第八話 重すぎる彼女の愛
「あ、やばい……数学の課題をやり忘れたかも」
次の日の朝、うっかり課題を忘れてしまった事に気がついてしまった。
まいったな……今からやって間に合うだろうか?
誰か見せてくれそうな人は……小川さんに頼んでみるか。
「あの小川さん。ちょっと良いかな?」
「どうしたの?」
「数学の課題、やってくるの忘れちゃって。見せてくれないかなーって思って」
恐る恐る小川さんに頼んでみると、小川さんも少しムッとした表情をして、
「駄目だよ、ちゃんとやらなきゃ」
「ご、ごめん。ついうっかりして。今日だけはお願い」
「今日だけね……しょうがないから、今日だけだよ」
小川さんに見せてくれと頼むと、小川さんも渋々ながらも、数学の課題を見せてくれた。
助かったけど、やっぱり良い顔はされなかったか。
根は真面目な子なんだよなあ。中学の時も学級委員とかやっていたし。
あんまり甘えすぎると、小川さんの心象を悪くしちゃうんだろうな。
「ありがとう、助かったよ」
「うん。今度は忘れないようにね」
「わかっているよ。お礼に何かするからさ」
何とか数学の時間が始まるまでに、小川さんの課題を写し終わり、彼女にノートを返す。
助かったけど、相変わらず良い顔はしてないので、今度から気を付けないと。
「お礼にね……何してもらおうかな?」
「もうなんでもしちゃうよ。付き合っているんだから」
「そう。今の言葉、忘れないでね」
「ああ」
安請け合いしちゃったかと不安に思ったが、小川さんなら無茶な要求しないだろうと思い、その場では軽く頷いてしまった。
まあ、ジュースか昼飯を奢るくらいだろうな、多分。
放課後になり――
「うーん、今日も終わったな」
「タカちゃん、ちょっと良い?」
「何?」
「さっきの話。数学の課題を見せたお礼になんでもするって言ったでしょう」
「あ、ああ……わかった。何してほしい?」
「うーん、そうだな……結婚して」
「…………」
ジュースくらいなら、今すぐ奢ってやろうかと思っていたら、小川さんが耳を疑うような事を口にしたので、固まってしまう。
「えっと、もう一回言ってくれない?」
「結婚してよ。なんでも言う事聞くって言ったじゃない」
「はは……小川さんさ。流石に冗談きついよ」
「私、冗談嫌いなんだよね。もしかして、私がタカちゃんと本気で付き合ってないとでも思った? 本気なら今からでも結婚考えるの当然じゃん。あと二年もすれば出来るんだよ」
いやいや、真顔で言われても困るんですけど……真面目な子だと思ったら、こういう冗談まで言って俺を困らせるような事をするなんてな。
「ほら、結婚してよ」
「あのさ、年齢的にまだ結婚できないじゃん。そんなのすぐに返事出来ないよ」
「うーん、何でも言う事を聞くって言ったの嘘だったんだ。酷いなあ、タカちゃん。それじゃ、もう宿題忘れても見せてあげないよ」
それは困るんだが、たかが宿題を見せただけで結婚を要求してくるなんて、非常識すぎるんじゃないかな。
「小川さんもちょっと落ち着こうよ。俺はまだ高校生なんだ。付き合うにしても、結婚とかそんなの考えるような時期じゃないって」
「へえ、もっともらしい事を言うじゃない。タカちゃんって思ったより、理屈っぽいんだね。もっと、ポヤっとして気弱な子だと思ったのに」
気弱ってさ……まあ、沙月との事があって、恋愛に及び腰にはなっていたけどさ。
それにしても小川さんは押しがあまりにも強すぎて、俺に誤解の余地など一切与えてくれないのが逆に辛い。
結婚してくれなんてストレートに言う女子高生は滅多にいないだろうよ。
「理屈っぽくても良いからさ。とにかく今は返事できないよ。お礼なら、もっと現実的なことにしてくれよ」
「むうう……わかった。じゃあ、今度の日曜、私の家に来て」
「小川さんの? えーっと……」
両親に紹介するとかっていうと、躊躇いが出てくるが、小川さんはため息を付きながら、
「ちょうどその日はウチの親もいないの。だから、大丈夫だよ」
「それならいいよ。でも、俺は小川さんの家を知らなくてさ」
「じゃあ、駅前に集合ね。私が送っていくから」
俺に課題を見せてくれたお礼と称して、小川さんの自宅に御呼ばれされてしまうことになってしまった。
ま、まあ家に親がいないってなら、大丈夫か。
そう言い聞かせて、
「はあー、まさか小川さんもあんなことを言ってくるなんて」
学校から駅まで歩いていく途中の駅で、溜息を付きながら、さっきの小川さんのプロポーズを思い出すと、陰鬱な気分になる。
もしかしなくても小川さんって結構ヤバイ女子だったりする?
いきなり結婚してくれって言ってくる女子高生って、なかなかレアというか、愛されているにしても重すぎない?
「やっぱり日曜日どうしようかな……理由を付けて、バックレても良くない?」
何をされるかわからないので、日曜日の約束も急用が出来たとか言って、止めおこうかなと考えながら、近くのコンビニに入る。
冷たい飲み物でも飲んで、頭を冷やそうかなって思っていると、
「きゃっ!」
「あ、すみません」
ボーっとしていたら、どっかの女子高生とぶつかってしまった。
気を付けないとな。店の中なんだし、ボーっとしていたら危ない……。
「あ、あなたはっ!」
「は?」
ジュースのある棚に行こうとしたところで、今、ぶつかった女子に腕を掴まれて引き留められる。
「間違いないわ。こんな所で会うなんて、運命ね」
「は、はい?」
何か急に手を握られて、変な事を言われたので、ドン引きしてしまう。
黒髪のお下げに眼鏡をしていて、制服は……どこの制服だろう?
灰色のブレザーとチェックのスカートだが、近隣の高校の制服には詳しくないので、どこの高校かもわからない。
「あのー、どちら様ですか?」
「あら、わからないのね」
「はい。えっと、人違いでは?」
「そうじゃないの。ちょっと来て」
「え? あ、あの……」
全く見覚えのない顔の女子だったので、人違いだろうと思っていると、俺の腕を引いて、強引に店の外へ連れ出していく。
「ここならだれもいないわね」
「すみません、どちら様ですか?」
女子は路地裏に俺を引っ張っていき、何をするのかと首を傾げていると、
「私の事、本当にわからない?」
「いえ……全然、見おぼえないんですけど、何処かで会いました?」
「この前の日曜日にライブに行ったでしょう」
「え? ら、ライブ……ああー、あそこのショッピングモールでやっていたライブですか?」
「そう。スプリングスターズのフリーライブ」
何でそんなことを知っているんだと怖くなってしまったが、この子、ストーカーとかじゃないよな?
「へへ、私の名前、宮下麻衣って言うの。よろしくね」
「は、はあ? 初対面ですよね?」
「ちがうんだなあ。ライブの時にも目が合ったし、フードコートでたこ焼きあげたの覚えてない?」
「え? たこ焼きって……あの時の?」
「そう。ここなら大丈夫かなあ……じゃーん♪」
「ん……なあっ!?」
急に女の子が眼鏡を外し、頭に被っていたカツラ?を外すと、思いもよらない顔が目の前に飛び出し、ひっくり返りそうになる。
「え、ちょ……はっ?」
金髪にパッチリした碧い目、白い肌にハキハキした可愛らしい顔立ちに。
「思い出した? そうなの、わたし、またの名を宮下メイって言うんだ。改めてよろしく♪」
「…………はああっ!?」