第十九話 一線は超えてないから
「あ、こっちこっち!」
学校が終わった後、麻衣先輩との待ち合わせ場所である彼女の自宅近くにあるコンビニに向かうと、既に麻衣先輩が制服といつものカツラに眼鏡の姿で待っていた。
「きゃー、本当に来てくれたんだ! ありがとうね。千波には怒られたんでしょう?」
「何で知ってるんですかね? 俺、言いましたっけ?」
「あの子からラインが何回か来たのよ。ウチのタカちゃんに手を出すなって。えへへ、今日会うことも知っていたみたいだし、高俊がバラしちゃったんでしょ?」 あちゃー、やっぱり麻衣先輩にも文句言っていたんだな。
というか二人ともいつの間にか、連絡先も交換していたんだか。
「千波も誘ったんだけど、今日は部活があるからって。真面目よねー。彼氏より、部活優先なんて」
「まあ、そこが彼女の良いところですし」
「へえ。それなのに私と会っちゃうんだ」
「う……別に疚しい事はするつもりないですからね」
千波には今日の帰りのホームルームが終わった後まで行くなと言われていたが、結局、時間になると部活に行ってしまったので、俺を信じていたのか、本気で止める気がないかのどっちかだと思うが……。
最近、最低だの女たらしのクズ彼氏だのラインでも電話でも罵られまくっているので、信用なんかまるでされてないようだ。
それでも俺との交際を止めようとしないのはよくわからないが……千波はダメ男が好きだったりするのかな?
「ふふ、千波に話してるんなら別に後ろめたく思う必要はないじゃない。彼女公認の浮気って事で」
「だから浮気のつもりはないですって。本当に何もしませんよ。俺は彼女居るんですし、そっちだって男と遊んでいるのがバレたら……」
「ハイハイ。取り敢えず、私の家に来てね。何して遊ぼうか。この前、買ったゲームでもしよっか♪」
話など全く聞く耳持たないといった感じで、麻衣先輩は俺の手を引いて、自宅へと連行していく。
二人きりとは言え、変な気は絶対に起こさないようにしないとな。
千波を裏切るなんてのは持っての外だ。
「はい、どうぞ」
「どうも」
麻衣先輩の家に上がると、早速、居間に案内されてアイスコーヒーとお菓子を持ってきてくれた。
「ねえ、高俊」
「何?」
「はい、あーん♪」
「え? いや、恥ずかしいですって」
俺の隣に先輩が密着して座って、腕を組みながら、チョコクッキーを手に取って、あーんして食べさせようとする。
しかも胸があたっているし……てか、間違いなく誘っているだろ。
「誰も見てないじゃない。ほら、あーんして。何なら、ちゅーしてもいいよ」
「疚しい事はしないって言ったじゃないですか。ゲームするんじゃないんですか?」
「あはは、高俊もわかっているくせにー♪ あなたも女子の部屋に誘われることがどういう意味を持つかくらいはわかっているでしょう」
もはや堂々とやっているので、逆に感心してしまったが、流石に一線は超えられない。
そりゃ麻衣先輩の事だから、何かやってくるとは思ったけどさ……。
「あ、そうだ。今度、ライブやるんですよね! 応援に行きますので、めっちゃ楽しみにしてますから」
「うん、ありがとう。んで、クッキー食べないの?」
「自分で食いますので」
「んー……じゃあ、こうしようっか。んー……」
「ん?」
先輩がクッキーを口に咥えて、俺の顔に差し出してきた。
これは口移しで食べさせようとしているのか? 乗らんぞ、そんな手には。
二人きりでも、俺が変な気を起こすことはないってわかれば、麻衣先輩だって諦めるかもしれないんだ。
「はは、このコーヒー美味しいですね。おかわりを……」
「んーーーっ!」
「んぐうっ!」
アイスコーヒーを飲んでやり過ごそうとすると、しびれを切らしたのか、麻衣先輩が俺の顔を掴んでクッキーを俺の口に押し付けてきた。
「んぐ……く……」
息苦しかったので、止むを得ず、クッキーを口にして食べていく。
どうにか先輩と口づけはしないようにしないと……。
「んっ、ちゅっ!」
「――! ま、待った!」
「きゃあっ!」
クッキーを徐々に食べていくと、麻衣先輩が思いっきり顔を押し付けてきて、一瞬、唇が触れてしまった。
「い、今のは……」
「あー、ちょっとキスしちゃったね♪ キャハハ、これで浮気確定だよー。どうしようかなー?」
や、ヤバイ……このことを千波にバラされたら……マジで関係が終わる!
