4.私もまだ若造だってことで
他国の王族が利用することも想定して設えられた客室であるし、私も皇弟という身分だ。
陛下の個人的な訪問を受けるのもおかしなことではないのだが、状況的になんだかなぁ、と思っていると案の定。
「此度は、愚息が大変失礼した」
マンナーカノ国王、トルパリア・マンナーカノ陛下は、応接間のソファに対面で腰かけるなりの第一声で頭を下げた。
周りがぎょっとしているが、私としてはまあ当然だよな、という気持ちだ。
王とは国の代表者ではなく総意である故に、簡単に非を認めてはならない。が、同時に人間でもある。本心はどうあれ「国としてではなく個人としては謝罪の意志があることはわかって欲しい」という政治的アピールも必要なのが王族だ。
申し訳なさそうな顔をするのも仕事の内なんで、額面通り受け止められないのが悲しい王族あるあるだ。
「後日正式に謝罪の場は設けさせていただくが、そちらは双方形式上のものになるであろう。故に、この場はただのトルパリアとして話をしたいと思っている」
トルパリア陛下の胸の内はわからないが、頭の下げようは誠実だったので、私も同意に頷いて見せた。
彼が私人として訪れた意図の予想はつく。私はまだオートナリ帝国として正式に抗議をしている段階ではないので、どういう抗議の仕方を予定していて、希望はこうですよと「個人的に」事前に教え欲しいのだ。
そうすればマンナーカノ王国側もどこまで受け入れるかという検討で済むので、国家間交渉はスムーズに終われるってわけ。根回しって大事だよな。
とは言え、私は今回の件ではあんまり友好的な気分にはなれなかったので、にこやかな面はそのままに切り込んだ。
「では率直に話をさせていただきますが、処分についてはどのような予定で?」
表現は遠回しだが「こちらの希望を聞くよりそちらがどうするつもりか先に聞かせてくださいよ。うちに対する誠意ってどの程度だと考えてます? まさか甘い処理を考えてたりしませんよね?」と、いった意図をもりもりに含んでいる。
こちらが優位な交渉ごとは、先出しで手札を開くより相手からの最大限を出させた方がやりやすいからな。
まだ決まってないならよろしく忖度してね、という牽制の意味もある。
だが、トルパリア陛下は問われるのが分かっていたという目で静かに頷かれると、侍従に書類を広げさせながら「こちらに」と指を指された。
簡易的ながら既に書面に起こしてあるということは、ほとんど決定事項なのだろうか。まだ方針について検討してる段階だと思っていたんだが、ちょっと予想と外れたな。
そんなことを思いながらさらっと読んでみると、自国の王子に対してずいぶん辛辣と言うか、全面的に自国の非を認める内容であることに軽く驚いた。
国益を第一に立ち振舞うべき王として有り得ないと言ってもいい。
「……ずいぶん、思い切られましたね」
思わず言うと、陛下は淡々とした声で言われた。
「国内の恥を晒すようだが、彼らの有り様は目に余るものであったのでな。今回の件は口実に使わせていただいた、というのが近いやも知れぬ」
つまり、この結果は今回の件が無くてもいずれ何らか理由をつけて「そう」するつもりが元々あった、ということだ。
時間がかかっていたのは、熟考していると思わせるパフォーマンスのひとつか。トルパリア陛下は案外に喰えない方のようだ。
結論から言うと、まずあのトンチキ――トリアンリート王子は廃嫡とはならなかった。
ひとりしかいない直系の子を王族から抹消するわけにはいかないというのは理解できる。
その代わり、友好国王族への暴言、王家とヒーデル侯爵家との関係に不和を招いた責任を取り、トリアンリート王子は王位継承権を剥奪。それにともない彼の王室予算を子爵位程度まで削減。
その他複数ある王族特権の剥奪は決定事項。身柄は離宮への幽閉を検討しているとある。
また、一族の引責として王妃とその実家の継承順位が引き下げとなった。公爵家だそうだが、この感じだと降爵になるだろうな。
空いた王子の席には別の公爵家から養子が迎えられるのだろうが、さすがにそれはマンナーカノの身内事情だし、興味はない。
ちなみに、王子の側近たちや例のご令嬢だが、実家の領地が一部没収。本人たちは卒業資格は取り消しとなり、王宮主催の社交場へ無期限の出入り禁止となるようだ。
彼らは実際に私に暴言を吐いたわけではないので、ヒーデル侯爵家への侮辱、学園内での傍若無人な振る舞い等への罰という名目だ。
王子と例のご令嬢の関係は不適切とは言え、意外にも接触は最低限であったらしく、側近たちの振る舞いも王子に追従していただけといった間接的なやらかしなので、これ以上の処罰は厳しすぎるという判断なんだろうな。
