第14話「熊の倒し方」
「おま、ふざけんなよ……!? 犬みたいな名前付けといて、どう見ても熊じゃないか……!」
俺はすぐさま、翠玉に文句を言う。
どこの馬鹿が、日本で熊を家の中で飼ってるんだよ!
普通にあり得ないだろ!
「誰も犬なんて言ってないもの」
「だからって熊と人を闘わせようとするな、普通に死ぬだろ……! あと、何一人だけ逃げてんだよ!?」
熊が出てくるや否や、翠玉は地下室の入口へと逃げていた。
かわいい妹を残して一人安全圏に行っているのだが、ここまで性格が腐っているとは驚きだ。
「お姉ちゃん、動物嫌いだから……」
風麗は風麗で、翠玉の様子を気にしていない。
いや、あれ嫌いなんじゃなくて、間違いなく怖いんだと思うぞ?
ガクガクと足が震えているし。
そう心の中でツッコミを入れていると、風麗は何事もないように熊――ポチに近付く。
「ポチ、おすわり」
「わぅ!」
風麗が指示を出すと、ポチは犬のような鳴き声を出し、ペタンッとお尻から座り込む。
「ポチ、おて」
「わぅ!」
そして、風麗が手の平を天に向けながら右手を差し出すと、ポチは優しく風麗の手の上に自分の右前足を重ねた。
「…………」
黙って見守っていると、風麗は『どやぁ』と言わんばかりのドヤ顔を俺に向けてくる。
ペットの芸を披露できて、ご満悦のようだ。
珍しい表情だけど、素直にかわいいと思う。
「驚いた? その熊は色を見てわかる通り特殊でね、自分を倒した人間の言うことを聞く習性があるのよ」
風麗のドヤ顔に癒されていると、翠玉の耳障りで自慢気な声が耳に入ってきた。
わざわざ説明されなくても、知っているんだが……。
なんせこの熊、真莉愛さんの研究所で生みだされた熊だし……。
確か発端は、養蜂場で飼っている西洋ミツバチを、スズメバチからどうにかして守りたい、という話からだった。
スズメバチは人間からしても危険な存在で、それならば天敵である熊を小型で生みだし、スズメバチの巣を駆逐するようにしよう――となったのだ。
だからこの熊は肉を食べず、主食はスズメバチの幼虫と蜂蜜、笹だった。
ミツバチを守るのに、蜂蜜を主食にしてしまっているのは、養蜂場で獲れた蜂蜜でこの熊を餌付けするという狙いがあるらしい。
だけどそれだけでは、スズメバチどころかミツバチも襲ってしまう危険があるということで、習性として追加されたのが、自分を倒した者の言うことは絶対聞く――要は、強者には絶対逆らわない、というものだった。
つまり風麗は、この熊を倒して手懐けたのだろう。
ちなみに、じゃあなんで本来一メートルくらいの予定だった熊が、倍ほどの全長になっているのかというと――そこまで言うことを聞かせることに成功したのなら、イノシシ対策にも使えるんじゃないか、という話が上がったらしい。
確かに、イノシシに困らされている農家もいるとは思うが――あんまりホイホイと、危険な動物は生みださないでほしいものだ。
ただでさえ昨今、熊が街中に出るようになった――というニュースがよくテレビで流れているのに。
もちろん、この熊たちではないのだが。
そういえば昔確か、物好きな金持ちが、金庫を守る金庫番にしたいということで、この熊をほしがってるって真莉愛さんが言ってたっけ?
