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国外追放とか、簡単に言うけれど【連載版】  作者: 逆凪まこと
婚約破棄とか、簡単に言うけれど

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6/10

2.つつしんでお禿げくださいまし

「殿下……!」

 

 侍女のひとりが、トリアンリート王子に駆け寄った。

 が、それより早く。


 ガシャン!


 殿下の手前にあった食器たちが払い落とされて、カトラリーと磁器が悲鳴のような音を立てて床にばらまかれた。

 床の深い絨毯が受け止めたおかげで破片などが飛び散りはしなかったが、飛んだカップから紅茶が盛大に零れたのだけはどうにもならず、すんでのところで殿下と令嬢がの飛び込んだ侍女のエプロンドレスを濡らしている。

 子供の席と言うことで、熱いお湯が使われていなかったことは幸いだ。


「……っ」


 何が起こったのかわからない、という顔でぽかんとした子も数名いたが、ほとんどはその顔を青ざめさせていた。

 王子とのお茶会に呼ばれるような子が、暴力的な場面に出くわすことなんてありえませんものね。普通なら。

 

 しん、と重たく静まり返ってしまったお茶会の会場で、トリアンリート王子はただひとり真っ赤な顔をして荒く息をついていた。


「……ばかにしやがって」


 ぽつり、と漏らされた声は、ごく近くにいたわたくし含めた二、三人程度にしか届かなかっただろう。

 侍女たちが床に転がった食器たちを片付けている間、がたんっと音を立てながら椅子に深く座り直した殿下は、ふんっと鼻を鳴らしてわたくしたちを見回して睨みつけた。


 敵意を向けられて萎縮するみなさまをどう思われたのか、怒ったような顔を全面にしたままで残っていたフォークを掴むと、ティースタンドに残っていたケーキにブスッと突き立てた。

 柔らかなケーキがぐちゃりと潰れ、載せられていた果物が机の上にコロコロと落ちる。


「言いたいことがあるならはっきり言え! 次になめたまねをしたら、酷いめにあわせてやるからな!」


 市井であれば子供の言うことで済むが、王子である彼が言えば恫喝だ。

 端の席で今にも泣き出しそうな顔をする令嬢たちを横目に、わたくしは背筋をぐっと伸ばしてまっすぐ王子を見た。

 

 理不尽な暴力に、屈してらならない。

 かざされた権力に、怖じ気づいてはいけない。

 

 ヒーデル侯爵家の矜持を胸に、わたくしはにっこりと微笑みを浮かべてみせた。

 

「かしこまりました」


 不満を載せず、異論も匂わせず、しかしきっぱりと「そんな脅しに怯えたりはしないぞ」と示す。


 すると、殿下の目がこちらを向いた。バチッと音がするように視線の交わったその瞬間。わたくしを品定めするかのように見つめる殿下の新緑色の瞳が、怒りのせいなのか強くきらめいている様に「まあ」と内心に感嘆を呟いた。 

 

 わたくしは、自分でも同世代のなかでかなり気が強いほうらしく、更にはお父様譲りのつり目がちな紫の目と、白銀のまっすぐな髪が余計に冷たそうな印象を与えるようだ。

 そのせいか自領内の同世代からは、なんというかビビらr……恐れられているようで、わたくしの視線を受けると大抵怯えたように目を反らされてしまうのだ。

 けれど、トリアンリート王子はそれが苛立ち起因であれ、わたくしの目をまっすぐに見てくる。

 

 まあ王子さまが下々に怯えるようでは困るのですけれども、同世代と目があわせてもらえるというのは、わたくしにとってはちょっぴり感動する出来事でしたのよ。


 そうして、互いの思いはどうあれ、視線をぶつけあうこと数秒。


「……ふん」

  

 動かない状況に飽きられたのか、再び鼻を鳴らした殿下は椅子からガタンと乱暴に降りると「帰る」と一言だけ残して踵を翻してお茶会の席から退場されて行ってしまった。


 主賓の席が空になってしまったので、残されたわたくしたちはお互いに顔を見合わせるしかなく、なんとも締まらない形で解散したのだった。

 

  

