第1話「学校の女王様」
この世には、逆らわないほうがいいものが存在する。
生徒にとっての先生、会社員にとっての上司、執事にとっての主……エトセトラ。
だが、そういった立場での関係であれば、犠牲を払うこと――立場を失う覚悟で臨めば、逆らうこともできるだろう。
本当に逆らっては駄目なものは、権力と金を持つだけでなく、人としてやばい奴だ。
広いこの世界には、稀にそんな奴が実在する。
そして、俺――愛真英斗にとっては、身近に存在していた。
◆
「――うぅ……今年も、お兄ちゃんと別のクラス……」
本日、二年生へと進級をした俺の隣で、同じく二年生へと進級をした双子の妹の雛が、残念そうにガクッと肩を落とした。
雛は身長148cmという小柄な、俺にとって目に入れても痛くないほどにかわいい甘えん坊の妹だ。
俺としても雛と同じクラスになりたかったが、実の兄妹ということで一緒のクラスになれたことは一度もない。
私立とはいえ、その辺の融通は利かないのだろう。
……通常であれば。
「まぁ、仕方がないさ。雛のクラスはどこだろうな?」
たまたま目の前に貼ってあった、Bクラスのクラス分けの紙に俺の名前があっただけで、他の三クラスの紙はまだ見ていない。
できれば隣のクラスであってほしいが……。
「――あっ……」
とりあえず、Aクラスから順にクラス分けの紙を見てみよう。
そんな軽い気持ちでAクラスを見に行った雛は、Aクラスの紙に自分の名前があることを見つけた。
しかし、先程漏れたのは『あった!』という、明るい感情の声ではない。
絶望に近い、負の感情を含んだ声だった。
「どうした?」
「……天上院さんたちと、同じクラス……」
「まじか……」
震える手で紙を指さす雛を横目に紙を確認してみると、そこには『天上院翠玉』、『天上院風麗』という、この学校において絶対に関わってはいけない二人の名前が書かれていた。
簡潔に言えば、すべてにおいてヤバイ奴ら、という感じだ。
「お兄ちゃん、どうしよ……!?」
まさか天上院姉妹と同じクラスになると思っていなかった雛は、泣きつくように俺の顔を見上げてくる。
さすがにこればかりは同情する……。
代わってやれるなら、代わってやりたいところだが……そもそもこのクラス、ちょっと待てよ……?
「男子の名前、なくないか……?」
「えっ!?」
俺が呟いた言葉を聞き取った雛は、驚いたようにクラス分けの紙へと視線を戻す。
学年全員の名前を把握しているわけではない。
むしろ、知らない名前が結構多い。
それでも、男子らしき名前は見当たらなかった。
「――あら、気が付いたのね。いつもボーッとしているから、気が付かないと思ったわ」
突然、背後から聞こえてきた氷のように冷たい少女の声。
振り返ると、前髪の一部だけが白色で、それ以外は全て金色に輝く髪を風に靡かせる、ロングストレートヘアーの美少女が、濁ったように暗い赤と青の瞳で俺たちを見下すように目を細めながら見つめてきていた。
学生にもかかわらず、ある意味この学校の支配者になっている、天上院翠玉だ。
その左腕には、翠玉に甘えるように抱き着いて彼女の肩に頭を乗せている、妹の風麗がくっついていた。
風麗のほうは、翠玉と反対で、前髪の一部が金色で、それ以外は全て白色に染まった髪をしている。
瞳も右目が赤、左目が青の翠玉の鏡写しみたいに、風麗は右目が青、左目が赤のオッドアイだ。
ちなみに髪型はボブヘアーで、双子といっても丸々同じというわけではないようだった。
……胸も、グラビアアイドル並に巨乳な風麗に対し、翠玉はまな板のように貧乳だし。
気付かれたら殺されるので、視線は向けないが。
それに、俺も雛とは似ても似つかないので、人のことは言えない。
「…………」
考えごとをしていると、風麗が翠玉とは違う澄んだ宝石のように綺麗な瞳で、俺の顔をジッと見つめてきていた。
色合いは同じなのに受ける印象が翠玉と違うのは、純粋に表情の違いだろう。
まぁ、おとなしそうに見えて、風麗のほうも中々にやばい奴だが。
「気が付いたのねってことは、このクラスは天上院さんが?」
「えぇ、男なんていう獣を風麗に近付けるわけにはいかないもの。むしろ、去年もこうしておくべきだったわね」
翠玉は悪びれるわけもなく、口元に手を添えながらクスッと笑みを零した。
普通ならありえない。
