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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

関西夫夫

カニ

作者: 篠義

休前日ともなると、休み明けの段取り如何で、ディープな残業になったりする。深夜を過ぎると、防犯管理会社からの確認電話がかかってくる。何時に終わる予定であるかというお尋ねである。


「いつ終わるんでしょうねぇー。」


「お疲れさまです。がんばってください。」


「はあ、おおきに。」


お決まりの文句を言い合って、電話を切った。そろそろ帰ろうかとは思っているが、なかなか、数字が思うようにならない時がある。疲れた頭で考えると、余計に終わらない。とりあえず、この程度で、と、目処を立てて会社を出た。



終電も終わっていて、深夜営業のファミレスすら終わっていて、駅前でタクシーを拾うつもりで歩き出した。前方に、ルームライトが燦々とついたエンジンかけっぱなしのクルマがある。


関わるのはやめようと、さくさくと足早に通り過ぎようとしたら、窓が開いた。


「そこのにいちゃん、お茶しばかへんか? 」


その声で、誰だかわかって呆れた。うちにはクルマなんてない。


「人類の敵とは茶なんかしばけるかいっっ。」


「俺はゴジラか? なんでもええから乗れ。」


迎えに来てくれたのは、初めてではない。知り合いのクルマとか、レンタカーを借りてとか、たまにある。そのまま、ドライブに連れ出す目的がある場合だ。


鞄を背後の席に投げ込んで、助手席に座ると、即座に温かいペットボトルを渡された。


「服は後ろにある。ほんで、メシもある。着替えて食ったら、寝とけ。」


「今度はどこや? ナンパのにいちゃん? 朝日見ようとか言うて、日本海とか連れて行くのはやめろよ。あそこは夕日しか沈まへんからな。」


過去、そういうボケをかまされたことがある。


「いや、急に日本画が見たなってな。ついでに、カニでもしばいたろか、と、思って。」


「やっぱり、日本海やんけ。」


「まあ、ええから。毛布もあるし。明日の朝には日本海。」


「俺、疲れてるから、できたら布団で寝たい。」


「今夜どっかで、希望を叶えるから。まあまあ、体力温存体力温存。」


まあ、だいたい予想はつく。目的地近くまでドライブして、適当な宿泊所で仮眠するつもりなのだろう。唐突に思いついてしまうと、行動しないと気が済まないという厄介な性格の同居人なので、驚きはしないが、笑いはする。ひとりで楽しめばいいだろうに、必ず同伴させられるのだ。


「予約してゆっくりするという考えは、身につかへんのか? 」


「無理やろうな。思い立ったら吉日っていうからな。」


「ほなら、布団で余計な運動せんと寝かせてくれるんやろうな? 」


「はあ? それも目的の一つやろ? なんもせんかったら、鼻血吹くで。」


「そんな溜めてないと思うけど? まあええけど・・・・明日、俺は使い物にならへんから、おまえが、ちゃんと運転して連れて帰ってくれなっっ。たぶん、寝て過ごすからな。」


「はいはい、おまかせやで、奥さん。」


上機嫌で、鼻歌を歌いながら同居人は、器用に俺のネクタイを左手で解いた。


「オートマのええとこは、こういうとこやんな? 」


「どあほっっ。こんな狭いとこでやるとか言うなよっっ。俺は寝る。」


「はいはい、おやすみ、嫁さん。」


こういう相手だから、溜まったストレスが暴発せずに済んでいる。たまに、違う景色やおいしい食事なんてものを、唐突に提供してくれるのだ。


「愛してんで、ダーリン。」


「おおきに、ハニー。・・・うわっっ、寒っっ。きしょいこと言うてるで、うちの嫁。」


「言うた俺も寒いわ。とりあえず、どっかのサービスエリアで停めてくれるか? コーヒー飲みたいねん。」


「わかった。それまで、横になっとけ。」


助手席を倒して、少し目を閉じる。さっきまでの疲れた感じが軽くなっているのが、不思議な気分だ。


「そろそろ起きてくれ。腹減った。」


明け方の五時に、どうにかインターを降りて、すぐそばのらぶほへ飛び込んだ。元気な同居人は、上機嫌で、「とりあえず風呂。そして、エッチ。」 と、叫びつつ、風呂場に消えた。これ幸いと、俺は、さっさとベッドに入り、即効で寝たものの、寝入りばなを叩き起こされてたのは、言うまでも無い。嵐が過ぎ去る頃には、さすがに、どっちも疲れて失神するように眠りに落ちた。寝たのか意識不明だったのか、かなり微妙な目覚め方で、頭がよく働かない。


