1.どういう状況だ、これ?
1話目は短編版の前半になります
短編版の改稿とはいえ、初めての連載になります
よろしくお願いいたします
「ヴェリアルデ・ヒーデル侯爵令嬢に告げる!」
その日、大陸中央に座すマンナーカノ王国の宮殿が誇る大舞踏会場で行われていた、国立貴族学院の卒業記念パーティーの最中。卒業生のひとりが華やかな祝いの空気を割った。
「そなたは嫉妬のあまりここにいる我が親愛なる友、シェリリエを傷付けたな。平民上がりと嘲笑し、陰湿なる嫌がらせを行い、果てはその権力で学園から排除しようとしたことはわかっている。そなたのような罪深く心根卑しい女、将来の国母とは認められん! そなたとの婚約は今日をもって破棄する!」
突然の宣言に楽団はその手を止め、ざわざわとさざ波のように広がった困惑の中を、まだ少年の頃を過ぎて久しい若く張りのある声が高らかに響き渡る。
「何だ? 揉め事か?」
会場のざわめきが反響するせいですべては聞き取れなかったが、その刺々しい声色からして祝いの場に相応しくないのは明らかだったので、何事か起こったのかと側近たちとその声のするほうへ近付いて見れば、なにやら人集りが出来ていた。
集まっているというより中心の人物たちを遠巻きにしている、というのが近い絶妙な空間が開いているが。
そのぽっかりあいた真ん中にいる男女数名がこの騒ぎの中心であるようだ。
顎を突き出してふんぞり返っているのは確かこの国の第一王子トリアンリート・マンナーカノだったか。
溶かした飴のような金の髪に鮮やかな新緑色の瞳、そして高い鼻や整った目鼻立ちに高い上背は、王族特有の金刺繍に彩られた礼服をそつなく着こなしており、見た目だけなら物語に出てくる王子そのものだ。
彼が王子と言うことは、後ろに従っているそれなりに容姿の整った豪奢な衣装の男たちが彼の側近たちなのだろう。そんな一団がひとりの令嬢と対峙しているようだ。さっき婚約破棄がどうのとか聞こえたように思うが、どういう状況だ、これ。
「断罪、だそうですよ。この場で婚約者の罪を明らかにし、その婚約を破棄するとかなんとか前口上があったようです」
私の側近のひとりであるライトレイが早速周囲に尋ねて回ったらしく耳打ちしてくる。
「さっきの、嫉妬のあまり傷付けたがどうたら言っていたやつか?」
「そのようです」
ライトレイが頷いたが、先程会場中に響いた芝居がかった口上を思い出すと、どうにも腑に落ちず首を捻る。
「状況から察するに、あの男が親愛なる友とか言ってるのは、腕に絡み付いてる令嬢のことだよな?」
シェリリエと呼ばれていた令嬢は、ふわふわな淡い金の髪に、ぱっちりとした目は晴天の青。唇も小さくて柔らかく丸い輪郭は可憐というのが似合うような顔だが、小さな体つきながら出るところは出ている。
平民上がりと言われていたように思うが、それにしては彼女が身につけている胸を強調するようなドレスは薄桃色の絹を幾重にも重ね、金と宝石のふんだんに使われた豪華なものだ。全身を飾る宝飾品も、どれも宝石の粒が大きく、高位貴族でも特別な夜会にしかつけないような代物で、学生時代がようやく終わる年頃の令嬢に相応しいものではない。
そのちぐはぐさも違和感があるが、何より。
「友人が婚約者のいる男に胸押し当てたりするかね」
「国が違えば文化も違いますので一概には言えませんが、我が国であれば斬り捨てられても文句は言えませんね」
「だよなぁ」
この国の法律と良識がどうなっているのか知らないが、婚約者のいる男に身体を寄せてしがみつく女も、婚約者ではない女の腰を抱いてる男も、どう見ても不貞ですありがとうございました、だ。
それにしても自分たちの方が明らかに不誠実をやらかしてる側のくせに、なんであんな勝ち誇ったような顔していられるんだろうか。
それに、今年卒業の学生だけの集められた内輪な性質の濃いパーティーであるとはいえ、私のような留学生も参加している場で何やらかしてんだと諌める者が出てこないのはどういうことだろう。
