宝物
目を覚ます。そこは、僕のベッドだった。窓から漏れる夕日に照らされ部屋は紅く燃えていた。僕は、頬を流れる涙に気付いた。あれは、僕の夢だったのだろうか。夢だとしても探さなきゃ本当のことを。
ベッドから飛び出し、部屋の扉を開けた。向かうところは兄さんの部屋だ。兄さんの部屋の扉を開ける。あの日から何一つ変わらない部屋だ。
僕は兄さんの勉強机を調べてみる。引き出しを開けると百点ばかりのテストがそこにはあった。違う引き出しも開けてみる。そこには鍵のかかった小物入れが入っていた。鍵はダイヤルロック式で、四桁の数字の組み合わせだ。四桁の数字……最初に頭に浮かんだのが今日だった、きっと兄さんなら。最初は0、次は7、2、9。
―――ガチャ
鍵が開いた音が聞こえた。その音を聞くとゆっくり蓋を開けてみる。蓋を完全に開けると出てきたのは数枚の写真と便箋だった。写真には僕と兄さん、京ちゃんと祥ちゃんが写っていた。どうやら、遠足の時間にみんなでご飯を食べてるところだ。ただ、僕には懐かしいという気持ちが湧いてこなかった。いつ撮ったのかさえわからない。
そして、僕はその写真の矛盾に気が付いた。僕が左手でお箸を使ってご飯を食べている。僕は、右利きだ。写真を撮られるから左手に持ち替えたのか。いや、そんなことはないと思う。写真の矛盾が気になるが次の写真だ。この写真は幼稚園の時のだ。4人で遊具で遊んでいるところ。
そして、またその写真にはおかしいところがあった。僕にはわかる、昔の写真だとしても、僕と兄さんの区別ぐらいつく。右側が僕で左が兄さんのはずだ。なのに、僕の名札には神山涼一と書かれていた。じゃあ、僕は本当に涼一なのか。嘘だ。足が震えていた。僕は、便箋を見た。そこには『真志へ』と書かれていた。差出人は京ちゃんだった。便箋の中身を取り出して読んでみる。そこには、二月十四日の日付が書いてあった。どうやらバレンタインのチョコレートともに渡してあったものなのだろう。手紙には京ちゃんから真志という人への想いが綴られていた。僕はそれだけでわかってしまった。やっぱり、僕は真志じゃない。僕が、僕こそが涼一なんだ。それだけは、わかった。兄さんもそう言っていた。
じゃあ、死んだのは誰だ。僕は、兄さんの言っていることが矛盾していると思ったんだ。だから、真実を知りたくてここに来た。
あの日僕はじゃんけんで勝っていた。僕は、本当は左利きだった。僕の名前は涼一だった。
―――カラン
小物入れから何かが落ちたみたいだ。僕はそれを拾う。それは、桜の花の飾りが付いたヘアピンだった。それを見た瞬間、涙が流れた。僕はわかってしまった。これは、兄さんが京ちゃんにあの日渡そうとしていたプレゼントだ。
そして、僕はもう死んでいるんだ。もうここまで証拠がそろったらわかってしまう。僕はあの日死んだ。じゃあ、生きているのは兄さんだ。だったら返さなくちゃいけない。僕は涙を流しながら笑っていた。きっと、兄さんが生きていたことが嬉しかったんだ。ただそれだけだった。
兄さんにこの体を返そう。最後に行きたいところがある。それは本当の僕が眠っている場所だ。
僕は支度をすると家を出た。
「行くな」
どこかから声が聞こえた。辺りを見渡しても誰もいない。それもそのはずだこの声は兄
さんだ。僕の心の中から呼びかけてきている。
「行くな」
兄さん僕は行くよ。行って僕と話をしてくるよ。
「お前は死んじゃないない。死んだのは俺だ」
いや、もうわかったんだよ。死んだのは僕だって。兄さんは死んでなんかない。僕は兄さんが生きていることがわかって嬉しいんだ。だからいいんだよ。
「わかっていない。俺が死なないと俺の罪はどうなるんだよ」
罪って何のこと。
「なんでもない。俺にとってお前が死んでないってことだけに意味があるんだ」
僕はすべてを知るためにあそこに行くんだ。
兄さんの説得はずっと続いた。心の声だというのにその声は泣いているように聞こえた。
だけど、僕は歩き続ける。もう迷いはない。この体を兄さんに返すんだ。
歩いて数分たどり着いたのは、僕の眠るお墓だ。ここですべてを終わらせよう。
すでに日も沈んで、辺りは暗闇だ。僕はお墓の前で手を合わせて目を瞑った。
静寂の中、心の中の兄さんの声は聞こえなかった。
そうしてたから、何分くらいが経っただろうか。涼しい風が僕の体を通り過ぎた。そして、彼は現れた。僕より幼い僕がそこにはいた。
「やっと思い出してくれたんだね。ずっとそばにいたよ」
僕はその言葉に涙していた。
「あの日本当は何があったのか教えてあげる。僕が最後にしたこと。そして、なんで兄さんが君を作ったのか。全部教えてあげる」
幼い日の僕が手を差し出した。僕はその手を握る。あの日何があったのか。本当のことを知ることができるんだ。
僕の頭に、あの日の僕の記憶が入り込んできた。そして僕はすべてを知った。あの日何があったのか。兄さんがなぜ僕を作ったのか。すべてがわかったんだ。




