第一話 恋愛なんて懲り懲りだと思っていたら
中学三年生の俺、仲三河高俊
成績は中の上くらいで、運動は普通以下。大してイケメンでもありゃしない特徴もない俺だが、そんな冴えない俺にも彼女がいる。
同じクラスの新藤沙月――とっても可愛くて、明るくて運動も出来る学校でもアイドル的な存在だ。
まさかこんな可愛い子と付き合えるなんてなって、浮かれながら沙月との何回目かのデートを迎えたら……。
「え? 私達、付き合ってないよね……?」
「は?」
ファストフード店で二人でお茶を飲んでいる最中にとんでもない発言が沙月の口から飛び出し、頭が真っ白になる。
「あ、あの……付き合ってないってのは?」
「いや、だから……言葉の通りだけど。何でそんな話になっているの?」
「いやいや、だって……」
この前、ラインで付き合おうかって話をして、OKを貰ったつもりだけど?」
「あれって、放送部の打ち合わせに付き合うって意味じゃないの? てか、私さ……ほかに付き合っている人、居るんだよね」
「は?」
更に沙月から衝撃の発言が飛び出し、後頭部をハンマーでぶん殴られたような衝撃が駆け巡る。
付き合っている人がいるだと?
え? じゃあ、今まで二人でデートしたりしていたのは? 俺の勘違い、気のせいだったって事?
「あの、そういう訳だから……支払いは私がしておくよ。じゃね」
「…………」
沙月は俺に気を遣ってくれたのか、滅茶苦茶罰が悪そうな顔をして、席を立ち、一人で店を出てしまった。
「…………そ、そんなバカなっ!」
彼女が去ってしばらく経ち、やっとこの悪夢のような現実を認識し、しばらくその席でうずくまる。
あの後、このことが一気に知れ渡ってしまい、友達からも散々馬鹿にされまくって、一生消える事のないトラウマを作ってしまうことになってしまった。
勘違いしていた俺が悪いって、クラスメイトどころか、何処からか聞いたのか、俺の両親にまで一様に言われたのだが……こんなのあんまりだろ!
卒業後、俺は実家から電車で一時間近くかかるくらいの遠い高校に進学した。
地元の奴に会いたくなかったし、恋愛なんぞともう無縁な生活を送りたかったからだ。
しかし、同じ中学の奴は居ないと思っていたのだが、一人だけ同級生で俺と同じ高校に進学してきたのがいたのだ。
「タカちゃーん、おはよー」
「お、おはよう……」
最寄り駅に着くと、ウチの制服に身を包んだ女子生徒が満面の笑みで俺に手を振って、駆け寄る。
彼女の名前は小川千波――
俺とは中学の時、同じクラスだって事もある女子で、肩くらいの黒髪が特徴の明るい背が高くてスタイルも良く、成績も優秀で運動も出来、クラスでも明るくて人気者……俺も小川さんの事は嫌いではない。
確か隣の席になったこともあるんだが、その時から随分と親し気に話してきたなって思っていたが、高校に進学して、同じクラスになってから、やけに親しく話しかけてきており、
「もう、朝からそんな暗い顔をしない。そんなんじゃ、運気も逃げるよ。今日の運勢さ、めっちゃ良いってテレビでもやっていたんだ」
「そう……」
俺の肩をぎゅっと抱きながら、マシンガンのごとく喋りまくって、駅のホームまで引っ張っていく。
元々、陰キャっぽい性格だったが、あの日以来、すっかり女子と関わるのもトラウマになっていたので、ここまで女子に馴れ馴れしくされるとむしろ警戒してしまう。
(沙月だって、俺に親身に接していたからさあ……)
女子に免疫がない俺を勘違いさせるには十分だったが、そうは言っても小川さんはその沙月を遥かに超えるレベルでパワフルに馴れ馴れしくしてきている。
男友達だってここまでじゃないんだけど、何を考えているんだこの子は?
同じ中学の知り合いが俺以外いないからとかだろうけど、そうは言ってもここまでだと疲れてしまう。
電車に乗っている間にも立ちながらではあったが、俺に話しかけまくっており、学校に着く前に彼女に相槌を打つだけで疲れてしまった。
悪い子じゃないのはわかるけど、このテンションの高さはかなりキツイ……というか、彼女はまさか俺の事好きなのか?
変な勘違いはしてはいけないと思いつつも、ここまで密着してくると、鈍感な俺でも思わざるを得なかった。
放課後――
「ねえ、タカちゃん、ちょっと良い?」
「話があるんだけどさー、来て」
「ああ」
帰りのホームルームが終わった後、小川さんは俺の手を引いて、中庭に連れていく。
「どうしたの?」
「今度の日曜、デートしよう」
「は? で、デート?」
「そう。私達も付き合っているんだしさー、そろそろ二人でデートもしたいと思って。予定ないよね、タカちゃん?」
「いや、あの……」
何の話かと思ったら、いきなりデートに誘われてしまい、面食らってしまう。
相変わらず強引な子だなと思ってしまったが、今、聞き逃せない事を言ってきたので。
「この前、タカちゃんが観たいって言っていた映画だよ。私、アニメとかあんまり見ないんだけどさー、タカちゃんと一緒なら良いかなって。ね、良いよね?」
「あのさ……」
「何?」
「すごく言い辛いんだけどさ。俺達、付き合っている訳じゃないよね?」
「…………」
と言うと、小川さんはしばらく宙を見て、何か考えながら黙り込む。
流石にうざくなってきたので、もうハッキリ言ってやることにした。
まさか、俺があの女と全く同じセリフを言う事になるなんて……しかし、これ以上勘違いされては困るので、ハッキリと告げることにした。
「うーん、付き合っている訳じゃないってのは、どういう事?」
「だからさ。俺と付き合っているとか言っているけど、付き合ってないよな? てか、いつの間にそんな話になっているの?」
俺の勘違いかと思って自重してきたか、今、ハッキリと小川さんが『付き合っている』とか言ってきたので、もうこっちも言わざるを得ない。
てか、俺達、付き合おうかとかそんな話をした覚えは一切ないんだが……何処でそんな勘違いしちゃったの?
(あの時の俺も沙月にこう思われていたのか?)
心が痛むなんてもんじゃない。神様はなぜ、あいつと同じ体験を俺とさせているんだよ?
「あはは、冗談きついよ、タカちゃん」
「あのー、それはこっちのセリフ……」
「私が彼氏って言ってるんだから、それが真実じゃん。タカちゃん、他に付き合っている子、居ないんでしょう?」
「そ、そういう問題じゃないんだけど!」
「なら良いよね。私、タカちゃんの彼女って事で。んじゃ、今度の日曜日だけど、一緒に映画観に行こうねー。ちょうど私も部活休みだし」
「ぎえええっ!」
思いっきり小川さんが首を絞めながら、そう言ってきたので、思わず息が止まりそうになる。
「あ、ごめん。じゃ、私はこれから部活行くから。じゃねー」
「ゲホ、ゴホ……お、おい……これ、どうすりゃいいんだよ」
すごい力で絞め技を食らい、
可愛い顔をして、小川さんは柔道部で黒帯なのだ。
しかも俺より背が高いので、男の俺よりもめっちゃ強いし、まともに喧嘩したら勝てない。
そんな事よりも……俺、ハッキリと付き合ってないって言ったよな?
それなのに強引に押し切って、あんなことを言ってくるなんて……小川さん、優等生かと思っていたけど、とんでもない女子だったので、頭を抱えてしまい、どうすれば良いのかと悩んでしまったのであった。