やらかしてるのが王族だから、身分差により沈黙を守るしかないというのならばわかるが、ひそひそクスクスと嗤う声が微かに聞こえてくる辺り、学生たちはこの状況を楽しんでいるらしい。
(なんだかなぁ)
温くなったワインを飲んでいるような残念な気持ちでいると「失礼ですが」と鈴を振るような涼やかな声が思考を割った。
「すべて身に覚えのないことにございます」
悪意的な野次馬たちの中心で断罪とやらにかけられている彼女、ヴェリアルデ・ヒーデル侯爵令嬢は、その空気に呑まれることなく凛とした佇まいでまっすぐに婚約破棄を突きつけた相手を見つめている。
シャンデリアの光を浴びて煌めく銀の髪色に、水晶のように透明度のある菫色の瞳は切れ長で、すっとした眉や鼻筋はややキツい印象を与えはするが、冷ややかというより玲瓏な美人というのが相応しい。令嬢にしてはやや背が高いが、それがかえって彼女の凛とした美しさを引き立てていた。
同じ特A級で机を並べていた際は、乱れのない制服に化粧気も薄く、きっちり結った髪にシンプルな髪飾りをしただけのお堅い優等生といった風だったが、こうして繊細なレースと刺繍をさりげなく縫い付けられた深い紫苑のドレスと年代物の気品に満ちた宝飾品で着飾られると、やはり高貴な女性なのだなと思わせる空気が彼女の周囲をピンと引き締めている。
(さすがヒーデル候爵家の令嬢だな)
ヒーデル家と言えば、この王国に存在する侯爵家の中でも特に広い穀倉地を抱えている大領主だ。
そのいくつかの領地は我が国を含む数ヵ国と接する厄介な土地だが、そのような難しい場所を数代にわたり災禍なく治めてきた優秀な貴族として、我が国を含めた近隣諸国でも名を知られている。
その家名に恥じぬ堂々たる姿勢で、ヴェリアルデ嬢はきれいに伸ばされた背筋をひとつもブレさせずに続ける。
「それは本当に調査をされた上での発言でしょうか? そもそもそちらの方について、わたくしは殿下よりご紹介いただいてございませんが……」
「黙れ! この期に及んで知らぬなどという虚偽が通ると思ってか。第一、ただの友人であるシェリリエをわざわざそなたに紹介などするわけがないだろうが。婚約者程度の分際で私の交遊関係に口を出すつもりか? わきまえろ」
冷静かつ丁寧な令嬢の反論を、乱暴な声が遮る。人の話を聞かない男だな。婚約者だからこそお互いの交遊関係の共有化が大事なんだろうに。
こんなのが王子で、この国大丈夫だろうかと隣国の者として不安になる。
ため息を噛み殺しながら成り行きを見守っていると、軽く眉をひそめて不快を表しながら、ヴェリアルデ嬢は声を乱すことなく続ける。
「ただのご友人であるなら尚のこと、ご紹介いただいてもいないのになんの嫉妬をすると言うのです。わたくしが彼女を傷付けたと仰るなら、その証はございますの?」
「証など、本人がされたと言っているのだからそれで十分だろう!」
んなわけあるかい。
思わず心の声を乱していると、斜め後ろに控えているライトレイが肘で私の腕を小さくつついてくる。
「出来の悪い喜劇作家脚本のごとき台詞に呆れずにいられないお気持ちはわかりますが、あからさまにアイツはアホかと言わんばかりの顔をするのはお控えください」
「お前の口から漏れてる言葉の方が大概だと思うぞ」
「失礼しました。ですがまあ、そう思っているのは我々だけではなさそうですよ」
涼しい顔をして毒舌を吐き出すライトレイの視線を追うように見れば、野次馬の輪の外側では苦い顔を浮かべている者もちらほらいる。
同級生たちもその辺りにいて、私の視線に何だか申し訳なさそうな生温かい笑みを向けてきた。
なるほど、学生たちの良識は輪の遠近で色分けされているらしい。
そんな様々な視線を受けながら、ヴェリアルデ嬢はひたすらに淡々と反論を続ける。
「被害者の証言のみを基準としてしまっては、不当に貶められる者が出て参ります。それ故に、罪を問うには第三者も納得できる証拠というものが必要なのでございます」
