墓参り
夏休みが始まって一週間ほどが経った。
今日は七月二十九日、京ちゃんの十七歳の誕生日だ。
そして、僕の兄”神山涼一”の八回忌でもある。
僕たち学園F・N・F解明部は兄さんの墓参りに来ていた。
いつもは、京ちゃんと祥ちゃんと僕の三人だったけど今年は水島さんと奈央ちゃんも含めた五人だ。
「先輩。お兄さんてどんなかただったんすか」
「そうだな。みんなのリーダーだったよ。今じゃ僕らのリーダーは京ちゃんだけど、昔は兄さんが率先して僕たちをいろいろな遊びに巻き込んでいたね」
「そうだな。今の京子ほどではなかったけど、あいつも無茶苦茶言うやつだったな」
祥ちゃんはそう言うと微笑んでいた。僕も懐かしくて少し笑っていた。
「姉御的にはどんな人だったんっすか」
京ちゃんは空を見ながら、
「うーん」
と唸りながら考えている。
「そうね。楽しいやつだったわよ。面白いことが好きなやつだったわね。あとは、上級生にも喧嘩を売るような危ない奴だったわ」
「そういや、あったな。あれはお前が六年生になんか取られて、泣いてたときじゃなかったか」
祥ちゃんは京ちゃんを笑いながら見ている。
「あら、そうだったかしらね」
京ちゃんはシラを切っている。水島さんはそんな二人を見て微笑んでいた。
「絶対そうだって。確かあの日はバレンタインデーだったはずだ。それも六年に取られたのはあいつにあげるための手作りチョコじゃなかったか」
祥ちゃんは大爆笑しながら京ちゃんを指差している。また、そんなことしているといつもみたいになるのに。
「うっさいわね」
京ちゃんの裏拳が祥ちゃんの眉間にクリーンヒットした。
「グッ」
祥ちゃんは頭を手で抑えながら痛みに耐えている。
「姉御も意外に乙女チックなところがおありなんすね」
奈央ちゃんは笑いながら京ちゃんの腕を肘で突いていた。人の顔面に裏拳をくらわすような人間ですけど一応乙女なんだよ。たぶん……。
「うっさいわね。若気の至りよ」
まだ若いからね僕たち。
そうこうしていると兄さんの眠るお墓についた。そこには先に誰かが来ていたのか、一輪の白いキクの花が供えてあった。
「先に来客があったみたいね。毎年、本当に誰かしら」
「毎年~? 」
水島さんが京ちゃんの顔をのぞき見ながら首をかしげていた。
「そうなのよ。毎年いつも私たちより先に誰かが来て、こうやって花を供えていくのよ」
「そうなんだ~。誰なんだろうね」
僕たちはその花を供えた人物が誰なのか疑問に思いながらも、お墓の掃除をすることにした。
僕はお墓の前を竹箒で掃きながら空を見ていた。カンカンに晴れた空は綺麗な水色をしている。今日が晴れて本当によかったと思っていた。
「神山先輩。なんで空を見てるんすか。ちゃんと掃いてくださいよ」
奈央ちゃんがほっぺを膨らませながら僕を見ていた。
「ごめん、ごめん。今日が晴れて良かったなと思って」
「そうっすね。晴れてないと姉御が『私の誕生日になに雨なんか降らしてんのよ。祥悟、真志。今日の天気を晴れにしなさい』なんて言いかねないっすからね」
「それは言いそうだね。そんなことにならなくて本当によかったよ」
僕と奈央ちゃんはそんな冗談を言いながら笑っていた。本当に晴れて良かったな。
「そこの二人笑ってないでちゃんと掃きなさいよ」
仁王立ちをした京ちゃんが僕たちを指差して怒っていた。僕たちは休めていた手を動かし、ゴミを掃いていった。
墓掃除も終わり、線香に火を点ける。そして、最初に京ちゃんが墓前に手を合わせた。
兄さんは京ちゃんの誕生日に死んだ。僕はその時のことを何一つ覚えていない。ただ、やけどが疼くたびに炎に包まれている場面がフラッシュバックする。誰かが僕をおぶっている場面が見える。
京ちゃんは今何を思っているのだろうか。あの日のことだろうか。僕にはわからない、京ちゃんが何を思っているのかなんて。
今僕の中にいる兄さんは何を思っているのだろうか。あの日をなかったことにしたいと思う僕が作り出した人格。本物ではない兄さん。僕と兄さんはもう会うことはできないのに。悲しいだけなのに作ってしまった。僕はこのままで、いいんだろうか。できることなら兄さんと変わってあげたい。そうすれば、京ちゃんも嬉しいはずだ。
「京ちゃんごめん」
ただそれだけしか僕に言えることはなかった。
その言葉に気がついたのか京ちゃんが目を開けて僕を見た。京ちゃんの顔はなぜか優しいかをしていて、その目からは一粒の涙がこぼれていた。
「私の方こそごめんね」
僕にはその言葉の意味を理解することができなかった。あの日本当は何があったのか。なにを京ちゃんは謝っているのか。僕は知りたかったがあの顔を見たら深く追求することはできなかった。いつか京ちゃんが話す時を待とう。そう思うしか僕にはできない。
みんながそれぞれ墓前に手を合わす。そして、僕の番が回ってきた。手を合わせ目を瞑り、今までのことを伝える。仲間が増えたこと、生徒会と戦ったこといろんなことを伝えた。
僕はそっと目を開ける。次来るのはお盆だね。じゃあ。そう兄さんに伝え、僕は立ち上がり振り返った。
「じゃあ、行こうか」
みんなが大きく頷き「うん」と返事をしてくれた。
僕たちは京ちゃんの家へと向かっていた。みんなは部活のことを話しながら笑っている。兄さんがいればもっと楽しいのに。僕じゃなければ良かったんだ。あの日何があったのか知りたい。でも調べようとするとなぜか頭が痛くなる。それでも知りたい。
その時、一陣の優しい風が吹いた。その風はまるで僕のことを後押ししているかのように感じた。
僕は、振り返る。そこには誰もいない。でも僕はその涼しさを運んできた風に誓う。あの日のことを調べよう。あの日が始まりだ。僕は大きく頷いた。
そんなことを思っていると京ちゃんの家にたどり着いた。




