7 彼女は『本当に』女言葉を使っています
『久しぶりね、ユズカちゃん……』
夕方、すでに人が居なくなった病室に、私はそっと入り込んだ。
……普通の人間には私の姿は見えないが、万が一霊能力を持つものに見つかったら騒ぎになりかねない。
最悪、退魔師だったら調伏される可能性もある。
だが、幸いというべきか病室周辺に人の気配はない。
私は、この町の住民であるユズカちゃんの傍にそっと寄り添った。
『もう私の声は聞こえないのよね……けど……生きていて良かったわ……?』
私のような人に存在を忘れられかけているような『土着神』には、けが人を助けるような神通力などはない。
出来るのは精々、周囲の人にそれとなく注意をひかせることくらいだ。
……けど、たまたまユズカちゃんの近くに来ていた刑事さんを呼び寄せることが出来たのは本当に幸いだった。
『覚えている、ユズカちゃん……? 昔は、私と一緒によく遊んだわよね……』
ユズカちゃんは小さい時には私が見えていた。
だから、よく私の住む祠にやってきて、一緒に遊んでくれていた。
一緒に木の実を摘んだり、おままごとをやったり、その時の思い出は今でもよく覚えている。
『フフフ……。けど、きっとユズカちゃんは忘れているわよね? けど……私はユズカちゃんの傍にずっと居たのよ? あなたが成長するのをいつも楽しみに見ていたんだから……』
私はまだ意識の戻らないユズカちゃんに対して、そっと懐かしむように声をかける。
その声が彼女には届かないことは分かっているけれど、そうしないと行けない気がしたからだ。
『最近は……私の祠の前で、ぶつぶつと独り言を言っていて心配だったのよ? 何を言っていたのかは分からなかったけど……』
霊能力を持たない人間しか私たちを知覚できないのと同様、私たち土着神も霊能力を持たない人間の声は聞こえない。
彼女がなにを話していたのかは分からなかったが、どこか焦点の定まらない目で恍惚としていたのを見て、私はずっと心配していた。
『それに、本当は友達が欲しかったみたいなのに……周りをずっと遠ざけて、寂しそうにしていたでしょ? ……ずっと心配していたのよ、ユズカちゃん……』
私たち土着神は、自身の土地に住む人間たちを皆愛している。
だが、その中でも私にとって、小さい時に一緒に遊んでくれたユズカちゃんは、ほんのちょっとだけ特別な存在だった。
(そういえば……。昔、ユズカちゃんから教わったおとぎ話があったわね……)
ふと私はユズカちゃんの眠っているベッドの上に乗り、彼女の傍にそっと添い寝をするような態勢になる。
そして彼女にそっと呟く。
『ねえ、ユズカちゃん……? 肉体を持たない私はさ。あなたにとって特別な相手にはなれないわ? ……だから、もし目が覚めたらさ。頑張って友達……作ってみないかしら? 私なんかよりずっと素敵な、ね?』
そういうと、私はユズカちゃんの唇に自らの唇をそっと重ねた。
……もちろん人間が相手では感触を知覚することはできない。
だが、私はユズカちゃんと重ねた唇に、気のせいか暖かいものを感じた気がした。
……そろそろ誰かが来る頃だろう。
しばらくして私は唇をそっと離し、窓に腰かけて一言だけ呟く。
『私はさ。……ユズカちゃんのために出来ること、何もできないけど……。私はあなたのことも、この土地に住む人のことも……みんな大好きだから……あなたは、この現世で幸せになって?』
もし、現世の人が死ぬことで私たちの住む世界に来れるのなら、私は彼女を案内していたかもしれない。
だが残念ながら、人の子はどうあがいても『こちら』には来れない。
人間は死んだら、意識は四散し、大地に帰るだけだ。
死んだ人間が『私たちの世界』に来れるなんて誤解している人間は多いが、それは単なる人間の願望でしかない。
そのことを残念に思いながらも、私は窓から自らの住む祠に飛び立った。