「・・・・何時や?・・・」


「あーそろそろ十一時。」


のろのろと起き上がったら、同居人は、すでに着替えていた。ぎりぎりまで起こさずにいてくれたらしい。


「・・・日本画は・・・何時や? 」


「十時には開いてる。」


「『蓬莱図』か? 」


「おう、それと関雪展やねん。ほれ、起きてくれ。とりあえず、俺が美術鑑賞している間は寝ててええから、ここからは動いてくれ。」


同居人は、美術鑑賞の趣味がある。惚れこんだ絵があって、それが展示されている、その美術館に、数年に一度は行きたがるのだ。だから、このコースは初めてではない。昔は、金が無かったから、美術館の駐車場で車内泊していたし、高速道路も、ここまで開通していなかったから、一般道だった。借りている車を汚すわけにはいかなくて、あの当時は、健全デートコースではあったが、社会人になって多少、金の自由がきくようになって、エッチあり高速道路使いまくりなデートコースになっている。





「出雲そばか? まくどか? どっちする? 」


らぶほを出て、道行で尋ねられる。その美術館の駐車場には、併設するように出雲そばの店があるのだ。


「花月は、どっちがええねん? 」


「おまえが食べられるもんでええ。」


「・・・うどんがええ・・・・」


「根っから関西人やな? おまえは。まあええわ。あそこは、うどんもあるさかいな。」


出雲そばの店には、ちゃんと、うどんメニューがある。身体が温まる鍋焼きうどんを食べると、ようやく、本格的に眼が覚めた。寝ていていいから、というのを無視して、一緒に美術館に入った。だが、趣味は違うから立ち止まる場所は違う。富士山ばっかり描いている有名な日本画家の収蔵品で、俺は足を止める。同居人は、『蓬莱図』の前だ。


まったく違うところで、じっくりと絵画を眺めて、三時間ほどして、美術館は出た。そこから、同じ道を辿らないのが、同居人の変わったところだ。


「カニ、しばかなあかんからな。」


「あーあー好きにしてくれ。・・・あ、俺、この季節に、そうめん流しは勘弁やからな。晩飯は、普通の焼肉定食とかにしてくれ。」


「・・・・ちっっ、見破ったか・・・」


「・・・やっぱりか・・・寒いっちゅーんやっっ。旬でもあるまいし、なんで、こんな冬に、そうめん流しなんか食う必要があんねんっっ。」


関西人の悲しい性やないかぁ~と、同居人は嘆いているが、そんなことは知ったこっちゃない。現地で現地のうまいものを食べつくす、という関西人の性は理解しても、冬に夏メニューを食するのは、その範疇だと思えない。これから通過するところに、有名なそうめんの産地があって、そこでは年がら年中、そうめんが食べられる。それも、小さなプールをぐるぐると回る似非そうめん流しという装置まであるのだ。


「ほんなら、あれか? カニか? 」


「晩飯を日本海側で食ったら、帰りは深夜になるやんけっっ。明日、おまえも仕事。俺も仕事。」


「うーん、まあ妥協しといたるわ。」


「当たり前じゃっっ。」


途中で、カニを二杯買い込み、そのまま、一般道を通って、高速道路に入る。すでに、夜という時間で、休日でも道路は空いていた。どうにか地元まで帰り着いて、レンタカーを返して、近くのファミレスで飯を食った。


「おおきに、気は済んだわ。」


「こっちこそ、おおきに。すっきりしたわ。もしかしたら、この土日は休めへんかもしれへんから、ストレス溜まりそうやったんや。」


のんびりと帰り道を歩いて、お互いに礼を言った。残業して疲れていたはずなのに、なんだか、別の疲れになっていて、それは、とても心地よい疲れだった。


「日曜くらいは、はよ帰ってこれるんか? 」


「明日次第やな。」


「ほな、日曜は、カニすきにするから、はよ帰れる努力はするように。そうでないと、俺、カニ二杯を、ひとりで消化するから。」


「・・・・消化不良でもがき苦しんどけ・・・・」


「うそやん、うそやん。待ってるやんか、俺の可愛い嫁の帰りを。」


「三十路近い男に、可愛いっていう、その脳みそを、カニ味噌と交換したほうがええぞ、おまえ。」


「照れてる姿が、ますます可愛いで。」


「死んでこい。」


発泡スチロールの箱を振り回している同居人の背中に、蹴りをいれて、無視して、さっさと家に帰った。

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