エピローグ 私は霊能力者じゃないけれど
「ん……」
目が覚めた時、私は病院の一室にいた。
「……ここは……?」
「ユズカ!」
そして目の前には私の両親が目に涙をためて叫んでいた。
「よかった……! 目が覚めたのね!」
「え? 私は、いったい……?」
母さんの横にいるのは、確か『土地神様』が退魔師と読んでいた男性。
……よく見ると、その手に付けているのは数珠ではなくただの腕輪だった。
彼らは、どこか安堵をにじませながらも冷徹な口調で尋ねてきた。
「目が覚めたばかりですまないが……ユズカさん、君にいくつか聞きたいことがある」
「な、なんでしょうか……」
「君がここ最近大金を渡していた老人についてなんだが……」
そして私は全てを教えてもらった。
この男性は退魔師なんかじゃなく、刑事さんだったこと。
私が出会っていたお爺さんは、人外などではなく、ただの違法薬物の売人だったということ。
私のような人間に対して思わせぶりな態度をとって、それらしいことを言いながら違法薬物を売りつける常習犯だということ。
そして……
「そんな……じゃあ、私が今まで逢っていた土地神様は……」
「ハッキリ言う。君にとって都合のいいだけの、ただの妄想の産物だ」
「嘘……そんな……?」
私は一瞬その言葉を受け入れることが出来なかった。
だが、刑事さんは同情交じりに答える。
「最近の漫画では『転生』する物語が多いから感覚がマヒするのかもしれんが……。ハッキリ言うぞ。死後の生命も幽世も、この世界にはない。本官のような仕事をしていると、それを嫌というほど思い知らされるからな」
「…………」
やっぱり、土地神様と過ごした日々は幻だったということか。
……だとしたら、幼少期に見たあの土地神様も……私が見た幻だったのかな?
(それじゃあ、私は……持ってもいない霊能力を『持ってるつもり』になって……自分が周りと違う特別な存在だと思って、見下していたってことなのか……)
そう思うと、私は自分が人より優れているものが一つもなくなったのかと感じた。
私はどこか空っぽになったような想いを抱えながら、刑事さんの質問に答えて言った。
「ご協力感謝します。……ユズカさん、辛いと思いますが……気を落とさないでください」
「ええ……」
そしてしばらくした後、刑事さんは病室を後にした。
「はあ……また、退屈な日々が始まるのかな……」
刑事さんも両親も帰った後、私は病室でそうぽつりとつぶやいた。
退院まではあと一週間はかかるとのことだ。
「退院しても……何も楽しいことなんかないんだけどな……」
もう土地神様に逢うことは出来ない。
彼女の存在は私の妄想だったのかもしれないが、それでも彼女と一緒にいた日々は楽しかった。
学校に友達がおらず、これといった打ち込めるものもなかった私には、あの『土地神様』との日々は、私にとっては大切なものだった。
(……いっそ、退院したら学校には行かないで、どこか遠くに行こうかな……)
そう思っているときに、病院の扉がバタン、と開いた。
「ユズカちゃん!」
「大丈夫だった!?」
「え……?」
確かあの二人のことは覚えている。
幼馴染の日南田くんと陽花里ちゃんだ。
……どうしてここがわかったんだろう?
そう思いながらも私は二人に尋ねた。
「実はさ、なんか急に呼ばれたような気がして……病院に行ってみたんだ」
「そしたら、ユズカちゃんが大けがしたって聴いたんだよ! それでお兄ちゃんと二人で来たってわけ!」
「へえ……凄い偶然……。でもさ『呼ばれた』ってどういういうこと?」
そう尋ねると、日南田君は不思議そうに首を傾げた。
「僕にも分からないんだけどさ……。なんか、今日ここに来ないとダメって言われた気がしたんだよ……」
「私もなんだ。けど、ユズカちゃんが無事だったみたいで安心したよ……」
陽花里ちゃんはそう答えた後、ポケットに手をいれて何やらごそごそと探るような素振りを見せた。
「あれ、なんだろう、これ……いつのまに?」
「ん? ……あれ。僕のポケットにも入ってるな……」
そういうと二人は訝し気な表情をしながら、ポケットから小さな木の実を取り出した。
「黄色くて、可愛いけど……なんていうんだっけ、これ……?」
「あたしは見たことないけど……ユズカちゃんは知ってる?」
「ああ、それはモミジイチゴっていう実だったはずだけど?」
「へえ……知らなかったな……」
その瞬間、私はハッと頭を殴られるような感覚になった。
(そういえば……私が小さい時に遊んだ土地神様は……『私が知らない情報』を教えてくれていた……!)
この木の実の名前が『モミジイチゴ』ということや、神様の着物の柄が『瑞雲』と呼ぶことなんて、私は神様に教わるまでは知る由もなかった。
……逆に、私が最近会っていた『土地神様』……いや、『私の生み出した幻』はどうだった?
確か、私のスマホやアプリを見て『凄い!』『面白い!』と喜んでいたが、逆に『私の知りえない情報』は何一つ教えてくれなかった。クイズの問題なども、殆ど私が答えて『土地神様』は褒めるだけだったし新月の時期を聞いても分かっていなかった。
(ということは……少なくとも、私が小さい時にあった土地神様だけは……本物だったってことなの……?)
「ね、ねえ……どうしたの、ユズカちゃん?」
「え? あ、うん……」
私が停止していたのを見て心配になったのだろう、日南田君は私にそう声をかけてくれた。
「ゴメン、なんでもないよ。……ちょっと、ふらついただけだから」
ひょっとしたら、今の仮説だって誤りかもしれない。
モミジイチゴの場所や瑞雲については、どこかで覚えた内容が無意識下に残っていて、それを偶然思い出しただけだったのかもしれない。
けど、私は少なくとも私が幼少期に出会った土地神様は本物だった。……そう信じることにした。
(もし、土地神様が本当にいるなら……私も、彼女に顔向け出来るもう少しだけでも前に進まないといけないよね……)
そう思った私は、なけなしの勇気をふり絞って尋ねる。
「ね、ねえ、日南田君、陽花里ちゃん?」
「なに?」
「よかったらさ。また前みたいに……一緒に遊ばない?」
正直、断られることを覚悟した一言だった。
……だが、二人はにっこりと笑ってうなづいてくれた。
「いいよ! じゃあ、今度カラオケでも行こっか。陽花里はどうする?」
「それもいいけどさ。私は縁日に行きたいな! 浴衣、お兄ちゃんに見せてあげたいし! ユズカちゃんはどう?」
「そうだね……私も……縁日に行きたいな。確か来週だっけ?」
「うん! じゃ、スマホ貸して? 連絡先登録するから!」
これでいいのかな、土地神様?
私は少しだけ晴れやかな気持ちになりながら、空に浮かぶ入道雲を眺めていた。