まあ、まっとうな家門なら彼らとは今後の縁を切るであろうから、貴族としては終わったも同然だが。
取り調べについて調べて回った側近たちによると、ご令嬢たちやその家族は「自分たちは何もしていない」「王子に従わされていただけ」だとか「子供と家は関係ない」「自分たちも被害者」だとか大騒ぎをしているらしいが、王族と侯爵家の婚姻契約に横槍入れといてそんな言い訳が通るわけない。
というか時代が時代なら領土間での内戦が勃発してたっておかしくなかったんだから、平和な時代でよかったね、というのが私の感想だ。
特に異論の余地もない内容なので、ではそのようにと応じようとしたところで、トルパリア陛下はぐっと上体を前に傾けられた。
「愚息への罰が甘いと思われるだろうが、国内では限界があるのでな。そこで、如何だろうか。トリアンリートの身柄を貴国へお預けするというのは」
「……何と申されます?」
私はまだ何も言ってないんだが。というか、別に甘いとも思ってないけど。疑問を目に視線を投げる私に、陛下は続ける。
「言葉通り、我が愚息の沙汰を貴国の法にお任せすると言う意味だ。幽閉なりと如何様にしてもらっても構わぬ。勿論、かかる費用についてはすべて此方で負担いたす」
なるほど。トンチキくんのそれとは違って、こちらは正しい形で国外追放しようと言うわけだ。
ずいぶんと皮肉なことで。
「……我が国としては、貴国の法の範囲以上のことは求めておりませんが」
陛下の言っていることは表面上「自国の王子を裁く権利」を明け渡すことで、我が国へ最大級の誠意を示したように見える。
だが、継承権を失っても直系の王族。国内に在れば政争の種だし、それでなくても問題児な王子様だ。出来れば他所にやりたいって言うのが本音だろう。
ついでに王族への処罰となるとどうしても沸いてくる責任問題や賛否なんかも我が国に負わせる目論みもありそうだ。
そんな厄介ネタ押し付けようとすんな。自分の国のことは自分でなんとかしろよ。
張り付けた笑顔の裏で内心に舌を出していたが、陛下はゆっくりと目を細めた。
「法に照らすのであれば、国内に在るうちは我が愚息も立派に王族のひとり」
トルパリア陛下の目は色こそトリアンリート王子と同じ新緑色をしているが、感情的な彼とは違って爬虫類かのように温度がなく、そのくせ奥の方から獲物を狙っているかのような重たい気配が滲んでいて、ひどく落ち着かない圧がある。
嫌な感じだ、と思っていると、その薄い唇が続けた。
「必然、その妻となることが定まっている者もまた、王族に準ずるとするのが、我が国の法であるが」
私は漏れそうになった舌打ちを何とか飲み込んだ。
ヴェリアルデ嬢の亡命は彼女自身の意思によるものであり、侯爵家当主より裁量権を預けられている以上、本来なら問題にはならない。
しかし、ヴェリアルデ嬢は、婚約破棄の宣言されてはいても正式に手続きは行われておらず、マンナーカノでの彼女の身分は準王族にあたる。
その事実を利用し、マンナーカノ王国の王族に準ずる女性を誘拐ないしオートナリ帝国による内政干渉の疑義をかけることもまた可能であると匂わせているのだ。
下手な回答はどう捉えられるかわからない。即答出来ないでいる私に、静かな声がかさなっていく。
「私個人としては、貴国とは今後も善き関係を保って行きたいと思っている。貴殿は、どうかね」
要求を呑んでくれるならば、ヴェリアルデ嬢の亡命も婚約の破棄も受け入れよう、という意味だろう。
取引というより、脅しだろこんなもん。言葉の中身に反して、声色だけは優しげに響くところがたちが悪い。
「誤解しないでもらいたいのだが、現ヒーデル侯爵とは古馴染でね。彼の娘なら私の娘も同然だ」
彼女には幸せになって欲しいと願っているのだよ、と続けたその声色は穏やかだ。口元もにこやかで友好的ですらある。しかしその目にはどこまでも温度がなく、氷が撫でていくようなぞっとする冷たさが背中を這い上がった。
感情の読み取りにくい面の奥に、幾重にも重ねられた手札の気配がある。どう答えようと彼の盤上から脱せない、そんな予感だ。
どこからどこまでが真に彼の思惑なのかはわからないが、トリアンリート王子たちへの処分が元より計画されたものなのであれば、婚約破棄騒動どころか、私が彼女を望むことすら、彼のなかでは想定されていたのではないかとすら思わせる。
これが、大陸の中央で強国に囲まれながらも何百年という歴史を繋ぐマンナーカノ王国の主か。
なんと言うか、慧眼、というより計算高いというやつだろうな、これは。他人の感情すら手札として使うあたりは悪辣ですらある。こんな親でどうしてトンチキくんみたいな王子ができたんだ。
いや、違うのか。
この親だからトリアンリート王子はああだったのか?
