旧理科室と少女
次の日。
僕は、水島さんの行動に怪しいことがないか一日中見張った。特に彼女におかしい行動はなかったので、連絡することはなかった。
そして、放課後になった。一応、京ちゃんに怪しい行動はなかったとメールを送る。
すると、すぐに返事が返ってきた。内容は、放課後も追跡ということだった。
僕は、その内容にため息を吐くとすぐに水島さんを追った。
水島さんは教室を出ると、図書室に入った。図書室に入ると水島さんは、映画かもした小説を手に取り、空いてる席を見つけるとそこでその本を読み出した。僕も適当な本を手に取ると彼女が見える位置に座り、本を読んでるふりをした。
三十分ほど経って彼女が席を立つ。僕もそれを見て、タイミングを見計らって席をた立ち本を戻すと彼女を追った。
僕は、周りから見たら絶対変な人だろうと思う。
次に水島さんが向かった先は、職員室だった。僕は、職員室に入らずに、職員室の出入り口が見える位置から彼女を待った。
一分ほどして、彼女が職員室から出てきた。
その手には、どこかの鍵を持っている。僕は、それを見ると旧物理室に向かうと思い、京ちゃんに『水島さんが旧物理室に向かうと思う』と連絡した。
すると、すぐに返事が返ってくる。内容は『了解。私たちも、昨日の教室に向かうわ』と書いてあった。僕はそれを見ると水島さんにバレないように追跡を続けた。
水島さんはやっぱり、旧物理室に向かった。僕は旧物理室の前の教室に入る。そこには、京ちゃんと祥ちゃんがいた。
「バレてないわよね」
「バレてないけど、絶対他の人に変な目で見られたよ」
「大丈夫。彼女にバレさえしなければ。私は気にしないわ」
「いや、僕は気にするよ。それでこれからどうするの」
僕は京ちゃんに尋ねるとすぐに返事が返ってきた。
「彼女が旧物理室の鍵を開けたらすぐに扉の前に行くわよ」
その時、水島さんが旧物理室の鍵を開けた。スライド式の扉を開けると彼女は中に入った。
それを見ると京ちゃんと祥ちゃんはすぐに旧物理室の扉の前に行く。僕はそれについて行った。
その間、水島さんは扉を締める。それを見計らって、祥ちゃんが扉を少し開けた。
すると、ガチャリと音がした。その音は水島さんが鍵を締める音だった。
京ちゃんは何かを待っていた。
そして、部屋の奥で扉を開く音が聞こえ、すぐにバタンという扉が締まる音を聞くと、祥ちゃんはスライド式の扉に手をかけた。
普通は水島さんが鍵をかけたため開かないはずだ。しかし、僕の予想と反してスライド式の扉は音を立てながら開いた。
「えっなんで開くの? 」
「この扉はスライド式の扉だからな。こういう、扉はずらしても鍵を占めることはできることがあるんだよ。まあ、この扉が古いからかなり壁と扉との隙間があるため、それがしやすいっていうのもあるがな」
祥ちゃんがその謎を答えると僕は納得した。
僕たちは、扉を開け中に入る。旧物理室の中は長机と椅子が何組か置いてあり、奥には物理準備室と書かれた扉がある普通の物理教室だ。
「水島さんは本当に何をしてるのかな。部活とかしてないと思うんだけど」
「彼女について調べたけど、部活はしてなかったわ。特に変わったところもなかったわ」
「京ちゃん。どうやって調べたの」
「秘密よ」
京ちゃんが自慢気にしているところで祥ちゃんが答える。
「何自分が調べたかのように言ってんだよ。俺が、学校のサーバーをハッキングして、情報を手に入れたんだろ」
「えっハッキングしたの。もう犯罪者じゃない」
僕の一言になぜか、祥ちゃんはガッツポーズしていた。
「とりあえず、旧物理準備室に入りましょ」
僕たちは、旧物理準備室の前に行き、その扉を開ける。その扉には鍵がかかっていなかったのですんなり入ることができた。
その扉の中に入ると水島さんはそこにはいなかった。
そこで、僕はその部屋の異様さに気付いた。その部屋には棚があるけど、その棚には物理の授業に使う道具が一切なかった。
そして、見取り図に書かれていたはずの階段もなかった。
「階段なんてないじゃない」
「そんなはずはない。見取り図にはちゃんと階段がある。それに、彼女がいないじゃないか。いや待てよ。俺が見ていたのは補修前の見取り図だ。たしか、補修後の見取り図には……」
