第2話「主とペット」
「――それで、クラスはどんな感じなんだ?」
あれから二日が経って迎えた木曜日の放課後。
帰宅している最中に、俺は雛にクラスの様子を聞いてみた。
「えっと……思ってたよりは、よかったかなぁ……?」
「うん、微妙な答えだな」
言葉を選びながら困ったように笑う雛に対し、俺も釣られて苦笑いを浮かべてしまう。
本当なら俺が様子を見に行ければいいのだけど、A組は翠玉が自ら作り上げた女の花園だ。
男の俺が近付こうものなら、間髪容れず追い返されてしまう。
実際、初日にクラスの様子を窺ったら、すぐに翠玉が出しゃばってきて、『私に喧嘩を売ろうというのなら、買ってあげるけど?』とかなんとか脅しをかけてきた。
他の男子たちも気になるようでA組を見に行くのだけど、翠玉のお付きたちが出てきて、雑巾を思いきり男子の顔面にぶつけて追い返している。
もはや完全に男子禁制エリアの出来上がりだ。
なにげに可愛そうなのは、翠玉のせいで割を喰ったD組男子たちだろう。
A組全員が女子になるということは、当然その分男子たちに偏るクラスが出てくる。
せめて教師も均等になるように振り分ければいいものを、A組からあぶれた女子たちに気を遣ったのか、D組を男子全員にしてしまったのだ。
それにより、D組の男子たちが凄く嘆いていた。
「あのね……その、風麗さんはね、優しくしてくれるの……」
俺が火曜日の光景を思い出していると、雛がモジモジと両手の人差し指を合わせながら、上目遣いに言ってきた。
意外……というほどでもないのか。
「あれだろ、お菓子とかくれるんだろ?」
「よくわかったね……? その、『チョコ……たべる……?』とか、『ケーキ、いる……?』とか聞いてきて、何かとおやつくれるの……」
うん、そこでケーキが出てくるのがおかしいんだが、天上院姉妹は学校にケーキを届けさせるからな……。
それをおやつとして食べたり、お付きたちに配っているのだ。
「そりゃあ、去年見てきてるしな。でも、風麗が気まぐれじゃなくて頻繁にそうするのは、お付きの中でも気に入っている相手だけだよ。雛は、風麗に気に入られたんだと思う」
機嫌がいい時は他のお付きにもケーキなどを恵んでいるけれど、基本それ以外の時は対価として与えることが多い。
それなのに普段から与えてくる時は、先程雛に話した通り、風麗の中で特別視されるお気に入りになったという証だ。
特に、金じゃなくてお菓子などの甘い食べ物を与えてくるのは、お気に入り相手が多い。
そしてほぼ間違いなく、この短期間で風麗が雛に目を付けたのは、雛の容姿が理由だろう。
今でこそ目立つ容姿をした天上院姉妹がいるから騒がられなくなっているが、雛自身も容姿は飛びぬけて良く、中学時代はモテていた。
もちろん、下心を持って雛に近付いてきた奴らは俺が追い払っていたが、天上院姉妹がいなければ高校でも同じようになっていただろう。
何より、高校生の中では特に小柄なので、風麗は雛のことを小動物のように見ているんだと思う。
「気に入られてるっていうか……餌付け、されてる気分かも……?」
雛は両手の手の平を合わせながら、再度苦笑してしまう。
うん、さすがは俺の妹。
察しが良くて何よりだ。
実際、風麗は雛たちを同じ存在となんて見てはいない。
風麗がお付きの女子たちに思っているのは、『自分のペット』という感じなのだ。
だからこそ、かわいがる。
俺がそれに気が付いたのは、去年かわいがっていたよく傍にいる女子を、風麗がまるで犬のように頭や頬、顎を撫でていた時だ。
あの時の、目を細めながら妖艶な笑みを浮かべる――意味深な笑みを浮かべた風麗の顔を、俺は当分忘れられないと思う。
「それと……他の人たちの目が、怖い……」
「あぁ、まぁ……風麗のお気に入りポジションなんて取り合いだし、多分今は一番雛に構ってるんだろ? それに嫉妬してるんだと思う」
去年も、風麗のお気に入りポジションを巡った女子たちのドロドロ具合はやばかったからなぁ。
まぁ彼女に気に入られれば、将来安泰が約束されるようなものだし、必死になるのもわからなくはない……が、俺は嫌だな。
「でも、翠玉はそうでもないだろ?」
「うん、無関心っていうか、無表情でジッと私と風麗さんのやりとりを見てるだけだよ。でも……なんでかわからないけど、いつも風麗さんは翠玉さんの膝の上に横向きで座ってて、翠玉さんはずっと風麗さんの頭や頬を撫でてるけど……」
知ってる。
それも去年ずっと見た光景だ。
周りは『尊い!!』や『目の保養!!』などと盛り上がっていたが、俺としてはイチャイチャする場所くらい考えろ、という感じだった。
「翠玉にとって、風麗が人生の全てみたいな感じだからな。気にするだけ無駄だよ。俺たちには理解できない世界だ」
「そっか……」
一応納得したらしく、雛はなんとも言えない表情で頷く。
雛からしたら、翠玉に無表情で見つめられてるのが怖いんだろうな。
いったい何を考えているのか、わからないから。
「お使いに行かされたりとかはしないのか?」
「うん、今のところはないかな。むしろ……風麗さんに、『○○いる?』って聞かれて、下手に頷いちゃうと……他の誰かが買いに行かされるから、困るっていうか……」
「だよなぁ。まぁ、うまく合わせておくほうがいいよ。雛からしたら他の人を使い走りにされるのは嫌だろうけど、あまり断ると、それはそれで風麗の機嫌を損ねるから」
あの子の考えは、ペットに餌を与えるのが幸せ、という感じだから、そこを拒絶するのはあまり良くない。
風麗に『こいつ、かわいくない』と思われたら、正直終わりだ。
「でも……」
「買いに行かされた奴は対価としてお金やお菓子をもらったりするから、いいんだよ。一方的な関係じゃないんだから。それに、買いに行く役も取り合いしてるだろ?」
「うん……」
雛にはパシリみたいな役を自分から買って出る気持ちがわからないようで、困惑しながら頷いた。
そういう奴らは、風麗に気に入られるために自ら買いに行くのだ。
しかし――風麗は、そんな浅はかな人間を好まない。
パシリを買って出れば出るほど、風麗の中では株が下がり、体のいい使いぱっしりになるだけだということを、彼女たちは気が付いていないのだ。
「みんなやりたがっているんだから、気にしなくていいんだよ。今気に入られてるなら、風麗に合わせておけばいいから」
今の俺に言えるのは、雛が下手に風麗たちの怒りを買わないようにするアドバイスだけだ。
同じクラスなら、もっとうまく立ち回らせてあげられるが……別のクラスになるとフォローができないので、これが限界だった。
そんなふうに天上院姉妹のことで話をしていると、あっという間に家に着いたのだけど――
「二人とも、お帰りなさい。待っていたわよ」
――思わぬ来客が、玄関で待ち構えていた。
「真莉愛さん……」
既に家の中に入り、玄関に座って待っていたのは、金色と白色の髪が頭の中心で左右に別れるようにして生えている、二十代くらいに見える碧眼の超絶美女だった。