やっぱり、天上院財閥とも繋がりがあったんだな、あの人……。
「風麗がどうやって倒したのか気になるが――偉そうにしているお前は、倒せなかったのか?」
先程からうるさい翠玉に対し、俺はあえて挑発してみる。
すると、すぐに顔を赤くし――
「うるさいわね、私は別にそんな熊に興味ないのよ……!」
――言い訳をして質問から逃げた。
興味ないと言っているが、単純に闘うのが怖かっただけだろうに。
「氷もそのポチは倒してるからね、氷を倒せたあなたなら倒せるでしょ?」
俺が煽ったからか、今度は翠玉がニヤニヤとしながら煽り返してきた。
まぁ倒せるか倒せないか――と聞かれれば、倒せるんだが。
少なくとも、ヒグマを相手にするよりとても楽だ。
なんせ――人間が倒しやすいように、この熊は明確に弱点を持って生まれるよう、遺伝子操作されているのだから。
「どうしたの? 怖くて足がすくんじゃったのかしら?」
何やら後ろにいる翠玉がうるさいが、俺はチラッと風麗を見る。
先程のドヤ顔といい、今も嬉しそうにポチの毛を撫でている表情といい、ここでポチを倒そうものなら、風麗がキレる気がする。
翠玉にポチを貸してと言われて風麗が少し嫌そうにしたのは、ポチを傷つけられたくなかったからだろう。
「ねぇ、どうしたの? 怖いなら怖いって言いなさいよ。今なら泣きながら土下座で謝罪をしたら、許してあげるわよ?」
――と、まだうるさい翠玉は無視し、俺はどうするか悩んでしまう。
この熊は通常の熊と違い、頭蓋骨が薄めで、頭の作り自体も衝撃に弱いようにできている。
頭の肉はスズメバチ対策で分厚いままだが、強い一撃を頭に入れれば一発でノックアウトできるのだ。
つまり、白雪さんが俺にしたように下に注意を引き付けた後、上に飛んで回し蹴りを頭に入れればいいだけなのだが――それをしたら、熊が伸びてしまうし、力加減を間違えると熊の命に関わってくる。
翠玉をビビらせるために即行倒してしまうのもありだが、この熊を倒す実力を持つ風麗をキレさせるのは厄介だ。
ここは、なるべくリスクを取らないほうでいくか。
「ねぇってば――」
「なぁ、逃げたら負けってことになるのか?」
「は……?」
振り返って翠玉に尋ねると、翠玉はキョトンとした表情で首を傾げる。
俺の質問が予想外だったようだ。
そして、質問の内容を理解すると、俺を馬鹿にしたように口角を吊り上げる。
「当然でしょ? 敵前逃亡なんて、負けに決まってるじゃない」
「なるほどなぁ」
確認を終えた俺は、再度ポチと向き合う。
ポチは風麗に気を取られていたが、俺が歩み寄ると、自分の縄張りに入ることは許さない、と言わんばかりに威嚇をしてきた。
「ちょっと、本当に闘うつもりなの!? 氷に勝ったからといって、その熊は訳が違うわよ!?」
俺がポチと闘う姿勢を見せると、途端に翠玉は慌て始める。
まさか、熊を前にして本当に闘おうとするとは思わなかったんだろう。
土下座し、みじめに謝る俺を見たかっただけのようだ。
慌てているのはおそらく、翠玉もこの熊の弱点を知っていて、白雪さんはその弱点を突いたからこそ勝っただけで、弱点を知らない俺には勝てないと思っているんだろう。
「ねぇ、聞いてるの!? 本当に死ぬわよ!?」
「黙ってろ」
俺は短く返した後、意識を集中させる。
そして――本気の殺気を、ポチにぶつけた。
「きゃんっ!?」
殺気をもろに受けたポチは、またもや犬のようなかわいい鳴き声を出し、勢いよく森へと帰っていった。
それを見ていた翠玉は、ポカーンと口を開け、呆然としている。
何が起きたのかわからない、という感じらしい。
まぁ、種明かしをすると――あの熊は、本能で命の危険を感じると、逃げる習性があるのだ。
実際、真莉愛さんが俺と共に研究所に顔を出すと、そのたびに熊たちは逃げ回っていた。
今回はその習性を利用させてもらっただけの話だ。
「ふぅ……ポチは敵前逃亡したわけだから、俺の勝ちだな?」
ポチが戻ってこないことを確認した俺は、あえて満面の笑みを翠玉に返してやるのだった。
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