ならば――ヴェリアルデ嬢との婚約はどこまで見越してのことだったのだろう。
「…………」
あの婚約破棄の場で、ひとりトリアンリート王子に向き合っていたヴェリアルデ嬢の姿を思い出す。
あの時彼女が受けていた理不尽を思うと、無性に苛立ちが腹の中を蠢いた。
王族としては、お気遣いありがたしと大人しく取引に乗るべきであるが、私はまだ卒業を終えたばかりの若造という立場でもある。
互いの思惑が揺らがぬ以上、どうせ処分については覆らないのだし、私も少しトリアンリート王子に倣うべきだろう。
「陛下が唯人として此処にあらせられるというお言葉に甘えて、私も皇族としてではなくドミトリウスとして発言をさせていただきますが」
前置きして、息を吸い込んだ。
「娘とも思う相手に、何を背負わせその人生を使わせたのか自覚がおありなのであれば、あなたは王としては立派であろうが、親としては最悪ですな」
陛下の側近が顔色を変え、背後でライトレイたちが息を呑んだのがわかる。
公式な場ではないとは言っても、暴言が過ぎるというのは自覚しているが、ヴェリアルデ嬢へ愛を乞う立場である以上、ここで憤れないでどうするんだ。
キリキリと張り詰めた空気のなかで「ふ」と笑う音がした。トルパリア陛下の口元が、先程までとは違う形をして笑っていた。
にやり、というのが近いというか、何か悪役みたいな笑顔だな、と思ったが、先程までの表情よりもよほど優しげに見える。
「褒め言葉として受け取ろう」
咎めるつもりはない、という意思表示か。トルパリア陛下は鷹揚に頷かれると、唐突に「そう言えば」と話題を変えた。
「現皇帝陛下は、子煩悩であると聞くが、まことかな」
「ええ。日々、甥自慢を聞かされて大変です」
「……善き父であれるのは、羨ましいことよな」
ぽつりと漏らしたその言葉が、彼の偽らざる本心であったのかもしれない。
内心ではどうあれ、親であるより王として動かねばならないのだから、王様っていうのは本当に因果な立場だ。
帰国したら兄上にはもう少し優しくしよう。うん。
***
それから二、三の言葉を交わし、今後の流れなどについてを詰めた後、陛下は部屋を辞されて行った。
後は、国同士の話し合いという体で両国の間を書面が行き交うだろう。
扉の閉まっていく音を聴きながら、私は深く溜め息を吐き出した。張り詰めていた空気がようやく揺るんで、侍従たちの間からも息が漏れる音がする。
「……まったく、肝が冷えましたよ。考えなしな物言いをなさるなら、私が居ない時になさってください」
ライトレイの恨めしそうな毒舌に「すまん」と軽く苦笑しながら、自分で思っていた以上に緊張していたのだろう、硬くなっていた身体をぐっと解すように伸ばす。
「まあ、これで事態は動くであろうし、帰国の準備を進めておいてくれ」
「承知しました」
頷いた侍従たちが部屋を辞して行き、ふたりきりになったところでライトレイが「殿下」と彼にしては控えめに声をかけてきた。
「王子から殿下への暴言はともかく、今回の件はこの国の事情であり、彼ら自身の問題です。殿下が心煩う必要はございません」
「うん」
「ですが」
いつものお小言かな、と思っていると、ライトレイは不意に柔らかな苦笑を浮かべた。
「殿下のそう言ういくらか王族らしからぬところ、私は善きところだと思いますよ」
言うだけ言ってライトレイは「お湯が切れていますね」とポットを覗き込むと、目を瞬かせている私にふっと笑う。
「まあこれでご令嬢の婚約解消は確実となったのですから、暇をしている間に贈る花でも選んでおかれてはいかがですか?」
そんことをからかうような調子で言い残して、ライトレイはお湯を貰ってきますとさっさと応接間を出ていった。
えっ、何だよもう、照れ臭いんだが。
廊下の向こうで遠ざかっていく足音を聴きながら、ふう、と小さく息をつく。
「……花かあ」
目を伏せ、銀色の髪を揺らすヴェリアルデ嬢の横顔を思い出す。
淑女の見本に相応しく凛とまっすぐに華開く彼女に似合うのは、と考えて頭を振った。
そうじゃないだろ。花は彼女に添えるためのものじゃない。彼女の心に贈るものだ。
鮮やかな薔薇より、凛とした百合より、柔らかで暖かな色の花を贈ろう。美しさよりも、安らかさでその心を満たして欲しい。
自分に彼女の心を解せるかどうかはわからないが、せめて我が国にある内は、彼女を「王族の婚約者に相応しい令嬢」から年相応の女の子でいさせてやりたい。
それが、今の私の願いだった。
一章 終
後半は大幅に加筆となり、ドミトリウスがずいぶん動いてくれたこともあって、短編版とだいぶ変わった流れとなりました。
新しい物語として楽しんでいただけますと幸いです。
第2章からはヴェリアルデサイドとして、この婚約破棄に至るまでのこれまでを描いていく予定です。
よろしくお願いいたします。
余談ですが
側近ふたりは殿下優先という理由で婚約者を持たずにいますがドミトリウスは「何でだよ」と思ってます
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