第7話「清々しい女の子」
さて、下ろすか。
そう思って腕を傾けようとすると、チラッと白雪さんの目が俺へと向いた。
「どうして……」
「ん?」
「どうして、回し蹴りがわかったのですか……?」
放心状態にあった彼女は、俺が彼女の狙いを読めたことに関して聞いてきた。
まぁ、隠すようなものでもないだろう。
「攻撃が入らないなら、分散させて気を散らしたほうがいいのに、あえて下に集中させてきたからな。他に狙いがあることはわかったから、じゃあ集中させている反対側を狙ってくるんだって思ったんだよ。熊を倒せる一撃を持っていることは、わかっていたからな」
一発一発が軽くて違和感を抱いた、というのは彼女がショック受けそうなので隠し、他に関しては正直に話した。
とはいえ、本当にタッチの差だったが。
気付くのがあとほんの少しでも遅かったら、俺も危うかったと思う。
「勝ちを急ぎすぎましたか……」
「狙いはよかったと思うよ。だけどそれはそれとして、熊を沈められるような蹴りを一般人の首に打ち込むのは駄目だ。下手をしなくても折れて死ぬぞ?」
翠玉に発破をかけられたことと、俺に攻撃が入らなかったことで熱くなったんだろうけど、あんな殺人キックを一般人に使ったら駄目だ。
鬼のようなスパルタ教育を受けてきた俺だったからよかったものを、他の人だったらまじで洒落にならない事態になるからな。
「肝に銘じておきます……」
決闘で負けたからか、白雪さんはヤケに素直に俺の言うことを聞いた。
こうして見ると、見た目の幼さのせいもあって雛と重なってしまう。
まぁ、雛とはこんな物騒な兄妹喧嘩をしたことはないのだが。
「女の子なんだから、あまり物騒なことはするなよ?」
「――っ。氷を、女の子扱いするなんて……変な人です……」
あまりにも素直に聞くものだから口うるさくなってしまうと、再び顔を背けられてしまった。
女の子扱いも何も、実際女の子なわけだし、別に俺は変なことを言っていないと思うが?
そう疑問に思っていると――
「よくも、私に恥をかかせたわね……?」
――絶対零度かよ、と思うほどに冷たい声が聞こえてきた。
視線を向けてみると、声以上に冷たい表情で翠玉が俺の腕の中にいる白雪さんを睨んでいる。
「――っ」
翠玉と目が合った白雪さんは、無意識にギュッと俺の胸元の服を掴んだ。
体も震えていて、少し可哀想になってくる。
「こんな幼い子を怯えさせるなよ」
「見た目が幼いだけで、歳は私たちと変わらないわよ……!」
白雪さんが不憫だった俺が翠玉に注意すると、吐き捨てるように指摘されてしまった。
そうだった、同い年だった……。
でも、怯えさせていいことにはならない。
「俺のことを見誤った、天上院さんの落ち度なんじゃないのか?」
このままでは白雪さんが酷い目に遭わされる。
そう理解した俺は、わざと翠玉を煽った。
「なんですって……?」
狙い通り、翠玉の矛先は俺へと向く。
さて、ここからどうしたものか……。
一応、白雪さんに勝ったことで交渉権を獲得することはできた。
しかし、彼女に勝った段階で、翠玉の怒りは頂点に達していたようだ。
その状態で俺の話を聞くとは思えないし、煽ってしまった今では更に難しいだろう。
もういっそ、風麗と交渉し、翠玉を止めてもらったほうがいいか?
そう考えていると――
「お姉ちゃん……氷は、いじめたらだめ……」
――こちらを睨んでいる翠玉の頬に手を添え、風麗が気怠そうにしながらも、首を横に振った。
「……そうね、少し熱くなったわ」
かわいい妹の制止により、翠玉の表情が緩和した。
熱くなったというか、むしろとても冷たくなっていたのだが、結果的に白雪さんは助かったのだろう。
風麗はかわいいものが大好きなので、雛同様、小柄でかわいらしい見た目をしている白雪さんは、お気に入りのようだ。
「立てるか?」
「あっ、はい……」
白雪さんに話しかけると、彼女はコクッと小さく頷いた。
だから俺はゆっくりと彼女を下ろすと、ポンッポンッと頭を叩く。
「よかったな、許してもらえたようで」
「~~~~~っ」
笑顔で話しかけると、白雪さんは変な声を出しながら俯いてしまった。
うん、どうした……?
「あの男、無自覚にやってるわよ……」
「なんて恐ろしい……」
「あれは、翠玉様と風麗様の怒りを買うわよ……」
「やっぱ、あいつすげぇよ……。俺たちにできないことを平然とやってやがる……」
「あぁ、間違いねぇ……落としにかかってるんだ……」
「いろんな意味で手が速いぞ、あいつ……」
何やら周りもやけにざわついている。
俺、そんなおかしなことしてないと思うんだけど……?
雛相手にだってよくすることだし……。
「――静まりなさい」
戸惑いながら周りの生徒たちを観察していると、翠玉がパンッパンッと手を叩いた。
それにより、瞬く間に一帯がシーンと静まり返る。
一瞬で全員が命令に従う光景は、まるで軍隊のような感じだ。
「何やら和んでいるようだけど、誰が終わりと言ったのかしら?」
冷静さを取り戻した翠玉は、再び意地悪くニヤッと笑みを浮かべる。
こいつ、ゲームの世界だったら絶対悪役側に生まれてるんだろうなぁ~と思うくらいには、実にいい笑顔だ。
「決着したと思うが……まだやれっていうのか?」
「その子は気絶どころか、怪我もしていない。勝ったと言うのなら、気絶くらいはさせなさい」
ふむ……心底、性格が悪い。
先程の戦いで反撃をしなかった俺を見て、白雪さんには――というより、女子には手を出さないタイプだとバレたのだろう。
意識を奪うのは簡単だが……さすがに、気が引ける。
そう俺が悩んでいると――
「なるほど……確かに、その通りではありますね」
――白雪さんは、翠玉の言葉を肯定してしまう。
まじか、この子もまだやるつもりなのか……?
と、身構えた直後のことだった。
「ですが、実力の差ははっきりとしております。それに……借りを作るのは、好みません」
彼女は微笑むと、自分の顎に手刀を入れたのだ。
「――っ!?」
俺は慌てて、崩れ落ちる彼女の体を抱き止める。
顔を覗き見ると、完全に意識を失っていた。
なんて、清々しい性格をした子なのだろう……。
あんな怯えていた翠玉の意に反することをしてまで、勝敗を重んじるとは……。
「私に逆らうなんて……!」
だけど、主である翠玉は、従者の反発を許さない。
せっかく冷めた熱が、またぶり返しているようだった。
……白雪さん、さすがにこの後のことは、考えてくれてないよな……?
どう見ても話が通じなさそうな翠玉を前にし、俺は気絶した白雪さんを抱えながら、苦笑いするのだった。
少なくとも、今の白雪さんを渡すことはできないだろう。