それだけで済むと良いけど、殺されたりしないだろうな……この前は寝技されまくったけど、それで済むはずがない。
「で、でも先輩が無理矢理やったんですよ」
「そんな言い訳通用するかなー? 高俊も私の部屋にノコノコと上がってきた時点で、こうなることは想像ついたんじゃない? 千波が行くなって言ったのに、それでも振り切ってきたんでしょう」
「そ、そんな言い方されても……」
確かに先輩の家に上がり込んだ時点で、俺にも非はあるけど、麻衣先輩とは疚しい事はしないって心に誓ったんだ。
「今日は先輩の家に遊びに行くだけだったんで」
「うん。大人の遊びしよっか。具体的にはセック……」
「あああっ! アイドルがそんな事、言っちゃだめですって。誰が聞いているかわからないですよ!」
ド直球で卑猥な事を口にしてきたので、慌てて先輩の口を噤む。
仮にもみんなに笑顔を振りまいているアイドルがそんな事を口にしたら、イメージダウンだって。
「高俊も随分とアイドルとしての私を大事にしているんだね」
「そうですよ。先輩がスキャンダルでアイドル人生台無しにしてほしくないですから。麻衣先輩もアイドル止めたくないですよね?」
「もちろん。止めないよ。今の仕事、好きだし」
だったらもう少し自覚を持ちなさいって。
「今のことは忘れますので、もう二度とやらないでくださいね。今度のライブには行きますから……」
「真面目ねー、あなたも千波も。でも、私の事、応援してくれるのはうれしいかなあ。ほら、握手してあげる。宮下メイと握手したい?」
「え? ああ、はい」
先輩がカツラを取って、素顔であるブロンドヘアーの姿を俺に見せたうえで、手を差し出してきたので、遠慮なく握手をする。
本当ならイベントとかでないと握手できないのに、何だかこれも悪い気がしてきた。
「えへへ。あなたの手も意外に大きいのね」
「初めて言われましたね」
「そうよ、もっと自信持ちなさい。ま、千波も私も今の高俊、好きだけどね」
「何で千波の気持ちまでわかるんですか?」
「だって、別れる気ないんでしょう。それって、今の高俊も好きって事じゃない。えへへ、向こうがそういうつもりなら、こっちももっと攻めて既成事実作るつもりじゃないとね」
「そ、そういうつもりなら帰らせていただきます! さようなら!」
「あ、もうっ! へへ、またねー♪」
麻衣先輩が本当に押し倒してきそうだったので、流石にまずいと思い、彼女を押し倒して、部屋から飛び出す。
うーん、ここまでストレートにやってくるとは思わなかったので、今度は二人きりになるのは極力避けないとな。
「こんばんは、タカちゃん」
「あ、ち、千波じゃないか……どうしたのこんな所で?」
家路に着いている最中、家の近くで学校帰りらしい、千波がムスっとした顔をして、俺の家の前で待っていた。
「楽しかった? 愛人との密会は?」
「あ、愛人って……先輩とは何も……いいっ!?」
何もしてないと言い訳しようとしたら、千波がスマホでとんでもない写真を見せつけてきた。
こ、これって先輩とクッキーを食べている時に口移ししちゃったときの……先輩が送ったんだな!? てか、いつの間に撮影していたんだ?
「さあ、どんなお仕置きが必要かな……この浮気性のクズ男には」
「あの、この写真は……」
「言い訳は良いよ! やっぱり、麻衣先輩と浮気していたんじゃない!」
「違うって! 一線は超えてないから!」
「不倫した芸能人みたいな言い訳するんじゃないわよ! いいから、来い! また根性叩き直してあげるんだから!」
と