手紙
雀の声が聞こえる。いつの間にか朝になっていた。
目を開けるといつものベッドの上だ。ただしいつもと違うのは、心の中にポッカリと穴ができていた。あの日作ったもう一つの心の部屋がもう無くなっていた。
生きる意味がわからなかった。偽物だったはずの心が俺には必要な本当だったんだ。なのに、無くなっていた。
俺はもう俺として生きることを迫られている。それは至って普通のことなのに、その普通のことができない。
俺は、ベッドから起き上がると部屋の隅でうずくまった。俺という人間がこの世界でいないと思いたくて、小さく丸まった。
一体いつまでそうしていたんだろうか。顔を上げるとカーテンの隙間から漏れた光が俺の顔を照らしていた。その光がまるで俺がこの世界に存在していることを教えているようでイラつく。もう一人にさせて欲しい。一人だというのにそんなことを思っていた。
そこに、ドカドカと階段をうるさく上る音が聞こえる。その音が頭に響き痛かった。
そして、すぐに
―――バタン
っと扉が開いた。
「真志起きてる~? 」
京子の元気な声が鼻につく。俺はその声に無視を決めた。というより返事をする気力がない。
「なんで、あんたそんな所でうずくまってんのよ」
京子が俺に近づいてくる。構わないでくれ俺はもういないんだ。
「あんた、真逆本当の真志なの? 」
京子は何かを察していた。俺は小さく、小さく頷いた。
「涼一はどうしたの? 」
俺はそれに答えるように首を小さく横に振る。
「そう」
京子は一歩ずつ俺に近づくと俺を抱きしめた。
「あんたは今が辛いかもしれない。けれど、私たちはずっと辛かったんだよ」
「お前に、俺のなにがわかるんだよ」
京子を突き飛ばして睨んでやる。京子は泣いていた。そして、俺の頬に俺のものじゃない涙が落ちていたのに気付く。
「じゃあ、あんたに私の気持ちがわかるの? 私はね全部知ったまま、涼一と一緒にいたのよ。全部話してやりたいとも思ったわよ。ずっと、あの日を後悔してたのよ。私が火を消し忘れていなければ涼一は死ななかったのに。私が誕生日パーティーなんてしなければ、あんなことにはならなかったのに。私が殺した人間がいつも私を見て笑ってくれるのよ。あなたに、私の痛みがわかるというの? 」
京子は泣きじゃくりながら、俺の襟を掴んでいた。
俺は、俺だけのために偽物の弟を作った。俺だけが罪を背負うつもりでいたのに、それはただの独りよがりだったんだ。周りがどう思うかなんて感じなかった。結局のところ俺は二人に投げていただけだったんだ。俺一人で背負うつもりがみんなに背負ってもらっていた。
京子を抱きしめてやった。それは、ただ申し訳なさからだった。これもただの独りよがりなのかもしれない。
京子は俺の胸を何度も叩きながらいつかのように泣きじゃくった。
「ごめん」
なんて言っていいか分からず。ただその一言だけを繰り返した。
そうしていると、京子が泣き声がやんだ。
「ごめん。もう大丈夫だから」
「ああ」
二人共ばつが悪い感じだった。そこでふと、机の上のものに気がついた。それは、俺宛の手紙だった。差出人には『涼一』の文字が書かれていた。
俺はその手紙を急いで開いた。
神山真志へ
ありがとう。僕は、全てを知ったよ。あの日のこと。兄さんが罪だと思っていること。僕は、全部知ったよ。
僕は、兄さんに感謝をしているよ。僕が過ごすことの出来なかった七年間を過ごすことができたんだ。でもその分、兄さんに申し訳ないと思っている。兄さんはこの七年間を経験することが出来なかったんだと思うと僕は苦しくなる。だから、これからは七年間を取り戻すくらいみんなと過ごして欲しい。それを、僕と約束して欲しいんだ。
そして、僕は兄さんが生きていてくれたことが嬉しかった。僕は今まで兄さんが死んでいるということがつらかった。背中の傷が痛むと僕のせいで兄さんは死んだんじゃないのかって考えていた。でもそうじゃなかった。僕は、兄さんを助けることが出来たんだ。それだけで僕は、僕のことを誇りに思えたんだよ。だから、兄さんには罪なんてないんだよ。罪だなんて思わず。僕の分も生きて欲しいんだ。
そして、僕の分も学園F・N・F解明部を大切にして欲しい。
京ちゃんと仲良くしてね。京ちゃんに渡しそびれているヘアピンもちゃんと渡すんだよ。
最後に学園F・N・F解明部のみんなで本当の僕が眠る場所に来て欲しいんだ。
じゃあ、兄さんバイバイ。
もう一人の真志より
俺は泣いていた。俺は俺自身に許してもらいたいかったのかもしれない。俺の背中に背負っていた荷物が一つ下ろすことができたような気がした。
手紙のそばには桜の飾りの付いたヘアピンが置いてあった。これはあの日俺が京子の誕生日プレゼントにと買った物だった。俺は涙を拭うと京子にそれを渡す。京子も泣いていた。泣きながらそれを受け取っていた。
「あの日、渡せなかったプレゼントだ。俺の手で渡したかったんだ。あいつのおかげでやっと渡せる日が来た。少し遅れたが、誕生日おめでとう」
「あ、ありがとう」
京子はしゃくりあげながらプレゼントを握り締めていた。今までもう一人の俺が京子の誕生日に渡し続けていたプレゼントは俺の今渡した物に近かった。きっと、深層心理では覚えていたんだろう。あいつは、俺の果たせなかったことをずっとし続けてくれていたんだ。本当にありがとう。
そして、俺は会いにいく。最後にみんなで会いにいく。これが終わりなのか始まりなのかわからないが、行けばわかるはずだ。
「京子、みんなを涼一の眠る場所に呼んでくれ。みんなで涼一に会いに行こう」
京子は大きく頷くと、みんなに連絡を取った。
そして、それが終わると俺たちは家を飛び出し、涼一の元へと走り出した。




