3.立場ってのは面倒だよな
「ドミトリウス殿下。ヒーデル侯爵令嬢が、無事、国境を越えてトナリアットル辺境伯の領主邸へ向かっているとの報が入りました」
「ご苦労」
婚約破棄騒動の後。
ヴェリアルデ嬢は、宣言通りパーティーを辞したその足でこちらの用意した馬車に乗り込み、我がオートナリ帝国へと亡命の途についた。
トナリアットル辺境伯領は我が国とマンナーカノ王国に隣接する領地のなかでは最大の規模を誇り、その領主バラドラ・トナリアットル辺境伯はヒーデル侯爵家とも交流がある。彼女が滞在するには丁度良い環境だろう。
本当ならばすぐにその後を追って合流したいところだったのだが、私は留学生という立場であると同時にこの国にとっての賓客でもある。
それが挨拶もなしに国を辞すというのは、国交を結んでいる相手に対して大変に不義理な振る舞いだ。
国の力関係としてはオートナリ帝国の方が上だし、今回の件に怒って抗議のために帰国した、なんて行動の意図を過大に取られてしまうと周辺国との関係性を乱すことになりかねない。
なので「きちんと謝罪を受け取り、和解の後に帰国した」事にする必要があるのだ。
学生であれば、謝罪の場が整うまで寮に引っ込んでおくこともできたのだが、残念ながら卒業式も済んでしまっているので、王宮に邸を用意され、表向きはにこやかに友好的な態度を崩さず王宮の客人を続けている。
立場って言うのは本当に面倒くさい。
「まあ……今は迂闊に接触しない方がいいんだろうけどな……」
ヴェリアルデ嬢は一応まだあのトンチキ……トリアンリート王子の婚約者だ。
パーティーで彼女の言ったように、不貞を疑われるような真似は慎むべきだろう。頭ではわかっているのだが、焦る理由もある。
今後自由になるだろうヴェリアルデ嬢は、非常に魅力的な存在だ。
マンナーカノ王国でも指折りの大貴族、ヒーデル侯爵家の嫡子はヴェリアルデ嬢ひとりだけ。なので、彼女が王子妃でなくなるならば、恐らくは彼女が当主となって婿を取る形になる。
つまり彼女と婚姻すればこの国を代表する侯爵家の椅子が付いてくる。上手くやれば当主代行という権利まで手に入るかも、となれば、それを魅力に感じない貴族はまぁいない。
加えて頭脳明晰、礼儀作法も完璧な才女だ。高位貴族のほとんどは本人の才華を開かせる学生時代より前に婚約を結んでしまうため、最初から能力のわかっている相手を嫁に選べるとなれば、そりゃあ放っておかんよな。
既に家族全員の婚約が決まっている家でも、侯爵と縁繋ぎになれるとあらば分家から養子を取ってでも捩じ込もうとするだろう。パーティーでの件を聞き及んで既に婚約の打診を送った家も多いはずだ。
まあ、自分が選ぶ側だと勘違いしてるような輩なんて一蹴されてしまうだろうが、一国の王子が国外追放とか叫んだように、何が起こるかわからないのが世の中だ。
「はぁ……」
私が内心で悶々としていることなどお見通しなのだろう。溜め息を吐き出した私に、ライトレイが呆れ顔で口を開いた。
「そうご心配されずとも、ヒーデル侯爵令嬢にはレフダークが側におりますよ」
「それが心配なんだが?」
ライトレイの言葉に、私は思わず返した。
レフダークは私の側近のひとりであり護衛も兼任している男で、馬車移動の護衛かつ羽虫の防波堤としてヴェリアルデ嬢に同行させている男だ。
信頼できる男ではあるのだが、何しろ彼は、バランス良く鍛えられた身体はしなやかで、柔らかな輪郭と優しげな顔つきが女性に人気の美丈夫だ。
私の側に在るだけあって身分的にもまあまあ釣り合うし、国境までの遠路を共に過ごせば情も湧こうというもの。
ヴェリアルデ嬢の好みはわからないが、あのトンチキ王子くんの後では誰だって良い男に見えるだろうし。
「恋は盲目とやらですか」
私の考えていることがわかるのか、ライトレイの声に鼻で笑うような音が混じった。
いや、私だってレフダークの忠誠心はわかっている。主人の想い人を横取りするような男ではないと頭ではわかっているのだが、それこそ恋心というのはどう転ぶかはわからないのだから、心配だってするだろう。
なんてボヤいたら、ライトレイの目が残念なものを見るような色になった。さすがに不敬では?