 *****



 そんな風に傍若無人ぶりを披露されたトリアンリート王子との婚約話がヒーデル侯爵家に持ち込まれたのは、その翌年。

 出会った日同様に新年の祝祭が始まる時期のことだった。

 

 

 我がヒーデル侯爵家の王都邸(タウンハウス)で最上位の応接間に備わった豪奢なソファーに腰掛け、侯爵家当主とその夫人、そしてわたくしの三人と向き合っているのは王国の上級典礼官だ。

 袖と襟に装飾された所属を示す独特な銀釦が、室内照明を控えめに反射している。

 

「で、ですから……」

 

 父より20歳は年上だろう、皺の深く刻まれた初老の男は、顔にじわりと汗を浮かべながら、宮廷官吏の豪奢な礼服に包まれた広い肩をぎゅうと狭そうに縮めて「これは陛下からのたってのお願いでして」と非常に言いづらそうに口にし、(テーブル)の上に広げられた書状に視線を戻した。

 

 国を表す濃紺の絹で表装され、上等の紙に金の縁取りをされたそれは、わたくしと我が国マンナーカノ王国の第一子であるトリアンリート・マンナーカノ王子殿下の婚約に関する同意書だ。

 それをちらりと見やった父、ヴェルシュナー・ヒーデル侯爵は、赤銅色の瞳をした切れ長な目を細め、その大きな口の端をにいっと引き上げた。

 

「王都の典礼官は、ずいぶんと冗談がお上手なのですな」

 

 はっはと声は笑っているが、室内の空気はぐっと冷たくなっている。そんな父の隣で、パチンと高い音が鳴った。母、リルディア・ヒーデル侯爵夫人が扇子を開いた音だ。

 長い睫に縁取られたぱっちりとした目を薄くして、口元を隠したまま「ふふ」と笑う。

 その仕草は貴族夫人が「まだ抑えてますけど不愉快ですのよ」と遠回しに伝える時にするものだ。落ち葉の季節より寒くなった室内に、さらに重たい圧が加わる。

 

「いえ、その……冗談、ではなくてですな……」


 どんどん声の小さくなっていく典礼官の額に、汗が玉のように滲んだ。

 

 典礼官は、冠婚葬祭をはじめとする様々な儀式典礼における規定を司る職業だ。王宮の上級典礼官ともなれば、叙勲式から戴冠式まで司っており、王でさえその采配に従わねばならない。

 そんな自負からか、応接間に通されてすぐは「国王陛下より直々の書状である」と、わざわざ来てやったという態度を隠しもせずふんぞり返る勢いであったのに、今では苔むす沼のような顔色だ。

 なにしろ、我が家は複数の国家とその端を接する広大な土地を持つ大侯爵だ。国境で揉め事があるたび大国の外交高官、時には武装した一団と単身で対峙することもあるような領主とその夫人である。

 威を振りかざすには相手が悪すぎる。

 

「ほお。では陛下は我が娘に不幸になってくれと"お願い"していらっしゃると」

「そのようなことは! け、決して……!」 

 

 典礼官は額から汗を流しながら更に体を小さくするが、父は容赦なく「では何だ」と声を低くし、とん、と硬く太い指で書状を叩いた。


「……婚約に伴い、令嬢には将来の伴侶として王子の学問と政の補佐を努めることを義務とし、公私の別を問わず尽くすように求める。尚、当然のことながら、王族の一端として相応の振る舞いを求めるところであり、王城の教育係のもと修練を積まれたし……」


 その指先で、金粉のまぶされた書状をなぞりながら、父の低く重い声が、美しい文字で綴られた文面を朗読する。

 

 ……これ、どう読んでも「王子と王家の都合のいい婚約者になれ」という意味ですわね?

