ギルドのいじわるお姉さん
冒険者ギルド【スロウアウェイ】。
王都ワローハの南側にあるこの場所には今日も冒険者たちが集い、賑わっていた。
受付の窓口で対応に追われているのはメル・イージー。黒髪のボブヘアが良く似合う二十四歳の女性だ。
どんなに忙しくても常に笑顔を絶やさず、仕事も丁寧なためこのギルドの看板娘として知られている。
彼女の仕事は新規冒険者の登録、仕事の仲介、報酬の支払い等多岐にわたるがその手腕を最も発揮するのは仕事の仲介、すなわちギルドで請け負った仕事を適切な冒険者に振り分ける事であった。
今日もこのギルドに、仕事を求め一人の若い冒険者が訪れる。
「こんにちは」
「はーい、こんにちは! ご用件をおうかがいします!」
「えっと、仕事を紹介してもらいたいんですけど……」
彼の名はレイル・タメーサ。ほんのひと月ほど前にデビューを果たした新米冒険者だ。
職業は戦士で、身にまとった鎧はまだ新しい。
ブラウンの短髪で顔立ちは整っているが、その表情はいつも自信なさげで、どこか頼りない雰囲気のある若者だった。
「はーい、お仕事の紹介ですね。ふふふ、レイルさん、だいぶたくましくなられたんじゃないですか?」
「え……そうですかね? はは……」
レイルがここに来た時、彼のレベルは5。そして今は10になっていた。
コツコツと真面目に仕事をこなしながら、少しずつ成長を続けている。
「どのようなお仕事をお望みでしょうか?」
「えーっと……護衛任務とかどうでしょうか」
護衛は主に他の街へ移動する商人等に帯同し、魔物や盗賊から依頼主を守る仕事だ。
他の冒険者と共闘になる事が多いため、魔物の討伐に比べれば実入りは多くないが互いにフォローできる分危険も少ない。
「えーっと、護衛、護衛……っと」
メルがカウンターの脇に積まれた書類の束をパラパラとめくる。
「うーん、今は入ってないですねー」
「そうですか……」
レイルが残念そうに肩を落とす。
「ふふ、レイルさん。そろそろ次のステップに進んでみませんか?」
「次の?」
メルが書類の束から一枚の紙を引き抜き、レイルに差し出す。
「魔物討伐ですよ」
魔物討伐。高額の報酬を望めるが、それに応じて危険度も高い仕事である。
なぜならギルドに来るような依頼は、ほとんどの場合厄介な魔物が相手だからだ。
「そ、そんな。俺にはまだ無理ですよ」
「今のレイルさんなら大丈夫。私が保証します」
そう言うと、メルがレイルの手を握り、微笑みかける。
女性に慣れていないレイルは、頬を赤らめうつむいてしまう。
「あの、仕事の内容は……?」
「オークの討伐ですね。東のターブの村の近くに居ついてしまったそうです」
オーク。二足歩行の豚のような姿をした魔物で、力は強いが頭はそれほど良くないため、戦い方次第では今のレイルのレベルならば倒せなくもない相手だった。
「オークかぁ……大丈夫かな」
「レイルさんなら大丈夫です! 私、ずっとレイルさんの成長を見て来ましたから!」
メルが自信たっぷりに自分の胸を拳で叩く。
その反動で揺れる胸を見たレイルの顔が、再び朱に染まる。
「わかりました……その仕事、引き受けます」
「ありがとうございます!」
書類にサインをもらい、受け取るとメルは深々とおじぎをして見せる。
「それでは……いってらっしゃいませー!」
こうしてレイルはメルに見送られながらギルドを後にした。
二日後――。
スロウアウェイは今日も賑わっていた。
カウンターの近くの二人の屈強そうな男が立ち話をしている。
「おい、聞いたか? また若いやつが仕事に失敗したらしいぜ」
「ああ、ターブの一件だろ。オークに正面から挑んで、後ろから別の仲間にやられたってな。洞窟に引きずり込まれる姿を村人が見たってよ」
「勇気があるっつうか無謀っつうか……若いやつは無茶しやがるぜ全く。オークが群れて行動するって知らなかったのかね」
「最近増えたよなぁ。身の丈に合わない仕事は受けるもんじゃねぇぜ全く」
男たちの話を聞きながら、メルが誰にも聞こえないような小声で呟く。
「うーん……だめだったかぁ……」
言いながら、書類に押印する。
その書類はレイルのギルド登録証で、赤いインクで押された印には【死亡】と書かれていた。
「もっと頑張ってほしかったなぁ」
憂いのある表情で、書類に目を落とす。
「……次の人は、期待に応えてくれるといいけど。ふふ」
そしてすぐに笑顔に戻ると、その書類を雑にカウンターの脇にどける。
「こんにちは! ご用件をおうかがいします! はい、新規登録ですね!」
メルは実験していた。冒険者がどこまで無茶な依頼をこなすことができるのか。
メルは楽しんでいた。傷ついた冒険者がそれでも嬉しそうに依頼の達成を報告しに来る姿を。
この先も犠牲者は増え続けるのだろう。新しい冒険者はいくらでもやってくるのだから。
この先もメルは無理な仕事の紹介を続けるのだろう。彼女の欲望に終わりはないのだから。
完