プロローグ 私はみんなと違う「元霊能力者」
「毎日つまらないな……」
そうつぶやきながら、私『栃野柚香』は下校の準備を始めた。
早く、この退屈な教室から出たいと思いながら。
すでに時刻は16時近い。
クラスメイト達は部活に行くものはいそいそと準備をし、そうでないものは教室でだべりながらも荷物をまとめていた。
「ねえ、帰りにハンバーガー食べていかない?」
「いいね! あたし、お腹空いちゃったからなあ……」
私の隣の席でも、先ほどから3人のクラスメイトが楽しそうに談笑している。
彼女たちは突然私のほうを向いて、尋ねてきた。
「あ、そうだ。あんたも来る?」
「え?」
その発言に私は一瞬、どう答えようか悩んだ。
……だが、次の瞬間私の後ろから嬉しそうな返事が帰ってきた。
「行く行く! 最近新しく発売された、夏の新作を試したいんだ!」
「だよね! 試験も近いし勉強も一緒にしよっか!」
「うっわ、真面目! まあいいや、もうちょっとしたらいこっか、未夏! 実は英語で分からないとこがあってさ、教えてくれる?」
「任せて!」
私の後ろにいたクラスメイトの未夏は、私に気を止める様子もなく、友達のほうに歩いていった。
(……なんだ、今のお誘いは、私に対して言った言葉じゃなかったのか……)
そう少し恥ずかしく思いながら、私は廊下に向かっていった。
無論、私に挨拶をするものはいない。
代わりに、未夏達は楽しそうにおしゃべりを続けている。
「そういえばさ昨日さ! この辺じゃ見ない、怪しいおじいさんが居たんだよね」
「え~? それって不審者?」
「だと思ったけどさ、もう一度見たらいなくなってたんだよ! 一本道で隠れる場所もないのに!」
「え、マジ? 幽霊とかじゃない?」
「え~! いや、幽霊とかいるわけないっしょ! 非科学的だなあ……」
「だよね! ただの不審者だったんだよ、きっと!」
そんな風に楽しそうに話しているのを尻目に、私は教室のドアに手をかけて思う。
(まったく『無能力者』は、この世界に怪異が実在すること、知らないんだな……可哀そうに……)
そう思うと『友達が多いだけ』の未夏たちが、どこか哀れな存在に思えてきた。
そんな彼女たちとは私は話が合うわけがない。そう思って私はドアをピシャン、と閉めて教室を後にした。
「怪異か……子どもの時を思い出すな……」
下校の途中、私はそう思わず呟いた。
……実は私は、元々『霊能力者』だった。
小さい時にはよく怪異が見えており、怪異と一緒におしゃべりをしたり木の実を摘んだり、楽しく遊ぶことも多かった。
(特に仲が良かったのは……『土地神様』だったな……。今もまだ、あの祠にいるのかなあ……)
私は夕焼け空を見上げながら、そんな幼少期を思い出す。
『久しぶり、ユズカちゃん!」
「うん! 元気だった? 土地神様!」
「勿論よ! 今日は何して遊ぶ?』
「うーん、土地神様はなにしたい?」
『それなら、木の実を採りに行かない? ユズカちゃんは、黄色いイチゴって食べたことあるかしら?』
「え、なにそれ!」
『モミジイチゴっていうの。甘酸っぱくて美味しいからユズカちゃんも好きかなって思うのよね?』
「うわ、おいしそう! 連れてってくれるの?」
『勿論よ! この街の人間には見つかってないところにあるから、私が連れてってあげるわね?』
土地神様は、年齢でいうと当時の私より少し上、即ち10歳くらいの少女の姿をしていた。
彼女は昔ながらの着物……彼女曰く『瑞雲』というらしい……をいつも身にまとっていて、私の知らないことを沢山教えてくれる素敵な怪異だった。
(綺麗で美しくて……本当に素敵だったな、あの土地神様は……)
私は今にして思うと、あの『土地神様』に初恋をしていたのだろう。
……だが、そういった怪異は私が10歳くらいになるころには見えなくなってしまった。
(私も大きくなったし……もし、また『土地神様』に会えたら……こんなつまらない生活も変わるんだろうな……)
元々引っ込み思案だった私は、高校に入ってから友達が出来なかった。
そんな私は暇な時間があれば漫画ばかり読むようになっていった。
特に気に入っているジャンルは、いわゆる異類婚姻譚。……引っ込み思案の女の子が怪異と出会い、成長していく物語だ。
普通の人なら『こんな恋愛、現実に起きないだろう?』と一笑に付すものだ。
……だけど、私は他の人とは違って『元霊能力者』だ。
才能がない周りの子たちと違って、いつかそういう素敵な出会いがあるはずだ。
そんな風に思いながら夕焼けに染まる街をゆっくりと歩いていた。
「お嬢ちゃん……」
するとそんな時、突然私は声をかけられたと思い、驚いて振り向いた。
(誰……この人……?)
そこには※このあたりで見ない怪しい老人がいた。(※ユズカの住む町は片田舎で、大体近隣住民は知り合いである)
みすぼらしい風体だが、どこか妖しげな雰囲気をまとわせたそのお爺さんは、路地の影から無表情でこちらに対して尋ねてきた。
「お嬢ちゃんは……ひょっとして、昔は『こっち側』じゃなかったか?」
「こっち側?」
「……ワシには分かる。普通とは違う何かを抱えておるようじゃからな」
「え? どうしてそれを……?」
思わずうなづき、私は答える。
「……詳しく教えてくれんか?」
「……はい……昔は怪異が見えていたんですが……」
このお爺さんは、私が元霊能力者であることがわかるようだ。
そう思って私は自身が幼少期に体験していたことを話した。
「ふむ、やはりな……」
老人はそういいながら、不気味な笑みを浮かべてきた。
「……今は怪異が見えないことで悩んでおる、ということじゃな?」
「……はい……」
「なるほど……そこで、じゃ……」
そういいながら、何やら怪しげな瓶を老人は取り出した。
陶器で出来たその瓶は、まるで『土地神様』をほうふつとさせるような時代を感じさせるものだった。
「この薬をお主に譲ろう」
「これは?」
「……飲めば一時的に霊能力を取り戻す、霊薬じゃよ。まあ副作用もあるがの……」
「……いくらですか?」
そういうと老人は、ニヤリと笑って答える。
「1瓶で10万円じゃが……薬の効力を知ってもらいたいからの。はじめはタダでやるわい。また欲しくなったら、次の新月の晩にこの路地裏に来ておくれ?」
「う、うん……分かった。ありがと、おじいさん」
そういいながらも、私は老人から瓶を受け取り、その場を後にした。
(……あのお爺さん、怪しいけど……もしかしたら、これが私の『運命の分岐点』かも……)
正直、あの老人のいうことを信じた訳ではない。
このいかにも怪しい瓶の中身は恐ろしい毒かもしれない。
……だが、あの老人は私が『元霊能力者』であることを見破った。
それだけでも信じる価値はあるかもしれない。
それに仮に、もしこの薬が毒だったとしても、一命さえ取り留めることが出来れば『悪い売人を捕まえる刑事ドラマ風の物語』の始まりにもなるはずだ。
(少なくとも……退屈な毎日からはおさらばできるってわけか……)
そう思いながら、私は昔『土地神様』がいた祠に向かっていった。