試合
放課後になり、部室へと向かう。僕と祥ちゃんは京ちゃんが来るまでトランプをしていた。
「ロイヤルストレートフラッシュ」
祥ちゃんが僕にトランプを見せる。そこには綺麗に揃ったスペードのロイヤルストレートフラッシュが出来ていた。
「絶対、イカサマしたでしょ」
「ほう。お前は俺がイカサマをしたというのか。いつ俺がした。イカサマはな、現場を捕まえないとダメなんだぞ」
この人は、ゲームになるとどんな手を使ってでも勝ちに来る。僕たちがトランプをして過ごしていると、部室に京ちゃんが入ってきた。
「今から、着替えて体育館に集合」
京ちゃんはそう言うと、扉をピシャンと閉めた。僕たちは、首を傾げお互いを見合った。そして、、体操服に着替えて、体育館へと向かった。体育館に行くとバスケ部とバレー部が部活をしていた。僕たちは、体育館の入口近くにいた、京ちゃんを見つけた。
「何をするの」
京ちゃんは僕を睨む。
「あんたね。昨日言ったでしょ。勝負をするって」
僕は昨日の会話を思い出す。まさか、本当に勝負をするのか。素人が毎日部活に励む人間に勝てるわけがない。
「まじでするの」
「当然よ。まずは、バスケ部を倒すわ」
京ちゃんが指差す場所にはバスケ部主将の姿があった。彼は僕たちの元へとやってきた。
「今日を楽しみにしていたよ」
バスケ部主将は僕たちに握手を求めてきた。彼は僕たち一人一人に握手をしていく。
「春風さん。こんな勝負なんて無意味だと思うがね。バスケ部にバスケで挑むなんて、愚の骨頂だよ。そんなにバスケ部に入りたいのかい。君だったらレギュラー入りは間違いないんだ。こんな勝負やめてすぐに入部届けを出した方が無駄な時間を使わないで済むと思うんだが」
たしかに、このバスケ部主将が言うのも当然のことだ。だが、我らが暴君、春風京子の目には怒りと勝負の炎がメラメラと燃えている。
「勝負が終わったあとが楽しみね。その自信に満ちた顔が絶望に変わるのが楽しみだわ」
京ちゃんはバスケ部主将にそう吐き捨て、中指を立てた。
「このアマ」
バスケ部主将はそう言い残し、部員の元へ帰っていった。
「ふん」
京ちゃんが仁王立ちでバスケ部主将の後ろ姿を睨んでいる。
「あんたたち絶対に勝つわよ」
「当然だ。あんなやつに負けるのは俺のプライドが許さん」
僕も、力強く頷いた。絶対に負けるわけにはいかない。
そのあと、バスケ部から今回の試合の説明があった。僕たちは三人しかいないためスリーオンスリーのゲームとなった。
僕たちはバスケットボールは素人なので、簡単なルールの説明を聞いた。
まず、攻撃側は守備側にボールを取られたら、その時点で攻守交替。また、ゴールを決めても攻守を交代する。得点は通常通りの二点と三点。ファウルによる退場はないがファウルした側は、攻撃を一回休むことになる。試合時間は前半十分、後半十分の二十分間でハーフタイムを五分行う。タイムは試合中に一回まで。僕たちのチームは交代する選手がいないが、選手交代はタイムの時に行うかハーフタイムに行う。
僕たちは、そのルールを理解し、作戦会議を行った。
「私たちがすることは相手に点を許さず。自分たちは点を入れる。たったこれだけよ」
僕と祥ちゃんは京ちゃんの言葉に頷く。
「祥悟は、ゴールに入れることに専念。ディフェンス時はとにかく近くにいる人間をマークしなさい」
祥ちゃんが頷く。
「真志はパスを私と祥悟に出す。自分が決めれると思えば、失敗してでもいいからシュートをする。あとは、ゴールしたでリバウンドね。ディフェンスは祥悟と同じ」
「了解」
作戦会議も終わり、試合スタートを待つ。コイントスにより僕たちは、後攻になった。
「絶対勝つわよ」
僕たちは円陣を組み気合を入れた。僕たちはコートに立つ。バスケ部も自分の配置についた。相手は、補欠部員だ。補欠部員にやられるわけにはいかない。
そして、試合開始の合図の笛が鳴らされた。
僕は、近くにいる選手をマークする。しかし、俊敏な動きをする。マークしきれない。ボールを持っている選手が僕がマークしている選手にパスを出す。
しかし、京ちゃんはパスの軌道を読んでいたのかボールをキャッチする。
「こんな、へなちょこパスじゃ。私たちには勝てないわ」
京ちゃんは人差し指の上でボールを回している。
次は、僕たちの攻撃だ。僕がボールを持つ。僕はドリブルをしながらパスのタイミングをうかがう。
そのとき、京ちゃんが僕の元に走り込んできた。
僕はその瞬間パスを出す。京ちゃんはボールを受け取ると、そのまま祥ちゃんにパスを出す。意表を突かれたのかバスケ部員は誰も反応することができなかった。
祥ちゃんはスリーポイントラインの外から綺麗なフォームでシュートをする。祥ちゃんの手から離れたボールは綺麗な弧を描きゴールへと吸い込まれた。
僕はガッツポーズをした。
「よし、どんどん行くわよ」
僕たちは、着実に点を稼いでいった。相手にも点を決められたが、明らかにこちらのほうがゴールを決めた回数は上だった。五分間で僕たちは三十点の点数を稼いだ。バスケ部は十九点だった。
ここで、バスケ部からタイムが入る。どうやら選手を交代するようだ。
「やっと真打ちの登場ね。ここからはもっと気合いをいれなさいよ」
