第17話「因果応報の引き金」
「「……っ」」
翠玉と風麗は、俯いてダラダラと汗を流し、ガクガクと体を震わせるだけで、何も言おうとしない。
いや、あまりの恐怖に口を開けずにいる、といったほうが正しいか。
俺以上に真莉愛さんのことを恐れているようだけど、歳の離れた従姉妹――もしくは、姪っ子だったりするんだろうか?
同じ屋敷に住んでいるみたいだしな……。
それならば、真莉愛さんのヤバさを身に染みてわかっており、怯えるのもわかる。
真莉愛さんが俺の名前を親しげに呼んだことと、俺からも親しげに話しかけたことで、繋がりがあることはもうあの二人もわかっているだろうし。
「俺のほうから説明します。学校で彼女たちと揉めてしまい、話をつけに屋敷に来ていた感じです」
まず俺は、簡潔に事実だけを伝える。
あまり長く説明すると、機嫌を損ねかねないからだ。
「英斗君が、あの子たちと揉め事ね~? そう、翠玉が何かしたのね~?」
真莉愛さんは手首の甲を顎に添えながら、舐るように視線を翠玉に向ける。
そのせいで、翠玉の体はビクッと跳ね、ただでさえ大量だった汗が、さらに増してしまう。
なんなら、もう何も言わないでくれ、という感じで縋るように俺の顔を見つめてきた。
知るか、自業自得だ、と思いながら俺は翠玉の視線をスルーする。
「どうしてそう思われたのですか?」
「決まってるでしょ~? 賢い英斗君が、自らあの子たちに喧嘩を売ることはないもの~。そんな愚か者に、育てたつもりはないわ~。風麗も、めんどくさがり屋さんで、争いごとは好まないし~。何よりあの子なら、何も知らなくても、英斗君のような子を敵に回すことはしない~。となると、原因は一人しかいないわよね~?」
うん、このネチネチ具合。
その上殺気を放ちながらするものだから、翠玉や風麗が怯えるのも無理はない。
なんなら、今回何も悪くない俺までも、胃がキュッとなるくらいだし。
「お、お母様は、彼とどのようなご関係、なのでしょうか……?」
追い詰められた翠玉は、なんとか真莉愛さんの気を逸らそうと、彼女に質問をした。
――って……。
「お母様!?」
翠玉の衝撃的な言葉に、俺はまたもや勢いよく真莉愛さんを見てしまう。
逆に真莉愛さんは、《余計なことを……》と言わんばかりに目を細め、翠玉を見据えた。
おかげで、すぐさま翠玉は俯いてしまう。
「英斗君にしては、にぶいわね~。見た目も似ているし、ここが私の屋敷という時点で、わからないと駄目よね~? これは、久しぶりにお仕置きかしら~?」
まるで、翠玉に対する憤りがこっちに向いたのではないか、と思うほどに、ナチュラルにお仕置きを切り出されてしまった。
いや、確かに翠玉は前髪の一部が白髪で、残りは金髪。
逆に風麗は前髪の一部が金髪で、残りが白髪。
そして、真莉愛さんは五対五の割合で金髪と白髪だ。
その上、二人共のオッドアイの片側である瞳は青――真莉愛さんと同じく、碧眼だ。
何より、浮世離れした美しさを引き継いでいる。
そこまで容姿の情報があり、かつ超大金持ちで、同じ屋敷に住んでいる。
それで気付かないのは愚かだ、と言われても仕方がないかもしれない。
だが、俺だって言い分はある。
「待ってください……! 真莉愛さん、後継者が必要だから俺を引き取ったって言いましたよね……!? しかも、独身みたいなこともほのめかしていた気が……!」
この人のお仕置きはまじで洒落にならず、たとえば小学生の頃に受けた熱湯に放り込まれることや、ポチのような熊と闘わせられるくらいなら、今の俺にとっては問題ない。
だけどこの人は、ちゃんとそれが今の俺のお仕置きにならないとわかっているので、今の俺に対してお仕置きになるものをわざわざ用意するのだ。
だから心底、この人のお仕置きは受けたくない。
もう今になると、いったい何をされるのか想像すら付かないし。
「別に、後継者が必要だからって、子供がいないことにはならないわよね~。それに~、あなたを引き取る頃にはもう、夫には先立たれていたから~、独身みたいなものだし~?」
真莉愛さんはそう言ってくるが、絶対わざと昔の俺が勘違いするように言っていた気がする。
この人ほどしたたかな人を、俺は知らないからな……。
「さて、翠玉の質問だったわね~。この英斗君は、私が目を掛けて引き取り~、昔からたいせ~つに、育てていた子よ~」
その言葉だけで、翠玉は絶望する。
つまり、母親が目を掛けていた少年に、自分は喧嘩を売ってしまったのだと。
なんなら、その妹も母親が引き取った子のはずで、そんな子に対して――という感じだろうか。
心中おだやかじゃないだろうな。
ご愁傷様。
「それにしても、英斗君も英斗君ね~。いくら雛ちゃんを傷つけられたからって、天上院財閥に単身乗り込むのは、迂闊すぎない~?」
翠玉を追い詰めていた真莉愛さんの矛が、突然俺に向いてしまう。
まぁ俺が乗り込まなかったら自分の計画が壊されることもなく、ましてや世界でも有名な大手財閥を相手に、一人で乗り込むのは馬鹿げている、というお叱りなのだろう。
とりあえずわかったのは、この人が半ギレなのは自分の計画が壊されたからじゃなくて、おそらく雛を傷つけられたからだ。
俺が説明していないのに、雛の件だと知っている時点で既に情報を得た上でここにいる。
そしてその情報源は、この屋敷にいたメイドや執事ではなく、間違いなく白雪さんだ。
彼女が時間を稼げと言った理由は、真莉愛さんの到着を待てということだったんだろう。
俺の名前を聞いて驚いていたのも、俺と真莉愛さんの関係を知っていたからだ。
その上で、真莉愛さんが意図的に天上院財閥の人間であることや、翠玉たちのことを隠しているから、白雪さんは理由を俺に言うことができなかったんだと思う。
それにしても――雛のことを俺と同じくらいかわいがっている真莉愛さんなら、雛があんな目に遭わされた以上、もっとキレそうなのにな……。
「まぁ、俺もこんなことになる前に、穏便に話をつけたかったんですが……雛のあられもない下着姿の写真を撮られた以上は、消させないといけなかったので……」
そこまで言った時だった。
一瞬にして、ここが大浴場だと思えないほどの冷気に包まれたのは。
「は……?」
見れば、冷笑しながらネチネチ口撃していた真莉愛さんの表情から完全に笑みが消え、雪女がいたらこんな感じなのかな――と思うほどに、冷酷な表情に変貌していた。
直後、俺は自身の失言に気が付く。
いや、普段なら俺はもっと早くに違和感に気付き、この後のことを考えてもう少し言葉を選んだだろう。
しかし、やはり体の熱で頭がちゃんと回っていなかったらしく――怒らせてはいけない人を、ガチギレさせてしまった。
――そっか、そういうことか……。
そうだよな、翠玉たちを主だと崇めている白雪さんが、こんなこと言えるはずがないよな……。
言えば、翠玉たちがどんな目に遭わされるか、あの聡い子がわからないはずがないのだから。
つまり、雛の写真の件を、真莉愛さんは白雪さんからも聞いていなかったのだ。
なんなら、雛に水をかけまくっていたことに関しても、誤魔化している節すらある。
俺は血の気が引いたようにへたり込む双子姉妹を横目に、自業自得とはいえ、さすがに同情するのだった。







