第二十話 彼女の愛は想像以上に重かった
「痛いって!」
「何が痛いよ! 私はもっと痛かったんだからね! こんなのを見せられた彼女の気持ちをあんたは!?」
近くの人気のない神社に連れ込まれ、首を絞められながら、千波に般若のような形相で凄まれる。
こ、こええ……仕方ないとは言え、マジでキレてるじゃないか!
「は、話を聞いてくれ! 本当に先輩とは疚しい事はしてな……ぐええ!」
「ノコノコと先輩の家に付いて行った時点で、あんたが100%悪いの! ああ、腹が立つ……本当にここで絞殺しちゃおうかな!」
「ご、ごめんなさい……どうか命だけは……」
このまま殺されては堪らんので、必死に命乞いをするが、麻衣先輩もわざわざ千波を怒らせる様な事をしないでくれよな!
「はあ、はあ……ああ、どうしてくれようかな、このクズ彼氏。このままだと結婚してからも女遊びしそうで、私もストレス溜まりそう」
「だ、だからさ……先輩の家にはちょっと遊びに行こうとしただけなんだって。あのキスだって嵌められたんだよ! 俺からしたわけじゃないから、な、許してくれ」
「家で二人きりって時点で、先輩がこういうことをやってくるって、バカでも想像つくよね? ああ、もしかして、タカちゃんってバカだったのかな。学習能力もないミジンコ以下の知能だよね、だったら」
ひ、酷い言い草だ……普段、真面目な優等生の千波からは想像もつかないような罵声が彼女の口から出てきているが、それだけ怒らせてしまったという事か。
「ご、ごめん。今度は気を付けるから」
「もう二度と麻衣先輩の家には行かないって誓える?」
「いやー、それはちょっと。先輩とは仲よくしたいしさ。俺に好意をぶつけてくれるのやっぱりうれしいじゃん」
「…………」
「へ……ぬおおっ!」
千波のお願いをあっさりと拒否すると、彼女に黙って胸倉を掴まれて、その場で投げ飛ばされそうになる。
「このまま背負い投げの見本を見せてあげようかなー。でも、それくらいじゃ気が済まないかも」
「や、止めてくれって! 俺、柔道の受け身とかよくわからないし、ここ外じゃん」
「あのさー、思ったんだけど、タカちゃんって、もしかしてこういう趣味あるの? 私から痛い目を見て、喜んじゃう趣味が?」
「ある訳ないじゃん! 痛いのは大嫌いだよ」
「そうかしら。でも、あいにくだけど、私、彼氏がそんな趣味あっても全然嬉しくないから、そのつもりでいて」
「わかったから、勘弁して。な?」
もちろん、そんな趣味はないけど、ここまで怒るのは俺の事が好きって事なので、悪い気はしない。
「ん? あ、電話が来てる……はい」
『ヤッホー、高俊。元気している?』
「先輩。どうしたんですか?」
やっと千波から解放された直後、麻衣先輩から電話がかかってきたので、出てみると、
『急に帰っちゃったから、どうしたのかと思って。今、家に居るの?』
「いやー、今、千波と……そうだ、何であんな写真を千波に送ったんですか?」
『あはは、浮気の現場を送ってやろうと思って。今、そこにいるって事はめっちゃ怒られているんじゃない?』
めっちゃどころじゃないっての。俺を殺す気かよ、この人は。
「麻衣先輩から?」
「う、うん」
「変わって」
「え? でも……」
「いいからっ! もしもし」
『あれ、千波? あはは、さっきの写真どうだった?』
「どうも何もないですよ。あんなのを見せて、私が彼と別れるとでも思ったんですか? 無駄ですからね」
と、スマホを取り上げると、まくしたてるように麻衣先輩にそう告げる。
ひいい……完全に修羅場って奴じゃん、これ。
電話越しだからまだいいけど、面と向かって対峙していたら、俺も血を見ていたかもしれない状況だ。
『あははは、そうなんだ。でも、浮気の決定的な証拠だと思うけど』
「タカちゃんから事情を聞きましたけど。言っておきますけど、何をやっても無駄ですからね。麻衣先輩が何をしようが、彼が何を言おうが、私、ぜったいに別れる気ありませんから!!」
『わお、情熱的だねー♪』
「嬉しそうに言わないでください! 仮にタカちゃんが私とはもうすぐ別れるつもりとか言っても、それ嘘ですからね。真に受けないでください。いいですか、何をやってもぜったいに彼は渡しませんから!」
『きゃー、凄い愛情だね。それでこそやりがいがあるなあ』
と、千波は念を押したように怒鳴るような口調で先輩に言うが、麻衣先輩は全く動じる気配もなく、逆に楽しんでいるようですらあった。
何とも厄介な女子だな……押しが強すぎるのも考え物というか。
「く……とにかくそういう事なので、もうタカちゃんには近づかないでください。それじゃ! ったく……」
千波がそう宣言した後、一方的に電話を切り、俺にスマホを返す。
いやー、何というか千波の愛の重さを思い知ったというか……。
「へえ、何があっても俺と別れないんだ」
「む……変な風に取らないでよね。こうでも言わないと諦めそうにないから。いや、火に油を注いじゃったかな……」
「へへ、嬉しいぞ、千波。ゴメンなー、怒らせるような事をしちゃって。俺が好きなのは千波だからさ」
「く……軽い口調で言わないの。まだお仕置きは終わってないんだからね」
「ん? お仕置き? 良いぞ、何でも付き合ってやるからさ」
今の言葉を聞いたら、この場で背負い投げ食らってもむしろ愛の鞭として受け止めてやっても良いくらいだ。
「本当? 覚悟しておいてよ」
「おう。何をする気……んっ!」
不意に千波が顔を密着させ、彼女と唇が触れ合う。
(え……こ、これって……)
「ん……も、もう……これで今日は許すから……」
しばらくした後、千波は顔を離して、顔を真っ赤にしながら、視線を逸らしてそう言う。
彼女との初めてのキス……本当に突然だったので、呆然としてしまい、しばらく何も言う事は出来なかった。
「じゃ、じゃあこれで……」
「あ、待って!」
「な、何?」
千波が帰ろうとしたので、咄嗟に彼女の手を掴み、
「もう一回して」
「はあ? ダーメ。そんな軽い物じゃないよ」
「頼むよ、な? ほっぺでも良いからさ。千波にちゅーしてもらいたいなーって」
「うう……何て甘ったれの彼氏なのよ」
思いもよらぬおねだりに、千波も呆れて歯軋りしていたが、もう一回彼女に愛されている証が欲しいのだ。
「じゃあ……ちゅっ」
「お、おお……」
右の頬に千波が軽くキスをし、彼女の唇が頬に触れた瞬間、ドキっと胸が熱くなる。
いいねー、これ。やっぱり彼女がいるとこういうことしてくれるんだなー。
一時期、及び腰になっていたのがバカみたいな気になってしまう。
「もう行くよ。じゃあね」
「ああ。またねー」
ムスっとしながら、千波は俺の前から去っていき、俺も手を振って彼女を見送る。
何だかんだで麻衣先輩の家に行って良かったなー。千波を怒らせたかもしれないけど、彼女の愛の重さも知れたし、キスもしてもらったから今日は良い日だったなと。