第六話 自称彼女の不安
「もう、タカちゃんったらっ! 私が見ている目の前だったのに、あんなにデレデレして」
「ゴメン、ゴメン。でも可愛かったなー、あの金髪の子。なんて名前だか知っている?」
「えっと、名前は忘れちゃったなあ……って、そういう話しているんじゃないの! ほら、早く来る」
思っていた以上に小川さんは怒っていたので、とにかく頭を下げて機嫌を直してもらう。
デート中に軽率だったかもしれないけど、可愛かったんだから仕方ないじゃん。
どうせアイドルと付き合える事はないんだしさ。
「今日も部活、疲れたなー。ほら、あそこがさっき言ったクレープ屋さん。タカちゃんも食べるでしょう」
「うん」
ライブの会場だった場所から離れ、小川さんと一緒にショッピングモールの中に入ってるクレープ屋に行き、そこでクレープを二つ買う。
休日に彼女と二人でクレープなんて、デートの定番みたいな事をしちゃっているなあ。
(って、すっかり小川さんが彼女扱いになってるじゃん)
もう小川さんの自称ではなく、俺の中でも小川さんが彼女として認識されつつある。
これが既成事実を作られていくという事なんだろうか……。
「はい、チョコクリームでよかった?」
「ああ、ありがとう」
なんて考えていると、小川さんが俺の分のクレープまで買ってきてくれたので、それを受け取り、フードコートの空いていた席に座って食べる。
「うーん、美味しいねえ。疲れた時は甘いものに限るなー」
ここのクレープは初めて食べたが、確かに美味しいな。
周りを見ると、カップルやウチの学校の生徒に家族連れ、高齢者と多種多様の客がいてにぎわっているなあ。
「えへへ、食べる?」
「お、良いの?」
「うん。ちょっとボリュームあるからさ」
「じゃ、じゃあ……」
小川さんが自分のクレープを差し出してきたので、ちょっとだけ口にする。
これは間接キスって奴だろうか?
まあ、付き合っているんだから、問題はないよなうん。
「だいぶカップルらしくなってきたね」
「え? ど、どうかな……」
「そうだよ。どう見ても付き合っているようにしか見えないじゃん、私達」
「だよね」
二人でクレープの食べさせあいっこしている男女二人組なんて、どう見てもカップルでしかない。
ウチの学校の生徒もチラホラ見かけるけど、知り合いに見られてももう構わないって感じか。
「それにしてもさ」
「何?」
「さっきのアイドル、やけにタカちゃんに視線を送っていたなって思って」
「え? 俺に?」
「そうだよ。タカちゃんだって、目が合ったの気づいていたでしょう」
「ま、まあそうだけど」
そんなにジロジロ見ていたかな?
前の方に無理矢理入り込んだから、気づかなかったけど、アイドルだし、周りのファンに目線を送るくらいはサービスでするんじゃないの?
「むううう……まさか、知り合いだったりしない?」
「そんな訳ないでしょう。考えすぎだよ」
俺にアイドルの知り合いなんかがいたら、もっと周囲に自慢しまくっているっての。
「なら良いけどさ。あ、お冷飲む?」
「うん、ありがとう」
カウンターから小川さんがお冷を持ってきてくれたので、一緒に飲む。
アイドルに嫉妬とは可愛いなあ、小川さん。万が一にも俺に気がある可能性なんかないのにさ。
「この後、どうする?」
「えっと……タカちゃんの家に行きたいかも」
「ぶっ! お、俺の?」
「そう。駄目?」
「いや、今、俺の家に両親がいるんだよ。流石にさ」
女子なんか連れ込んだら、何を言われるかわかったもんじゃないので、流石に勘弁してほしい。
「じゃあ、私の家、来る?」
「親御さんとかいないよね?」
「いなかったら良いの? もしかしたら、買い物に出かけているかもしれないから……」
「はは、遠慮しておく。まだ早いよ、うん」
お互いの親に恋人を紹介しようって話をしたいのかもしれないんだろうが、流石にちょっとね。
いや、俺は小川さんを彼女として受け入れているんだろうか……そろそろ、俺の方でもハッキリさせないと小川さんにも失礼というか。
ハッキリはさせているんだけど、小川さんが一方的に彼女だって言っている訳でしてね。
「むむむ……どうせ挨拶するなら、早い方が良いのに」
「もう少し、ゆっくり考えようよ」
トントン。
「ん?」
と二人で会話をしていると、急に誰かに肩を叩かれたので、振り向いてみると、帽子にサングラスをした女性?らしき人が俺に、
「ねえ、あなた。これあげる」
「は、はい?」
「私、ちょっと急用ができて、食べる暇なくなっちゃったんだ。捨てるのもったいないし、よかったら、あなたが食べて」
「え? あ、あの……」
女がそう言って差し出してきたのは、プラスチックのパックに入っていたたこ焼き。
ここのフードコートで売っている奴っぽいが、急に言われても……。
「それじゃ、バーイ」
「あ、ちょっとっ! 行っちゃった……」
俺の返事も聞かないまま、女性はたこ焼きのパックを押し付けて、この場を走り去っていった。
「どうしよう? 食べちゃっても良いのかな?」
「良いんじゃない? でも、食べかけっぽいんだけど……」
六個入りのたこ焼きだが、五個しか入ってないので、恐らく一個は彼女が食べたのだろう。
「毒とか入ってないよね?」
「流石に大丈夫だと思うけど……私はいいや。タカちゃん、食べなよ」
「うん……いや、俺も家に帰ってから食うよ」
クレープを食べた後にたこ焼きってのも食い合わせが悪いし、何より変な毒でも入っていたら困るので、この場では食うのははばかられる。
「んぐ……ご馳走様。じゃ、もう一緒に帰ろうか」
「うん」
クレープも食べ終わり、持ってきたお冷を飲み干した後、二人で店を後にする。
何てことはない、小川さんにとっては部活帰りのデートだったが、何か色々あった気がするな……。
「それじゃ、俺はこれで」
「待ってよ」
「ん?」
最寄り駅に到着し、帰ろうとすると、小川さんが俺をくいっと引き留め、
「その……タカちゃん。私の事、好き?」
「え? そ、それは……好きといえば好きだけど」
「本当? よかったあ……えへへ、なら彼女でも問題はないんだね」
いや、うーん……まあ、小川さんがそう思っているなら、それでもいいか。
「タカちゃんって、やっぱりちょっとだらしない子だなって思ったけど、私の事好きだって言うなら、安心したよ。うん、私がきちんと付いてれば、良い男になるよ、多分」
「多分かい。てか、そんなにだらしなかった俺?」
「私がいるのに、他の女子に見とれているのは、普通に女にだらしない証拠だよ。タカちゃんはモテないから、安心していたけど、やっぱり心配。私がしっかりしてないと、浮気しそう」
「しないよ!」
俺がモテないって……そりゃ、事実だけどさ……そんなふうに思われていたのはショックなんだが。
「本当だよ。他の女子と浮気とか言語道断だからね。したら……」
「したら?」
「う……とにかくダメっ! わかったっ?」
「は、はい」
浮気したら別れるとでもいうのかと思ったが、小川さんはなぜか言葉に詰まり、そうびしっと指さして俺に釘をさす。
よくわからない子だなと思いつつ、家路に着いたのであった。