第13話「最高のおもてなし」
「――お待ちしておりました」
電車とバスを使って目的の屋敷に着くと、水色の髪を長くまっすぐと下ろす、綺麗なメイドさんが裏門の前で待っていた。
白雪さんに雰囲気が似ているというか、顔付きも似ているので、彼女のお姉さんかもしれない。
「初めまして、愛真英斗申します。風麗さんと面会の約束をしております」
「ご丁寧にありがとうございます。氷の母、白雪仁美と申します。娘がお世話になっているようで」
「あっ、白雪さんのお母さんなんですね――お母さん!?」
美しい所作で頭を下げられた俺は、違和感に気が付くのにコンマ数秒遅れ、我に返った際に思わず聞き返してしまう。
いや、だって……どう見ても、二十前半くらいにしか見えないぞ……!?
「そうは見えませんか?」
「えぇ、まぁ……てっきりお姉さんかと……」
「ふふ、愛真様はお口がお上手ですね」
いやいや、お世辞じゃないって!
まじでお母さんには見えないから!
なんなら、十代後半って言われたって信じるくらいだし!
真莉愛さんもそうだけど、美人って老けない法則でもあるのか!?
翠玉にどう仕返ししてやろうかで頭がいっぱいだったはずなのに、俺は衝撃的な事実にいろいろと頭から飛んでしまう。
――まぁ、白雪さんは年齢の割に小学生でも通じそうな童顔だったし、順当と言えば順当なのかもしれないが。
「…………」
「――っ!?」
突然、お母さんの目が氷のように冷たくなる。
ジッと俺を見つめているだけなのに、細められた瞳は言いようのない寒気を俺に与えてきた。
あっ、これあれだ。
真莉愛さんの系譜で、心を読むタイプの人だ……。
血は繋がっていないと思うし、彼女たちに接点はないはずだが、同じ雰囲気を感じるので間違いない。
そう理解した俺は、慌てて笑顔で取り繕っておいた。
「お話は窺っております、どうぞ中へ」
白雪さんが言ったように、お母さんはすんなりと俺を敷地へ入れてくれる。
門の中は馬鹿みたいに広い庭となっているが、俺は彼女の後ろを黙って付いて歩く。
ここからは何が起きても不思議ではないので、慎重に行かないと……。
そういうふうに警戒をしながら敷地内を歩く俺だが――なぜか、すれ違うメイドや執事の人たちに、悉く頭を下げられてしまう。
俺を襲ってくるどころか、こちらに敵意や殺気を向ける様子もないので、本当にただ俺は翠玉たちが待つところへ案内されているだけのようだ。
そして――
「こちらが、翠玉様と風麗様のお部屋になります」
――何事もなく、彼女たちの部屋の前へと通されてしまった。
おいおい……スムーズすぎて、逆に怖いぞ……?
「あの――」
あまりにも不気味なので、俺はここまで案内をしてくれたお母さんに声を掛けて、怪しいところがないか探ろうとする。
しかし――既に、お母さんは姿を消していた。
「忍者かよ……」
さすが、白雪さんのお母さんというところか。
俺が扉や周囲に罠がないか気を配っている間に、音もなく去ってしまったようだ。
道中後ろを歩いていても一切隙が見当たらなかったし、あの人も相当強い。
なんなら、白雪さんがかわいく見えるレベルだと思う。
「さて……来てしまったものは仕方がないし、入るか」
ここからが本番なので、気持ちを切り替えた俺は一応の礼儀としてドアを三度ノックする。
――だが、中から返答はなかった。
黙って入ってこい、ということなのだろう。
「どこまでもお高く留まってんなぁ……」
そっちがその気なら――と、あえて俺は殺気を垂れ流しながらドアを開けた。
すると――
「は……?」
――風麗を膝に乗せてお高そうなソファに座り、彼女にこれまた高級そうなプリンをあ~んしながら食べさせていた翠玉が、俺を見るなり固まってしまった。
うん、なんでこいつ、こんなくつろいでるんだ……?
見れば、風麗も固まっているし……。
「なんで、いるのよ……?」
どういう状況だ、と思って二人を見つめていると、翠玉は固まった姿勢のまま、俺に尋ねてくる。
「いや、こいって言われたから来たんだが……」
「…………」
正直に答えると、翠玉は訝しむように目を細める。
額には、ほんのりと一筋の汗が垂れた。
「そう……さすが、氷を倒しただけはあるってことかしら? 配置した罠や刺客を、こうもあっさりと潜り抜けてくるなんて」
翠玉は風麗を膝からおろした後、強者ぶるかのように俺のことを讃えてきた。
いや、潜り抜けたも何も、フリーパスだったが?
