第四話 付き合ってしまおうか本気で悩む
「うーん、今日は楽しかったねー」
あれから、小川さんの買い物にあちこち付き合わされ、日が沈んだ頃になり、ようやくお開きになる。
彼女との初めてのデートだったが、何だか色々あって疲れてしまった……。
まさか沙月にまで会うとは思いもしなかったな。
思いっきり気まずい空気になったけど、俺と小川さんが付き合っていると聞いて、ビックリはしていたけど、特に嫉妬している様子はなかったので、やっぱり俺が好きだった訳でも何でもなかったのか。
「楽しかったよね?」
「あ、うん。楽しかったよ」
「そう。じゃあ、またデートしようね。私達、恋人同士なんだし」
「あのさ……やっぱり、それはちょっと一方的過ぎない?」
「一方的? まだ言ってるんだ。私はタカちゃん好きだし、タカちゃんも私のこと、嫌いじゃないんでしょ。好きなんだよね。なら、良いじゃん」
「いや、小川さんのこと嫌いじゃないのは確かだけどさ。その、少し考える時間をですね……」
どんどん小川さんが話しを進めてしまっているので、何とか押し戻そうと試みる。
気持ちは嬉しいし、付き合っちゃっても良いかなってのは思ってるんだが、彼女からは色々と地雷っぽい雰囲気が漂っているので、お互い頭を冷やして考える時間が欲しい。
「うーん、タカちゃんってやっぱり優柔不断なんだね。それとも沙月ちゃんとの事で、慎重になっているのかな? でも安心してよ。タカちゃんみたいな頼りない子には私みたいな女が一番、似合うと思うからさ。そうだよね?」
「うげええっ! ちょっ、きついってっ!」
小川さんがキラキラした目をしながら、力強い口調で俺にそう宣言すると、俺をぎゅっと抱きしめる。
ダメだっ! 話が全く通じない……こんなにヤバイ子だとは思わなかったが、小川さんは何でここまで俺に執着しているんだ?
(どう考えてもおかしい)
俺と小川さんは中学の時に同じクラスになって、隣の席になったこともあるが、それだけの関係のはずだ。
部活も違うし、中学の頃は一緒に遊んだこともないはず。
そりゃ俺にも気さくに話しかけていたし、仲は悪くなかったが、こんなに好かれるような事はしていただろうか?
誰に対してもフレンドリーに接している子だったから、俺が特別扱いされているって事は全く思ってなかったんだけど……。
「あ、ゴメン。痛かった?」
「い……いや……」
「くす、相変わらずタカちゃんは可愛いなー。何なら、家まで送っていこうか?」
「いいよ。一人で帰れるし」
「そう。それじゃ、私はこれで。帰ったらラインするからねー」
ようやく俺から離れてくれた小川さんが頭をポンと撫でながら、俺の前からさっそうと去っていった。
「トホホ……本当に子供扱いだ」
俺の事を可愛いとか言っている時点で、男として見てないやんけ。
そりゃ俺の方が身長はちょっと低いけどさ……小川さんはモテそうだから、もっといい男がいるだろうに、物好きな子なんかな。
そんなことはどうでも良いか……彼女とのデートで疲れてしまったので、とにかく家に帰って体を休めようっと。
翌朝――
「あ、おはよー、タカちゃん」
「おはよう」
いつものように最寄りの駅まで行くと、小川さんは満面の笑みで手を振って出迎える。
毎日、本当に元気だなあ。あの子の明るさは何処から来るんだろう? 柔道をやっているから、身も心も鍛えられているんだろうか?
「昨日は楽しかったねー。あ、夜中にライン送ったんだけど、見なかった?」
「え? ああ、ゴメン……見落としちゃった」
「もう。既読付かないから、何かあったのかと思って、心配しちゃったよ。じゃ、行こうか」
昨夜、小川さんからラインが着ていたとは気づかなかったが、特に怒る事もなかったのでホッとし、小川さんと一緒に駅の中へと入る。
もっと怒られるかと思ったけど、こういう所は大らかで助かる。
やっぱり悪い子じゃないんだよ小川さんは。
俺もあんまり重く考えることはないんじゃないかな。ちょっと強引だけど、背も高くてスタイルも良いんだし、付き合っても良いじゃないかという気持ちがまた強くなってきた。
「うーん、混んでいるなあ……」
電車の中に入ると、ラッシュの時間帯なので、案の定、めっちゃ混雑していた。
「小川さん平気?」
「うん」
小川さんはドアの近くに立っていたが、こんなおしくらまんじゅう状態では、変な痴漢にでも遭わないか心配だ。
俺が密着している分には問題ないのかな……。
「きゃっ!」
「いいっ! ご、ゴメンっ!」
「も、もう……タカちゃん、変なところ……」
電車がガタンっと急に揺れたので、目の前にいる小川さんの体の後ろから押し付けられる形になってしまい、お尻の方に手が触れてしまった。
(やべえ……彼女を痴漢から守ろうとしていたら、自分が同じような事をしてしまった)
これは嫌われてしまうのでは? と不安になりながら、それから三十分近く電車に揺られていったのであった。
「はあ……今日は特に混んでいたな……」
どうも人身事故でダイヤが乱れたらしく、その影響でとんでもない混雑になってしまったようだ。
トホホ、学校選び失敗したかな……やっぱり地元の近い学校の方が良かったかも。
「タカちゃん、ちょっと来なさい」
「え?」
「さっき、私のお尻触ったでしょう」
「う……いや、わざとじゃないんだってっ! ゴメン、悪かったよ」
「嘘。何かやけに密着していたじゃない」
お、おお……それは君を痴漢から守ろうとしてだね。
という言い訳は果たしてわかってくれるだろうか。
「本当、わざとじゃないんだ、ゴメン。付き合っているからって、調子に乗った訳じゃないんだよ」
「――っ! そ、そう……えへへ、今の言葉、嘘じゃないよね?」
「え? あっ!」
思わず、『付き合っている』と口にしてしまったが、今のは失言だったか!
「へえ、彼女のお尻なら触っても良いって思っちゃったんだ?」
「いやー、本当にわざとじゃないんだって。てか、そんな嬉しそうな顔をしないでほしいな、小川さん」
「別に嬉しそうにはしてないでしょう。ふふん、やっぱり私の事、好きなんじゃないタカちゃん。えへへ、やっぱり恋人同士だよね、私達」
うおおお……何かめっちゃ嬉しそうな顔をしているんだけど、痴漢から守ろうとしたら、変な展開に。
「そういう事なら大目に見てあげる。でも、電車の中だと周りの目もあるから、変な誤解されちゃうし、止めるように。わかった?」
「はい……」
「うん、良い子、良い子♡ んじゃ、もう遅れちゃうから、学校行こうか」
とまた俺の頭を撫でながら、小川さんは俺の手を引いて、学校へと引っ張っていく。
はあ……怒られずに済んでよかったんだけど、何だか完全に小川さんの手の平に転がされているというか、そんな状況になってしまい、ますます頭が上がらない状態になっていった。