「しかし……思ったより時間がかかりますね」
「まあ、国内だけの問題でもなくなってしまったからな」
露骨に話をそらしたな、とは思ったが、不毛な話題だという自覚はあるのでその魂胆に乗っかることにする。
卒業記念パーティーの後、直後に飛び込んできた官吏たちによって事情聴取が行われた。
とは言え既に夕刻だったこともあり、学生たちに夜遅くまで付き合わせるべきではないとして本格的な調査は翌日からとなったのだが、人数も多かったせいか聞き取り調査だけで2日が経過した。
ちなみに、とばっちりで帰宅困難になった学生たちには王城に部屋が用意されたと級友から聞いている。官吏の登場からしてやけに手配が早かったので、やはりヒーデル嬢らはパーティーで何事かあるかもしれないとある程度は想定していたのだろう。ただ、あそこまでやらかすとは思っていなかっただけで。
余談はさておき、そんなわけでパーティー翌日から聞き取り調査が行われたのだが、私という存在があったから証言に忖度など出来ようはずもない。
級友たちもこれまで隠してきたあれもこれもこぞって暴露したそうなので、それはもう豪華なやらかしオンパレードが明らかになったはずだから、今頃王宮は上から下まで頭を抱えてることだろう。
「肝心の被害者が国内に居ないのも、時間がかかっている原因のひとつなのでは?」
「私のせいだって言ってる? まあ、それも無くはないだろうが」
ライトレイのひんやりした目線に私は肩を竦めた。
「この期においては、彼女が不在かどうかはさして問題ではあるまいよ。子供の喧嘩ではないのだから、謝罪で済む話ではないのだし」
印象だけならただの「やらかし」でも、実際に起こったのは、国内の大貴族との一方的な契約破棄に名誉毀損。更には隣国の皇族に対して公の場で侮辱し、暴言を吐いたのだ。王族の権威ですら内々で手打ちに出来る範疇を越えている。
国としてどう処分し落とし前をつけるかの公式見解を発表する必要があるし、我が国へどう謝罪するかも決めなきゃならんしな。時間がかかっているのはそのせいだ。
それでも多少なりの妥協を求めてヴェリアルデ嬢に理不尽な「お願い」が振られる可能性は大いにある。
「ヒーデル侯爵令嬢には、これ以上煩わしい思いをして欲しくないんだよ」
完璧な淑女を体現していた令嬢が、教室で見せていた憂い顔を思い出す。
実際には怒りを堪えていたのかもしれないが、私としては好きな女性にはいつも穏やかな心地でいて欲しい。
ライトレイは「いじらしいことで」と肩を竦めたが、まだ恋人じゃないのにねって響きをしていた。本当にこいつは。
はあ、と一度溜め息を吐き出すと、本日三杯目の紅茶を口にした。
本来なら、私のような立場だと王宮のあちこちからお茶会やサロンへのお誘い、と言う名の外交が発生するものなのだが、国として公式な謝罪の前に抜け駆けして交流を深めようだなんて度胸のある貴族はいない。
そして私のほうも、簡単に懐を緩めては舐められるという事情で沈黙を守るしかない。
まあ要するに暇なわけだ。
そのせいであれこれ思い悩んでしまうわけだが、宮殿をうろついて気を遣われるのもなんだしなぁ。
「そんなに暇なら、ヒーデル侯爵令嬢への贈り物でもご用意なされては?」
「嫌だよ。婚約が正式に解消になる前にそんなことしたら、いらん憶測の種になるだろ。それにうかつに商人呼んでオートナリ王族御用達名乗られるのも困るし」
「だからヒーデル侯爵令嬢の護衛は近衛に任せろと言いましたのに」
「うるさいなぁ……」
ライトレイが呆れをまったく隠さない目でこちらを見るのに、私はぷいとそっぽを向いた。
立場上、護衛なしに出歩くことはできないので、城下町のような場所に外出するなら、近衛兵を両脇に並べなくてはならない。
だが、専属護衛のレフダークがいれば、マンナーカノ王国の王都くらいの治安ならお忍びで出掛けることもできた。
そんなレフダークをヴェリアルデ嬢につけた私の判断が、ライトレイは気に入らないのだ。友好国とはいえ異国で自身の最高戦力を側から離すとは何事か、ということらしい。
言いたいことはわかるが「こうやって引き込もらざるをえないのはあなたの自業自得でございますよ」と言いたいのが丸わかりな顔がさすがに少しむかつく。
側近のくせに、時々本当に態度が悪いんだよな、こいつ。
そんな雑談をし続けるのもそろそろ飽きてきた頃合い。暇潰しにカードでもするか、などと考えていたところで、ドアをノックする音が響いた。
取り次ぎのどこか青ざめた様子が、尋常な来訪ではないと教える。
「そ、その、陛下が内々に殿下との対談されたいとお越しです」
取り次ぎが告げた言葉に、私とライトレイは思わず顔を見合わせた。
余談ですが、ライトレイとレフダークは対照的な美形ですが、実は作中いちばんの美形はトンチキ王子くんです。