祥ちゃんは補修後の見取り図のコピーを取り出す。
「やっぱりだ。階段じゃないはしごだ」
「はしご? 」
僕は周りにはしごがないことを確認した。
「はしごなんてどこにもないよ」
「とりあえず、見取り図を見ろ。ここに、バツの記号があるだろ」
僕と京ちゃんは祥ちゃんが指差す場所を見るとそこにはたしかにバツの記号がある。
「この記号ははしごなんだ。例えば、屋根裏何かに行く時のはしごがこの記号のはずだ」
「ということは、天井にはしごは隠されてるのね」
僕たちは、天井を見上げた。そこには何かを引っ掛けるための穴があった。
「あったよ。あれじゃない? 」
「そうだ。ということはどこかに穴に引っ掛ける棒があるはず」
今度は下を見渡す。
すると、京ちゃんが長い棒を発見して手に取った。
「これじゃないかしら」
「多分そうだろう。それで、そこの穴に引っ掛けてくれ」
「わかったわ」
京ちゃんは、祥ちゃんに言われた通りに棒を穴に引っ掛けるとそのまま下に向かって引く。
すると、天井からはしごが出てきた。僕たちはそのはしごを上り、旧理科準備室であろう場所へとたどり着いた。
旧理科準備室を見渡すと水島さんはいなかった。
「これなにかしら」
京ちゃんが手に取ったものは丸い箱のようなものだった。京ちゃんが箱を開けると中には、フィルムのようなものが入っていた。
「それは、映画用のフィルムみたいだな」
たしかにそんな感じのフィルムだ。それに、周りにある棚には撮影用の機材や丸い箱がいくつもあった。
「でもなんでこんな場所にこんなものが」
「なにかの資材や資料置き場じゃないかしら? 」
僕たちが、いろいろと考えていたとき、旧理科室から音が聞こえた。
僕たちは、ゆっくり旧理科室への扉を開いた。そこには、暗い教室にプロジェクターのようなもので壁に映画が映し出されており、水島さんが椅子に座りそれを見ていた。
「やっぱりそうか」
祥ちゃんが納得している。
「やっぱりって? 」
僕は祥ちゃんの言葉の意味がわからなかった。
「カーテンだよ。ここのカーテンは暗幕だったんだ。だから黒かったんだよ。それとこの機材を見ればここは、映画を映すための部屋だってことがわかる。まあ、この部屋に入る前から薄々そうだと思っていたんだが」
僕は祥ちゃんの言葉に、やっと納得することができた。
「なーんだ。秘密の実験は行われていなかったのね。がっかり」
「まあ、それは最初からないと思うけどね。でもまだ、謎があるよ。なんであんな壁でこの部屋は塞がれているのかわかっていない」
「たしかにそうね」
僕たちが考えていたとき旧理科室から声が聞こえた。
「誰かそこにいるの」
水島さんだった。僕たちは慌てて隠れようとしたが既に遅かった。水島さんは旧理科準備室の扉を開けると僕たちを見た。
「神山くんと宮城くんと春風さん。なんでここにいるの? 」
水島さんはビックリしていた。それはまあ、普通に考えて鍵をかけたはずなのに僕らがいたら驚くのは無理もない。
「ちょっと調べ物をしてて」
僕は曖昧な返事をした。
「調べ物? 」
「そうよ。この旧理科室の謎を調べていたのよ。ところで、あなたは何をしているの」
京ちゃんはまるで間違ったことはしていないと自信満々だった。
「この部屋は映画を観る部屋なの。だから、映画をみていたんだけど」
水島さんはおどおどしている。まるで自分が悪いことをしたみたいな感じだ。
「水島さん怖がらなくていいよ。僕たちこの旧理科室が気になっただけだから。だってこの部屋すごくおかしいでしょ。それで不思議に思って調べようってことになったんだ」
まだ水島さんはおどおどしている。
「そうなの? でもそんなにこの部屋おかしいかな」
「おかしいよ。だって、廊下に出ようと思ったら、一旦三階の旧物理室に降りなきゃいけないんだよ。それになんで、この部屋は壁でふさがってるの」
水島さんは隠す様子もなく僕たちに教えてくれた。
「昔この学校が補修工事があったの、知ってる? 」
僕たちは頷く。
「それで、耐震だとか、壊れそうなところを補修するんだけど、この西校舎の北側は地盤とかが原因で屋上がもろくなってたの。ほら、東校舎は屋上から外に出られるけど、西校舎の屋上からは外に出られないでしょ。それは危ないからなんだって。それで、補修工事の時にこの理科室の前に柱を作ることになったんだけど、柱だけじゃ足りなくて壁にすることにしたの。すべての階にそういう壁を作るのは難しかったから他の階には柱を作ることにしたんだって。これがこの部屋の前に壁がある原因だよ」
