第15話「第二の試練」
「くっ……! どんな手品を使ったのよ……!」
まさか闘わずして負けるとは思っていなかった翠玉は、悔しそうに俺の顔を睨んでくる。
手品も何も、殺気をぶつけて脅しただけなのだが……意外と勘が鈍いな?
もっと煽って余裕を無くすか――そう思った時だった。
「むぅ……!」
子供のように頬を膨らませた風麗が、俺の腕をペチペチと叩いてきたのは。
「ど、どうした……?」
普段のやる気のなさが鳴りを潜め、プンプンと怒っている風麗に対し、俺は苦笑しながら聞いてみる。
「ポチを怯えさせた……! 怖がらせた……!」
「い、いや、怪我させるよりマシだろ!? 倒してしまってもよかったのか!?」
「もう少し殺気を抑えるか、軽く気絶するくらいにしてくれるのが一番だった……! あんなに怯えさせたら、一ヵ月くらい出てこないかもしれない……!」
いつものんびりと喋っているのが嘘かのように、饒舌になって怒ってくる風麗。
やっぱりぶっ倒さなくてよかったと、心底思った。
「無茶言うな、そんなうまく調整できるわけないだろ……!?」
「それでもやるの……!」
うん、この子やっぱり翠玉の妹だ。
無茶ぶり具合が半端ない。
というか、真莉愛さん味すら感じる。
「……ちょっと、二人だけで盛り上がらないの……! まだ勝負は終わってないんだからね……!」
ペチペチからポカポカに変えて俺の胸を叩き始めた風麗に翻弄されていると、入口まで逃げていた翠玉が慌てたように戻ってきた。
風麗と俺がじゃれているように見えて、風麗を取り戻しにきたのだろう。
「風麗、別の猛獣を呼ぶわよ。今度は――」
「…………」
翠玉が気を取り直して再戦しようとすると、頬を膨らませて若干涙目になっていた風麗が、拗ねたようにジト目を翠玉に向けた。
あっ、これ……まじで怒ってるやつだ。
それだけ、ポチと一ヵ月くらいじゃれ合えなくなったのが、気に入らないらしい。
「……もう決闘はいいかしら……。別のことで勝負を付けるわよ、愛真君……」
翠玉はダラ~ッと冷や汗を流した後、取り繕うような笑みを浮かべた。
もちろん、俺にではなく、風麗に対してだ。
これ以上風麗のお気に入りを傷つけるのはまずいと理解し、別の手段に出るらしい。
「先程勝った時点で、決着しているんじゃないのか?」
「誰も、一回勝負とは言ってないでしょ……! いいから来なさい!」
翠玉は俺の抗議をまともに受け止めず、さっさと一人で歩いて行ってしまう。
終わりの見えない勝負ほど無意味なものはないが、白雪さんから時間を稼げと言われている。
時間を稼いでいれば、その理由もわかるということだが――もしかしたら、翠玉が先に風麗を完全に怒らせる、ということだろうか?
だからそこまで粘れ……という感じか?
だけど、動物関係以外だったら他に風麗を怒らせるものはなんだ?
それがわからない。
俺は移動の間も思考を巡らせ、答えが何かを探す。
もちろん、道中の罠への警戒も劣らず――次に連れてこられたのは、大浴場だった。
「風呂……?」
いったい翠玉が何を考えているのかわからず、俺は彼女に怪訝な視線を向ける。
「仁美と連絡が取れたわ。すぐに準備するから待っていなさい」
どこかに電話をしているな、と思ったら、見つからない従者に電話をかけていたのか。
まぁ辺りにいないのなら、電話をかけるしかないが……。
それにしても、ほんとメイドさんたちはどこに行ったんだ……?
「――ここにいますよ?」
「――っ!?」
突然背後から声がし、俺は勢いよく飛びのく。
そこにいたのは、白雪さんのお母さんだった。
「私に背後を取られるなんて、気を抜きすぎではありませんか?」
ニコッと笑みを浮かべながら、ダメ出しをしてくるお母さん。
確かに翠玉と考えごとに気を取られていたが、それにしても気配を完全に消されでもしない限り、背後は取られないぞ……?
この人、まじで忍者じゃないのか……?
「さすが早いわね、仁美。例のものは?」
「こちらに」
お母さんに気が付いた翠玉が尋ねると、お母さんは男ものの水着をメイド服のポケットから取り出した。
もしかしなくても……?
「湯加減は現在調整中です。愛真様は、こちらへとお着替えください」
またもや、素敵な笑みで冗談かと思うようなことを言ってくるお母さん。
俺は水着を受け取り、すぅ――っと息を吸い込んだ。
「お前、まじで馬鹿なのか……!?」
そう怒鳴った相手は、当然翠玉だ。
何しに今からお風呂に入らないといけないんだ!
しかも、同級生の女子の風呂に!!
「うるさい……」
浴室というのもあり、俺の声が反響したせいで風麗が眉を顰めてしまう。
白雪さんのお母さんなんて、笑顔のまま黒いオーラを放っていた。
でも、俺だって文句を言いたくなる時はあるのだ。
「何を勘違いしているのか知らないけど、ただお風呂に入れるわけがないでしょ? いいから着替えてきなさい。話はそれからよ」
なぜか、また強気な態度に出ている翠玉。
まぁなんとなく彼女が何をするかはわかるが――もう帰って、天上院財閥にツテがある真莉愛さんを頼ったほうがいい気がしてきた。
雛の写真さえ消せれば、後は好き放題できるのだし。
まぁでも――白雪さんのお母さんが、逃がさないと言わんばかりの視線を向けてきているので、それも難しそうなのだが。
とりあえず時間を稼ぐ必要がある俺は、言われた通り水着に着替え――戻ってくると、俺の体を見た風麗が『んっ……』と、何やら満足そうな表情をした。
翠玉は、『思った以上に、しっかりした体付きね……』と何やらボソボソ呟いていたが、人の体をジロジロ見るのはやめてほしい。
「それで、何をしようっていうんだ?」
俺はなんとなくこの後の展開がわかりながらも、翠玉に尋ねる。
「現在この水温は70℃に設定されているわ。それに三十分耐えられたら、あなたの妹の写真を消しましょう。でも――できないっていうのなら、土下座しながら泣いて詫びなさい」
腕を組んで勝ち誇った笑みを浮かべる翠玉は、堂々とした態度でそう言ってきた。
つまり、どうしても俺を土下座させて謝らせたいらしい。
はぁ……また、これか……。
熊といい熱湯といい、嫌なものを思い出すからいい加減にしてほしいんだが――。