なんならここまで案内されてきたわけだし。
いったいどういうことだ――と怪しむ俺だが、とあることに気が付く。
そうか……翠玉にわからないよう、風麗が手を回していてくれたんだな。
教室の時、俺は翠玉に実力の底を見せていない。
だから、俺に負担がないようスムーズに通れるようにしても、翠玉は気が付かないと風麗は考えたわけだ。
使用人たちに翠玉が聞いてしまうとバレることではあるが、風麗が先に口封じをしていれば問題ない力関係なのだろう。
まったく……風麗のやつ、演技がうますぎるだろ。
俺まで騙されてしまったじゃないか。
そこまで理解した俺は、再度殺気を放つ。
「何を余裕こいてるんだ? 俺がここまでこれた今、自分がどういう状況かわかっているんだろ?」
現在翠玉からすれば、俺は得体の知れない存在のはずだ。
なんせ、自分が手配したはずの罠や刺客をものともせず、短時間でここまで辿り着いたように映っているのだからな。
そうなれば、交渉もしやすい。
「あなたこそ、わかっているの? こちらにはあなたの妹の画像データがある。攻撃してくれば、世界中に広めてやるわよ?」
「なるほどなぁ……」
強気でこちらを見下す翠玉に対し、俺は床を蹴り上げる。
「――で、お前は学習能力がないのか?」
俺は一瞬で翠玉との間合いを詰め、翠玉の右腕を自分の左腕で掴み上げた。
「いたっ……!」
ギュッと握ったことで、翠玉は顔を歪めてしまう。
だけど、俺は気にせず言葉を続けた。
「お前たちがネットに放出する前に、ここで仕留めれば問題はないよな? 死人にどうやって操作をすることができるんだ?」
「――っ」
俺の左手をどうにか放そうとしていた翠玉は、俺の顔を見るなり瞬く間に青ざめてしまう。
この男は本気だ――俺の表情と殺気で、そう思い込んだのだろう。
しかし――。
「……そう来ると思って、もし私たちが指定の時間までに何も連絡しなかったら、雛のデータを拡散するように指示してる……。だから、お姉ちゃんの手を放して……」
このまま翠玉を脅してデータを消させよう――そういう感じでやっていたのに、俺の殺気を『本気』と捉えたのがもう一人いたらしい。
風麗は、スマホを手に取り、俺の顔を睨んできた。
「……ブラフは俺に通じないぞ?」
「ハッタリかどうか、試してみる……? その時にはもう、手遅れになるけど……」
ほぼ間違いなく、これはブラフだろう。
翠玉ならまだしも、雛のことを大切にしている風麗がそんな指示を出すはずがない。
おそらく、雛の下着姿を撮ってしまったことで、俺との一線を越えてしまい、俺が完全にキレて暴走していると、風麗は考えているのだろう。
だから、裏では協力関係であるにもかかわらず、俺の殺気を本気と捉えた。
当然俺は、こんな馬鹿のために人生を棒に振ったり、雛を悲しませるようなことをするつもりはないので、殺す気はないのだが……それをここで風麗に言ってしまえば、翠玉への脅しが効かなくなる。
さて、どうしたものか――。
「……氷に勝ったら、話を聞いてあげる約束だったわね……? 私の出す試練を乗り超えることができたら、あなたの妹の写真は全部消そうじゃない……」
意外にも、打開案を提示してきたのは翠玉だった。
我が身大事さ故か、それとも勝算があるのか。
このまま風麗とぶつかるのは得策ではないし、白雪さんから翠玉の無理難題で時間を稼げと言われているのもあり、俺の答えはすぐに決まる。
「いいだろう。その試練とは?」
「そうね……まずは、ポチに勝ってもらおうかしら……?」
ポチ?
定番のドーベルマンか、シェパードあたりと戦えとでも言う気か?
翠玉の呼んだ名前から犬を連想した俺は、少し迷ってしまう。
犬を蹴ったり殴ったりしたら、動物愛護団体が黙っていないぞ……。
というか、普通に俺の良心が痛む。
「風麗、ポチを借りるわよ?」
「……わかった……」
俺が悩んでいると、翠玉は無言の肯定と捉えたのか、勝手に話を進めてしまう。
ていうか、お前の犬じゃないんかよ。
と思ったが、こいつに言ったところで仕方がない。
少し、風麗が不服そうなところが気になるが。
「来なさい」
俺が手を放すと、翠玉は偉そうに先頭を歩き出す。
その後ろに付いていくと、彼女は下へ下へと降りていく。
「――誰もいない……うちのメイドたちをどこにやったのかしら……?」
「いや、知らないけど……」
「そう、とぼけるのね……」
正直に答えたのに、翠玉は舌打ちをしてしまう。
本当に知らないのだが、彼女は俺が倒した後に、どこかに監禁したと考えたようだ。
そんな手間なこと、するはずがないのに。
……それにしても……まじで、誰もいないな……?
広い屋敷とはいえ、誰ともすれ違わないのは奇妙だ。
翠玉たちの部屋を目指している時は、あんなに人とすれ違ったのに。
風麗でさえ、奇妙そうにしている。
「――着いたわ」
地下――というには、あまりにも緑豊かな大地となっているところに、俺は連れてこられてしまった。
まるでジャングルのような場所で――こんなのを屋敷の地下に作るなんて、大金持ちってやっぱり変わってるなぁ……。
「ポチ、おいで……」
風麗は服の胸元の下に入れていた銀色の笛を取り出すと、それを弱く吹いた。
こんなに広いのだから、もっと強く吹かないと聞こえないんじゃ?
と思っていると、ガサゴソと音が聞こえてくる。
どうやら、ちゃんと聞こえたようだ。
しかし――俺は聞こえてくる音の大きさに、違和感を抱く。
ん……?
ちょっと待てよ……。
これ、もしかしなくても……?
そう考えている間にも、音は段々と近くなり――姿を現したのは、全身が蜂蜜のように黄色い、全長二メートルの熊だった。
うん――ば・か・か!