しかし、彼女たちの家は世界でも有名な大手財閥であり、この学園にも多額の寄付をしているらしい。
そのせいで、この姉妹は日頃から好き放題し――まるで女王のように、この学園に君臨しているのだ。
ちなみに、俺は去年彼女たちと同じクラスで、その横暴さを目のあたりにしていたため、彼女たちの酷さを噂以上に知っている。
だが、厄介なのは家柄や性格だけではない。
日本人離れした容姿――というよりも、神秘的な容姿をする彼女たちを神々の化身だなんだと持ち上げる者や、彼女たちの与える金にありつこうとする者が結構いて、女子生徒の多くから支持を集めているのも厄介だった。
もちろん、男子でも彼女たちに惹かれる者はいる。
しかし、天上院姉妹は男が大嫌いなため酷い扱いをするので、惹かれるよりも怯える者のほうが圧倒的に多かった。
なお、俺は去年クラスの隅でおとなしくすることにより、彼女たちからの酷い洗礼などを受けることはなかったが……。
「さすが、というべきなのか?」
「当然でしょ? それに、退学にしていないだけ優しいと思ってほしいわね。本当だったら、男なんて全員排除したいところを我慢したんだから」
じゃあ、なんで共学に来てるんだよ。
お嬢様学校に行けよ。
と、心の中では思うが、決して口に出したりはしない。
彼女たちに一番してはいけないのは、歯向かうことだからだ。
万が一歯向かえば、容赦のない裁きが俺たちを襲うことになる。
「優しいな」
「えぇ、そうでしょ?」
俺の皮肉を込めた返しに対し、翠玉は満足そうに頷く。
ほんと、いい性格をしている。
「雛、もう行こ――」
「――君……同じクラス……?」
彼女たちと関わるとロクなことがないので、雛を連れてさっさとこの場を去ろう。
そう思って雛に話しかけていると、風麗が翠玉の肩から顔を上げ、突然雛を指さした。
「えっ……!? は、はい……」
雛は動揺しながら、コクッと首を縦に振る。
それにより、風麗ではなく、翠玉が品定めをするように目を細めた。
「そう……よろしく……」
逆に風麗は、興味を無くしたように翠玉の肩に再度頭を乗せた。
ただ、クラスメイトかどうか確認したかっただけか……?
いや、彼女の場合、それだけではないな……。
「よ、よろしくお願いします……」
雛は天上院姉妹が怖いようで、ビクビクと怯えながら頭を下げた。
相変わらず翠玉が雛を見つめているのは気になるが、礼儀正しい雛なら問題はないだろう。
「そんなに怯えなくても、天上院さんたちは女子には優しいから安心しなよ」
あまりにも可哀想なので、俺は雛が安心するように頭を優しく撫でる。
実際、彼女たちは自分たちに従順な女子には優しい。
偉そうな態度は変わらないし、顎で使うことは多いが、その分お金や物を与えたり、かわいがったりもしている。
翠玉は風麗一筋というか、酷いシスコンなようで他の女子に興味を持たないのだけど、その翠玉が溺愛する風麗は、自分に従う女子たちを大切にしているのだ。
だから、翠玉も女子たちを大切にする、という関係性だと俺は思っている。
風麗が雛に声を掛けたということは、雛のかわいさに興味を持ったと思うので、このまま気に入られれば雛は大丈夫だろう。
翠玉自身も、高圧的な態度でやることは無茶苦茶だが、意外と器は大きい。
風麗を傷つけるようなことをしない限りは、多少の失敗など目に瞑るという姿は、去年も見せていた。
もちろん、女子限定の話ではあるが。
逆に、風麗を傷つけた場合がやばい。
去年の入学当初、風麗の容姿を馬鹿にした女子は酷い目に遭わせた後退学にしたし、悪ふざけをしていて風麗にぶつかった女子は、泣いて土下座するまで徹底的にいじめ抜き、それで許したのかと思ったら転校させていたのだから。
正直、触らぬ神に祟りなしで、彼女たちには近寄らないのが正解だと思う。
「……そういえば、愛真君には私と同じように双子の妹がいたわね……。まぁ、だからどうって話なのだけど」
俺が頭を撫でている間もジッとこちらを見つめていた翠玉だったが、最後には興味を無くしたように目を逸らし、取り巻きたちの相手をし始めた。
あの様子なら、雛に何かすることはないだろう。
――と、俺は一人安堵するのだった。
新連載を開始しました!
話が面白いと思って頂けましたら、
励みになりますので評価やブックマーク登録をして頂けますと幸いです!(≧▽≦)