僕たちは水島さんの話しに納得するしかなかった。たしかに、そういうことなら不自然な壁ができてもおかしくない。
「でもなんで水島さんはこんなところで映画を見てるの」
「それは映画が見たかったから……かな」
水島さんは苦笑いをしながら答えた。
その時、突然祥ちゃんが手を打った。
「思い出したぞ。たしかこの高校には映研があったはずだ。その映研が撮影をしていて、事故が起こった。三年前くらいの話だ。テレビのニュースで、機材が倒れてその下敷きになった高校生が大怪我を負ったとかいうのが流れていた気がする。地元でも一時期有名だったはずだ。たしか、事故にあった生徒は……」
祥ちゃんは頭をつつきながら考えている。すると、それに水島さんが答えた。
「水島大地です」
「そうだ。そいつだ」
祥ちゃんは水島さんを指差した。
「まさか、水島大地って水島さんの……」
僕は水島さんを見た。すると、水島さんは、俯きながら答えた。
「私の兄です。今私の兄は、あの事故以来、植物状態なの。それで私は、元気だった頃の兄を見たくてここで映画を見ているの。兄はもう一生、目を覚まさないかもしれないのよ」
水島さんの目から涙がこぼれていた。僕はただそれを見ることしかできなかった。祥ちゃんは頭を掻きながら水島さんを見ないようにしていた。けど、京ちゃんは水島さんを睨んでいた。
「あなた、最近自分の兄の様子を見に行っているの? 」
「あんな姿の兄を見るのは辛いの。だから見るなんてことできない」
水島さんは泣きながら答えた。
「あなたがやっていることは現実逃避よ」
「あなたに私の何がわかるの」
水島さんは叫んだ。
「わかんないわよ。でもね、私たちはあなた以上に辛い思いをしているの」
京ちゃんの目に涙が薄らと溜まっていた。
水島さんは涙目で京ちゃんを睨んでいた。
「京ちゃんそれ以上はやめよう」
「いいえ。やめない。これはあなたのことなのよ」
祥ちゃんが京ちゃんの肩に手を置いた。
「真志。お前が話すべきだ。お前の口から彼女に」
祥ちゃんの目は真剣だった。僕はその目を見て頷く。
「わかったよ」
僕は水島さんを見る。彼女の顔は怒りと悲しみに満ちていた。僕はゆっくりと彼女に言う。
「僕ら三人は幼馴染なんだ。でも昔はもう一人いたんだ。僕には、双子の神山涼一っていう兄がいたんだ。でもね、火事で死んでしまったんだよ。それも僕を助けるために。水島さん。まだ君の兄さんは生きているんだよ。だったら、君がやらないといけないのは現実逃避じゃないんだ。君の兄さんを起こして上げることなんじゃないかな。そのためにできることがいっぱいあるんじゃない」
「私にできること……」
そういって、水島さんはあるフィルムを取り出した。
「この映画はまだ未完なの。兄が事故にあった時に撮っていた映画なの。私怖かった。これを見るのが怖かった。でも、兄がこの学校で最後に撮った物を見てみたいと思ったの」
水島さんは、映写機にそのフィルムを取り付けると僕たちに見せてくれた。それは、二十分の家族愛をテーマにした映画だった。僕はなぜか泣いていた。そこには、愛が溢れていて、まるで、水島さんのための映画だった。でも、ラストシーンが完成していなかった。
水島さんは涙目を擦ると僕たちを見た。
「私、この映画の最後が撮りたい。そして、この映画を完成させてあげたい。完成させたら兄に見て欲しいの。完成したよって言ってあげたいの」
僕は頷いた。祥ちゃんも京ちゃんも同じように頷く。
「私たちに出来ることはないかしら」
「えっ」
水島さんは僕たちを見た。
「私たちが協力してあげる」
京ちゃんは胸をはって水島さんに優しく言った。
「ありがとう。でもなんで」
「事情を知ったら手伝いたくなるさ。俺たちは、何にでも首を突っ込みたい質なんでな」
「水島さん一緒に映画を完成させよう」
僕は水島さんに手を差し出した。それに応えるように彼女は僕の手をとってくれた。
「本当にありがとう」
水島さんはそう言うと、涙を流した。