自分のように冤罪掛けられたらたまったもんじゃないでしょう、と言外にたっぷりと含む物言いを痛快に思ったが、トリアンリート王子殿下の方はそうではないらしく、不愉快そうに眉を寄せた。
「またそのような屁理屈を。そなたのことだ、証拠など残さぬようにしたのだろう。狡猾な女狐め」
「あたし、怖かったです……何をされても、あたし、平民だから、逆らえなくて……あっ、そんなに睨まないで……っ」
どう聞いても暴論だが、王子の腕にこれでもかと胸を押当てている令嬢は目をうるうるさせながら、震える声をあげて身体を縮こませた。
うーん、具体的に何されたか口にしてないあたり頭は切れそうだが、演技は過剰だな。
そもそも、彼女の立場なら睨まれるどころか家ごと潰されたって仕方がないと思うんだが。
それにしても「大丈夫です、シェリリエ嬢」とか「我々がついていますよ」なんて言って味方ぶっている王子の側近らしき男共、未婚の令嬢にべたべた肩やら腕やら触っているが、マンナーカノ王国の貴族は学生の内に婚約者が決まっていたりはしないのだろうか。
ヴェリアルデ嬢はそんな彼らを一瞬ゴミでも見るような顔をした後、やや大袈裟に「まあ」と驚いたように声を上げた。
「なるほど。この程度を睨まれたと感じられる純真な感性をお待ちの方でしたら確かに、わたくしからのマナー違反に関する諸々の注意を、嫌がらせと受け止められても仕方がないやもしれませんわね。それは配慮が足りず、失礼いたしました」
注意もわかんない幼児だったんだねごめん、を言い換えただけの痛烈な皮肉と共に細められた目は、完全に眼前の彼らを見下している。
澄んだ泉の側に咲く百合のような美人がそのような目をすると、周囲の空気がひんやりと凍えるようだ。
ひゅっと何人かが息を飲んだ音を背に、その冷たく尖った声は続く。
「後は、権力を利用して学園から排除しようとした、でしたかしら? 当主ならばいざしらず、たかが娘が家門の権力を我が物として使えると思い込めるほど、わたくし幼くはございませんわ。そもそも、前ゲンカック公である学院理事長に通じる権力など王以外にあるはずがないと、普通の貴族であれば理解しておりましてよ」
前ゲンカック公とは、ゲンカック公爵家へ臣籍降下した先代王弟殿下のことで、息子と当主を交代した後は国の若手育成に力を入れるべく貴族学院の理事に就任した、というのは近代史のなかでも比較的新しい出来事だ。
そんな大物相手に通じる権力なんて、それこそ王族ぐらいだろうな。
ヴェリアルデ嬢の言葉は「私がそんなこともわからない子供だと思っているの? 馬鹿にしないで」という反論のようであり、しかし実のところ「家の権力を自分の物だと振りかざしたりしないわよ、あんたたちじゃあるまいし。ていうか、子供だって無理だとわかるような罪しかでっちあげられなかったのかしら?」という強烈な嘲笑を含んでいる。
「貴様……!」
「殿下、抑えて……!」
流石に馬鹿にされたことがわかったのだろう、男どもの顔が真っ赤になったが、何事か声を荒げようとした王子を止めるだけの脳はあったらしい。まあ迂闊な反論をしようものなら、墓穴を掘るしかなさそうだしな。
さっき「ヴェリアルデ嬢が証拠を残すわけがないから証拠なんて出てこないので被害者の証言が証拠」的なことを言っていたあたり、彼らもまた証拠なんて用意していなかったのだろうし。
大方、ヴェリアルデ嬢の罪をでっちあげ、華々しく断罪することで婚約破棄の正統性をアピールするつもりだったのだろうが、完全にそれどころではなさそうな状況だ。
こっからどうするつもりだろう、と見ていると、側近たちは三人もいて誰も何も思い付かないようで、王子様を抑えたまま顔を見合せている。
嘘だろ。
留学時にひと通り覚えた主要貴族とその子息の一覧に彼らの姿はなかったが、王子の側に侍るくらいだから優秀さを期待されているはずなのでは?
