子はさっと立ち上がると何事もなかったかのように仁王立ちした。漏らしているにも関わらず。
「なんだ、幽霊じゃなかったのか~。良かった~」
水島はさっと数珠をポケットにしまうとかなり無理のある笑顔を見せた。今思えばこいつのせいでもある。
「なあ涼一。こいつには物理攻撃効くよな」
祥悟は相変わらずだ。後でお仕置きだ。
「っていうかなんでお前はあんなところにいたんだよ」
俺は如月を睨む。
「そんな怖い顔しないでくださいよ。私は、ただ屋上で寝てただけっすから」
「寝てただけだとー。なんで、東校舎じゃなくて西校舎で寝るんだよ。東校舎は屋上に出られるだろうがよ。なのになんで、鍵のかかっている西校舎で寝る必要があるんだよ」
俺は、懐中電灯で如月を照らす。
「だって東校舎で寝てると双眼鏡持った男の人が来てぶつくさ言ってて寝られないんすよ」
「誰だ、その変態は」
その時、ポンと手を打つ音が聞こえた。
「そりゃ俺だ」
「お前かい」
俺はゼロ距離で祥悟にドロップキックを決めた。
「元祖はやっぱり違うぜ」
祥悟は変なことを言いながら倒れた。
「あの人は大丈夫なんすか」
「大丈夫だ。あいつは訓練を受けている。あんなもんじゃ死なん」
「そうなんすか。まあそれは置いといて。東校舎の屋上じゃ寝られないから、西校舎の屋上にあの小窓から入って寝てたっす。それで、起きたら夜になって、帰ろうと思ったら帰れなくなっちゃいまして」
如月は舌を出しながら恥ずかしそうにしていた。
「それは昨日もか」
「なんで知ってるっすか。うちは自分でも馬鹿だと思いましたね。二度も同じヘマをするとは」
こいつはバカだ。本当のバカだ。俺はこんなバカのために痛い目にあっていたのか。
「っていうか。昨日はどうやって帰ったんだよ」
「昨日は屋上の外壁に出て、四階のベランダにおりたっす。あれは人生で一番怖かったすね」
無茶をする女だ。
俺たちはその幽霊の正体がわかり学校を出ることにした。まあ、ありがちな結果だな。そう俺は思いながら学校の校門を超えた。俺は、京子を家に送り自宅へと戻った。
俺は、仏壇の前にある自分と真志が写っている写真を見た。これじゃどっちが死んでるかわかんねーな。まあ、一人の時の写真なんてないしな。久しぶりに家に帰ってきた。俺は家を眺める。特に変わったところもない。
俺は、自分の部屋へと向かった。そこも、何も変わっていない。全部があの頃のままだった。
そして、一通り見回すと風呂に入り、寝ることにした。