合宿一日目
そして、合宿の日が来た。
僕たちは、部室で荷物のチェックをしている。
「これからどこかに行くのか」
祥ちゃんは僕たちを一人一人見ていく。
「祥ちゃん、今日は合宿だよ」
「合宿だと? 俺は聞いていない」
まあ、ヘッドホンつけてゲームしてたもんね。
それから、僕は祥ちゃんに合宿の説明をした。先に、女性陣は登ると言って僕たちを置いていった。僕は、女性陣を見送り、残った荷物を見た。メインザック4つにサブザック二つ。荷物の総重量七十キロ。残った人数が二人。単純計算して一人で三十五キロを持つことになる。ということは、米袋をひとつ抱えて、山を登れということだ。それも、山岳部が地獄というほどの山を登る。僕は行く前から絶望した。
「これを二人で持っていくのか。無理だろ」
「そうだよね。体も鍛えてないのにこんなの持てるわけないよね」
祥ちゃんは腕まくりして指を折り、何かを考えているようだ。
「よし。タクシーを使おう」
僕はその提案に驚いたが、大きく頷いた。
僕らは、重たい荷物を校門まで運びタクシーを呼んだ。
そして、タクシーに荷物を詰め込むと目的地を告げた。
僕たちは西山にあるキャンプ地に着き、すぐにテントの準備をし始めた。タクシーでキャンプ地に向かう途中で歩いている京ちゃんと目があってすごく怖かった。とりあえず、テントを立ててご飯の準備をすることで許してもらおう。
僕たちが、キャンプの準備をしていると、汗だくの女性陣がキャンプ地にやってきた。
「ぜーぜー。何あんたたちタクシーとか使ってるのよ」
「そうっすよ。なんで……」
「二人共ひどいよ~」
京ちゃんたちはザックを枕にしてその場に倒れた。僕は一人一人にスポーツドリンクを渡した。京ちゃんたちはそれをがぶ飲みしていた。
「ほう、汗ばむ女子高生……いいな」
祥ちゃんの顔面に京ちゃんが空のペットボトルを投げつけた。
「グハッ! 」
祥ちゃんは顔面にペットボトルがもろに当たり、倒れた。その手にはカメラが握られていた。この人はただの変態だ。僕は、その変態をつれて近くの川へ魚を釣りに行くことにした。
釣りを始めると祥ちゃんは真剣な目で浮きを見ている。僕も同じように浮きを見た。そして、浮きがピクピクと動き、川に吸い込まれる瞬間に釣竿をあげた。釣れたのはニジマスだった。この辺はどうやら大物が釣れるようだ。僕たちは十匹ほど魚を釣るとキャンプ地へと戻った。
「魚釣ってきたよ」
京ちゃんたちはテントに入って涼んでいた。
「なにあんたち合宿を楽しんでんのよ。見なさい、私たちを。あの地獄の坂を登ったのよ。楽しむ余裕なんてないわよ」
「ごめんなさい」
僕は何に対して謝っているんだろうか。とりあえず釣ってきた魚のハラワタを抜き、塩焼きした。それを京ちゃんたちに手渡す。京ちゃんは串刺しになった魚を見つめて一口食べた。よく噛むとそれを飲み込む。
「疲れた体にこのしょっぱさがしみてくるわ~」
満面の笑顔である。僕はそれを見ながらホッとしていた。
「これってどうやって釣ったんすか」
「トビケラの幼虫だ。まあ、ガの幼虫みたいなやつだ」
祥ちゃんの言葉に女性陣は固まった。
「ていうことはうちらは、その幼虫を食べたってことっすか。なんちゅうものを食べさせるんすか」
「大丈夫だよ。ちゃんとハラワタは抜いてあるから」
「そんなもの関係ないっすよ」
奈央ちゃんはすごい形相で迫ってくる。
「そんなこと言ってたら、魚なんてどれも食えねーよ」
祥ちゃんはパクパクと魚を食べている。
「やっぱり、魚は塩焼きに限るな」
その美味そうに食べる祥ちゃんの姿を見て奈央ちゃんはパクリと一口食べた。すると、ムシャムシャと魚を貪り始めた。
「でも、うまいからいいっすよ~」
この子はなぜ、涙を流しているんだろうか。京ちゃんと水島さんは魚を食べる奈央ちゃんを見て同じように食べ始めた。
食事を済ませた僕たちは、西山神社へと向かった。
「ここがあの有名な西山神社っすか。初めて来たっす」
僕たちは、西山神社にある、しだれ桜の御身代様へと向かう。
「わぁ。おっきいね」
水島さんが御身代様を見上げる。たしかに桁外れのでかさだ。それに、垂れてきている枝も地面に届いてしまっている。僕は、御身代様の根元を見た。そこには、たくさんの硬貨が投げられていた。どうやら今でも、ここに参拝する人は多いようだ。
「でもなんでこのしだれ桜は御身代様って言うんすかね」
奈央ちゃんは頭を傾けて考えている。