 

 そんなクッソくだらない戯れ言……ンン゛、身勝手としか言い様のない内容をこんな立派な書状にしたためるとか、税金の無駄遣いもいいところだ。


 ぐだぐだと自分たちにだけ都合の良い条件ばかり連ねられた文面を面倒くさそうに読み上げた父は、ぎしりとソファを軋ませながら上体を前のめりにした。

 そうすると、厳つい顔面と貴族らしくない短く刈り上げられた銀髪のせいで、借金の取り立て人が机ごしに脅迫しているようだ。我が父ながら、見た目の治安がほんとうに悪い。

   

「いずれも我が娘への負担が多すぎるように見えるが。それについて、君はどう思うかね?」

「わ、わたしは、あくまで書状を届けに参ったのみの立場でして……」

「あら」


 言葉を濁す典礼官に、今度は母が声だけは柔らかに言った。


「典礼官殿は、配達員も兼任してございましたのね。ご苦労様でございます。書状は確かに受けとりましたわ、ご安心くださいませ?」

「……その、ええと……」


 貴族夫人直球の「渡すだけなら用は済んだろ、帰れ」に、初老の典礼官はもはやぐうの音も出ない。

 

 彼の役目は書状を届ける事ではなくその同意書にサインをさせることなのだろうが、ペンとインク壺を、と口に出しただけで食い殺される予感しかない室内で、迂闊なことを口に出せるわけがない。

 

 だいたい、両親が憤慨するのも無理もない話なのだ。

 

 お茶会の後、トリアンリート王子のやらかしについて実際にはどうであるのかと調べたところ、彼の素行が思った以上にとんでもないことがわかった。

 

 甘やかす者へは我が儘を言う程度で済むが、厳しい教師のことは無視し、辞めさせられないとわかれば物を投げつけ書物を破り捨てて授業を拒否、あげく窓から飛び下りようともしたらしい。

 それではと、不敬を免除された近衛騎士が力ずくで大人しくさせようとすれば、怪我をすることも厭わずに暴れるので、騎士の肘に当たって顔に大きな痣を作ったこともあったそうだ。

 

 普通の子供であれば、多少の怪我をさせようが躾の範疇であったのだろうが、相手は王子。

 目や頭など当たりどころが悪ければ、たとえ許可を得た執行上の事故でも何らかの処分は免れないとなれば、周囲の大人たちは手を出すのを躊躇うようになった。

 

 要するに、大人たちは小さな暴君(トリアンリート王子)を持て余したのだ。

 

 しかし我がマンナーカノ王国は長子継承を王国規範としているので、特段の理由がなければ、未来の王は彼である。

 現時点で彼が唯一の嫡子なので、更に母親の王妃殿下のご実家のやれそれ政治的あれこれそれどれがどうたらこうたら、とにかく廃嫡も難しい。

 となれば、なんとか彼の王子としての体面を維持させるために、お目付け役としての妃(同等の権限を持つ相手)が必要だというのは、まあわたくしにもわかりますけれど。

 それで何故、王子の公務を支えて欲しいというお願いではなくて公私問わず尽くせという命令になるのか。

 大いに物申したいですわね(ふざけんじゃないわよ)。 

 

 誰だって自分の娘をそんな問題児のお守り(ベビーシッター)に寄越せと言われて「はいよろこんで」などと言うわけがない。

 王家との繋がりが希薄な家ならあるいは考えたかもしれないが、我が家は王家の方から繋がりを切りたくないと思わせるだけの実績と格式のある侯爵家である。貴族的な見返り(メリット)がないなら尚更だ。

 

 笑顔のまま「冗談はおよしになって(お前ふざけんなよ)」と怒気を撒き散らす両親から目を背けた典礼官が、救いを求めるようにわたくしを見た。

 

 いやいや、いい大人がわたくしのような子供に何を期待していらっしゃるのかしら。

 そもそも、わたくしに婚約者の義務として公私に尽くせだなどとのたまう婚約に同意しろって書状を持ってきやがったくせに、当のわたくしに助けを求めるとかどういう神経をしていらっしゃるのかしら。

 

 つつしんでお禿げくださいまし。



  

 結局、誰からも援護してもらえず、我が家の無言の「一昨日来やがれ」な視線に耐えかねたらしい。

 典礼官殿は、最後にはしおしおの干物のような顔になってよろよろと邸から出て行かれた。

 

 あの状況で書面受領のサインを引き出して行かれた根性だけは評価いたしましょうか。 


 

同席した同級生たちは、乱暴な音にもビビったけど最終的に殿下に向けたヴェリアルデ嬢の笑みのほうが怖かったと証言しており。



追記:少し詰め込み過ぎたので、次回からはもう少し短めで更新予定です

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