「おう」
「うん」
ここから、本当の試合が始まるのだ。タイムが終わったあとに入ってきたのはバスケ部主将をはじめとしたレギュラー選手だ。
全員が百八十センチ以上。明らかな体格差がある。そばに、立たれただけで威圧感が半端なかった。僕は息を飲み、その威圧に必死に耐える。
試合再開の合図の笛が鳴る。僕たちの攻撃からだ。
僕は京ちゃんにパスをした。なんとかパスは通ったが、京ちゃんをマークしているバスケ部主将の華麗なディフェンスにより、京ちゃんは動くこともパスを出すこともできない。
それでも、京ちゃんは強引に祥ちゃんにパスを出す。
しかし、そんなパスでは通るはずもなくあっさりとボールを取られてしまう。京ちゃんの顔にはあまりの実力差に焦りが見えた。
攻守が交代し、相手の攻撃になる。僕は目の前にいる選手をマークした。
京ちゃんがボールを持つ選手をマークしている。京ちゃんはその選手を必死にマークする。しかし、相手の絶妙なフェイントが決まり、パスを許してしまった。
僕がマークしている選手がボールを受け取る。僕は前に行かせないようにディフェンスするが、早くて間に合わない。その選手はスリーポイントラインの外からシュートを放つ、ボールは綺麗にゴールへと入った。
圧倒的な力の差。僕は愕然とし、その場で床に膝をついた。その時、京ちゃんが僕の背中を叩いた。
「何落ち込んでんのよ」
京ちゃんは僕を睨んでいる。
「力の差が違いすぎる」
僕は、京ちゃんに睨み返した。
「あんたね、まだこっちがリードしてるのよ。まだ負けたわけじゃないわ」
僕は得点ボードを見る。三十対二十二点の八点差。僕は一度だけ大きく頷き、ボールを持つ。
そして、ハーフラインに立ち、二人の顔を見た。京ちゃんも祥ちゃんもまだ諦めていない。あの二人の目には闘志が燃えている。僕が諦めてどうする。
僕は、ドリブルをしながら前に進む。僕をマークする選手は百九十センチはありそうだ。だが、そんなことどうでもいい。だったら低い体勢で進むだけ。
しかし、抜くことができない。僕は強引に前に出ようとした。
それでも、相手の選手のうまいディフェンスを突破することはできない。
その時、一瞬だけ祥ちゃん走る姿が見えた。僕は位置を予想し、そこにボールを投げた。僕をマークしていた選手がボールの行き先を見る。
ボールを手にしていたのは祥ちゃんだった。祥ちゃんはボールを持ったままゴールへと振り返り、そのままシュートした。
しかし、そのボールはゴールに入ることはなかった。相手選手が祥ちゃんのシュートをブロックしたのだ。
「クソッ」
祥ちゃんは悔しさからか、床を蹴っていた。それから僕たちは、点を決められないまま前半が終わった。
前半の最終点数は、三十対四十五だ。このままでは、負ける。
僕たちは、このハーフタイムで作戦会議を再度行った。
「まさかここまで実力差があるなんてね」
京ちゃんはなぜか、笑いながら床に拳をつぶしをついた。
「今までのやり方じゃ、絶対に勝てないぞ」
祥ちゃんの言うとおりだ。五分間僕たちは一点も入れることができなかった。なにか、あっと驚くような作戦でも思いつかない限り、僕たちの負けは目に見えている。
「京ちゃん、なにか作戦とかあるの」
僕と祥ちゃんは京ちゃんを見た。京ちゃんは目を瞑りながら何か悩んでいるようだ。
「あまり使いたくない手だけど仕様がない」
京ちゃんは僕たちを見て仁王立ちする。
「こちらも選手交代をするわよ」
「選手交代? 」
僕と祥ちゃんは驚きながら京ちゃんを見た。
「京ちゃん、誰かバスケのうまい知り合いでもいるの」
京ちゃんは首を横に振る。
「いるわけないわよ。でも、私たちには最強の助っ人が存在するのよ」
「えっ誰のこと」
僕はポカンとした顔で、京ちゃんに顔を向けていた。
「それはね、あなたよ」
「えっ」
突然のことに理由がわからなかった。
しかし、祥ちゃんは何か納得している顔をしていた。
「あなたの兄貴をだすのよ」
それで僕も納得した。なるほど、僕のもう一つの人格である、僕の兄“神山涼一”ならば、たしかに勝てるかもしれない。兄さんは、京ちゃんよりも運動神経が抜群だ。
「でもどうやって兄さんになればいいの。僕は自分の意思で兄さんを呼ぶことはできないよ」
僕は自分の意思で兄さんになったことがない。でも、時々何かのきっかけで兄さんに変わる時があるのだ。それがどういう理由で変わるのか、僕は知らない。
「大丈夫よ。あなたが気絶さえすれば、あいつは出てくるわよ」
「気絶ってどうするの。まさか、殴るの」
「違うわよ。こうするのよ」
京ちゃんは僕に近づいてくる。僕は、京ちゃんが何をするのか分からず、身を強ばらせた。
すると、京ちゃんは僕を抱きしめた。どういうことだろうか。
「あの京ちゃん、これはどういうことですか。とても恥ずかしいんだけど」
僕は直立不動のまま京ちゃんに聞いた。
「大丈夫安心しなさい」
何を安心すればいいのだろうか、僕は自分の胸に柔らかいものが当たっていて、恥ずかしくなった。そのせいで、顔も赤くなり、意識がボーッとする。
そして、貧血のような感覚が襲ってきた。ああ、意識が遠のく。そこで、僕は眠りに落ちた。