「それは、昔々、雨がほとんど降らない年があって、そのせいでお米が全然取れなかったの。それで、百姓の代表が殿様に年貢の量を減らしてもらえるように直訴しに行ったの。しかし、殿様はその百姓を捕らえ村の見世物として処刑することにしたの。それで、その百姓が処刑される日になったのだけど、その百姓は殺されなかったの。なぜかというと、その百姓の妻が処刑を見に来た殿様の前で願い出て、『自分を処刑してください』、といったのよ。それを聞いた殿様はその願いを拒否したの。でもその妻は殿様が見ている前でいきなり切腹してしまったのよ。それを見た殿様がその百姓の処刑を中止したの。殿様はその年、年貢をギリギリまで下げることにしたの。そして、その百姓の妻が切腹した場所に桜を植えそこに社を建てることにしたの。それで、夫の身代わりとなった妻から咲いた桜だから、御身代様ってなったのよ」
京ちゃんはドヤ顔をしている。
「姉御は物知りっすね」
「いやお前の後ろの石碑に書いてるから」
祥ちゃんが指差す方に奈央ちゃんは振り向くとそこにはさっき京ちゃんが喋った内容が書いてあった。京ちゃんはしまったという顔をしている。
「姉御、ずるいっすよ、それは」
「ずるくない。私はただ読んだだけ。ずるくなんてないわ」
京ちゃんは今度は逆ギレをし始めた。
「悲しい話だね。私だったらそんな痛いことできないよ」
間の抜けた声を出しながら、水島さんが悲しそうな顔をしている。
「この石碑を見るとどうやら切腹した後に介錯されなかったのか。これはかなり辛いだろう」
「どうして? 」
「切腹してもすぐには死なないんだよ。だから、介錯してやって苦しみが短く済むようにするんだよ」
「へぇ」
祥ちゃんの説明に水島さんはなんともゆっくりとした声で頷く。本当にわかっているんだろうか。
「そんなことより、まずお願いでもしてみるわよ」
京ちゃんはそう言うと、御身代様へ五円玉を投げた。手をパンパンと叩く。
「無くした、一万円が戻ってきますように」
この人は何をお願いしているんだ。お金って。五円で一万円って。
「うーーん。もう。なんにも聞こえないじゃない。やっぱりただの伝説だったわ」
「いやいや。御身代様は本当に大事なモノの場所を教えてくれるんだから、お金はダメでしょ」
「なによ。まさか、真志、一万円は大事じゃないと言うの。諭吉さんよ、諭吉さん」
「そんなに熱弁されても」
「まあ、いいわ。日も暮れたし夕食にしましょ」
僕はたちは、キャンプ場へと戻り、夕食の準備を始める。水島さんが飯盒で御飯を炊き、奈央ちゃんは材料を切って鍋に入れる。キャンプと言ったらカレーだ。僕は材料の入った鍋を祥ちゃんが炭に火を点けた場所に持って調理をした。京ちゃんは、椅子に座って僕たちに指示を出しています。
「そこ、もっとキビキビ動きなさい。祥悟、火が弱いんじゃないの。もっと火を強くしなさい」
この女王様を誰か静かにさせてください。
ご飯が出来上がるのと同時にカレーもできあがり、僕はご飯の入った銀のお皿にカレーをよそっていく。
「いただきます」
京ちゃんが先だって言うと僕たちも同じようにいただきますと言って食べ始めた。
「やっぱりキャンプと言ったらカレーよね。茜色の空。山から見える景色。もう最高」
京ちゃんはハイテンションになりながら、カレーを食べている。たしかに、いい眺めだ。山から見える景色は本当に素晴らしい。
「やっぱり、自分の足で登って来たかいがあったわ。どこかの誰かさんたちは、そうでもないと思うけどね」
京ちゃんは僕と祥ちゃんを睨んでいる。まだこの人は根に持っていたのか。
「おいしいね」
「おいしっすね」
水島さんと奈央ちゃんは僕たちがタクシーで来たことなんか忘れてニコニコ笑いながらカレーを食べている。
僕たちは、カレーを食べ終えると、食器を洗うことにした。まあ、この時も京ちゃんは後ろで、指示を出すだけだったけど。
「さて、片付けも終わったし、花火だ、花火」
京ちゃんはメインザックから花火が大量に入った袋を取り出した。いつの間に入れていたんだ。
「わ~。花火だ~」
水島さんは目をキラキラしている。僕たちは、花火を楽しむことにした。
奈央ちゃんが手持ち花火をいっぱい持ってブンブン回している。水島さんは、線香花火をじっと見つめている。京ちゃんは、噴出花火に火をつけてその前で仁王立ちして笑っていた。祥ちゃんは、ロケット花火を手に持ち、着火させるとタイミングを見計らって離して飛ばしていた。僕は、それぞれの花火を順番に楽しんでいった。それと同時に花火のゴミを回収していく。
すべての花火を使い終わり、僕たちは星を眺めていた。奈央ちゃんは以外にも星に詳しく、星の説明を僕たちにしてくれた。
「あれが夏の大三角っす。あれがアルタイルで、あれがベガ。あっちはデネブっす。その下にあるのが、水瓶座っす。」
「奈央ちゃん詳しいね」
「うち中学の頃、天文部っすからこれくらいは同然っす」
奈央ちゃんは意外な知識の持ち主だったわけです。星を見ると眠くなってきたので、僕たちはそれぞれのテントに入って寝ることにした。キャンプの一日目が終わった。