少なくとも我が国では乳兄弟であってすら能力が値しなければ側近には選ばれないのだが、マンナーカノでは縁故が優先される気風なのだろうか。
「……お話は以上でしょうか」
微妙な沈黙が落ちる中、これが幕引きとばかりにヴェリアルデ嬢が静かに言った。その時だ。
「……ひっく、ぐす……酷いです……っ」
顔に涙をいっぱいに溜めたシェリリエと呼ばれたお嬢さんが、弱々しい風を装いながらも甲高い声を上げるという器用さを発揮しながらトンチキ王子にすがり付いた。
「あ、あれが注意だなんて言うんですか? あ、あたし、とっても怖かった……! 平民上がりだからと、酷い言葉で罵られて……っ! それに……上位貴族の方に『学院に相応しくない』なんて言われたら、学院に来るなと言ったも同然じゃないですか! あんなの、権力を使った排除とおんなじです!」
勇気を出して真っ直ぐ抗議をしている、という体でヴェリアルデ嬢を見る少女の姿は、前後なしに見れば健気にも見えるあたり計算されているし、正直、トンチキよりよほど機転が利いた上手い返しだな、と感心してしまう。
何を言い何を言われたか当人たちにしかわからない以上、それだけを聞けばヴェリアルデ嬢の言い方にも問題があったと取れる。
さて、どう出るかと見ていると、ヴェリアルデ嬢はすっとその目の鋭さを変えてシェリリエ嬢を捉えた。
「誤解をさせてしまったのは申し訳ありませんが、お言葉は正確にお願いいたします。わたくしは『婚約者の決まっている異性相手に、肌を密着させるような行為はお止めなさい。学院に相応しい、節度ある距離感を保つように』と申し上げました。確かに学院に相応しくない態度であると咎めはしましたが、これが退学を勧める言葉に聞こえますでしょうか?」
「そ……そんな言い方してなかったです!」
シェリリエ嬢は「怖かったんですから!」と震えながら首を振ったが、ヴェリアルデ嬢は「いいえ」と冷ややかだ。
「わたくしの発言については証人がおります。公平性についても、もちろん保証できる方ですわ」
「そなたの用意した証人など、信用できるか! どうせそなたが口裏を合わさせて――」
どこまでも人の話を聞く気がないらしい男の声が横から割って入ったが、更に何か怒鳴り付けようとしたのを「殿下、駄目です」と後ろから彼の側近がとうとう腕を引いて止める。
それを見て、ライトレイは苛立ったように「判断が遅い」と呟いた。
本当にな。
侯爵令嬢であるヴェリアルデ嬢が"公平性が保証できる証人"と明言した相手だぞ。権力による圧力ができない相手――つまり間違いなく国の要職の人間を指してるに決まってる。そんな相手に口裏を合わせているだろうなんて嫌疑をかけようものならどうなることか。まあほとんど口に出したようなものだけどな。
シェリリエ嬢もさすがにこれ以上反論はできない様子で、目を潤ませながらぎゅうっとトンチキの腕にしがみつくしかなくなっているし、しがみつかれた方もギリギリと歯ぎしりするしかないようだ。
「もう、宜しいですか?」
そんな様子に、ヴェリアルデ嬢はそれはもう温度のない声で婚約者のほうを見た。
「皆様の卒業記念パーティーを台無しにしてまで、このような茶番でわたくしを貶めようとなさるとは。大人や先生方のいらっしゃらない機会を狙ったのでしょうが、浅はかと言わざるを得ませんわ」
「……っ! 黙れ!」
いい加減付き合いきれなくなってきたのか、皮肉もなしのド直球にぶっぱなしたヴェリアルデ嬢に、王子という名のトンチキくんは噴火するかのように顔を真っ赤にしてヴェリアルデ嬢に指を突きつけた。
「侯爵家程度の分際で未来の王太子を愚弄するとは! 潔く罪を認めてシェリリエに謝罪すれば側妃くらいにはしてやろうと思っておったが……」
「あなたの妃などこちらからお断りです。婚約は破棄で結構ですわ」
舞台にでもいるつもりなのか、大仰に腕を広げて羽織っていた外套をはためかせたトリアンリート王子だったが、彼なりに渾身だったろう台詞をヴェリアルデ嬢がすっぱりと断ちきってしまったのに、怒りか羞恥かその顔が茹でた海産物のように真っ赤に染まっていった。
「この……っ! どこまでも可愛げの無い女め!」
見せ場を邪魔されたから、というより拒絶されることに耐性がないんだろうな。茹でダコ王子様はギリギリと歯軋りさせていたが、すぐにその顔をにやりと厭らしく歪めた。
「ヴェリアルデ・ヒーデル! 貴様の態度、本来ならば反逆罪で死罪にしてもよいところだが、元婚約者への慈悲として不敬罪に留め、身分剥奪の上、国外追放に処す!」
……は?
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尚、短編版はこちらになります
「(短編版)国外追放とか、簡単に言うけれど」
https://ncode.syosetu.com/n1595lh/




