弟のヒモになりたい!
話すのならやはり居間だろう。
その考えの基、居間にて、僕と兄さんは向かい合うように座った。
対面で見るとその不衛生さがよく分かる。
伸び放題の髪や髭もそうだが、特にその体臭。
あの時は慌ていて分からなかったが、兄さんから漂う酸っぱくさい臭いが気になって仕方ない。いったい何時から入っていないのか、潔癖症ではない僕でも思わず顔を顰めてしまう悪臭だ。
後で絶対に風呂に入ってもらうと決めながら僕は口を開く。
「で、どうして今さら戻って来たのさ」
「金が無くなった。このままだと死ぬな、と思ったから日見人の所に来たって訳よ」
日見人とは僕の名前だ。
兄さんの口からその名前を言われて嬉しい反面、肝心の内容が酷い。
金が無いのは見た目から分かっていたが、困って弟を頼るのはどうかと思う。
自分から家出したのだから、そのぐらいなんとかして欲しい。
「それで弟を頼るとか、それでも兄? で、どうして欲しいの?」
「頼む! 暫くの間、俺を養ってくれ!!」
「無理!」
にべもなく僕は断った。
一人暮らししているとは言え、養う余裕はない。いや、一人暮らししているからこそ、か。
頭を下げて頼む兄さんを見下ろし、僕は悲しみを抱く。
昔は僕を引っ張って遊びに連れ出すような活発な性格だったのに、何があったら弟のヒモになろうとするクズに成り下がってしまうのか。
当時は思いもしなかったと、溜め息を吐く。
「無理を承知で頼む!! 家事でもなんでもするからさ!!」
「なら、母さん達の所に行けば良いじゃん。そっちの方がまだ受け入れてくれる筈だよ」
「いやぁ、それはちょっとな……」
歯切れが悪い。もしや、何かしでかしたんじゃないだろうな?
ジト目を向ける。
「何か理由がありそうだね、兄さん?」
「なんだか怖いぞ、お前。尋問を受けてる気分になるんだが……」
冷や汗を掻く兄さんの前で、僕は両手を組み顎を乗せて笑みを浮かべる。
「うん。気のせいじゃないよ。最初に言ったじゃん。事情を聞かせてもらう、てさ。ーー逃げ場はないよ」
宣言するように断言すれば、兄さんは肩を落とすように項垂れる。
「分かったよ。話すよ。話せば良いんだろう。ったく、可愛げがなくなったなぁ」
「それ、兄さんが原因だから。兄さんが家出したせいで僕達は変な疑いをかけられたからね?」
虐待があったんじゃないか、夫婦喧嘩が絶えないんじゃないかと、あることないこと噂された。
騒ぎ立てた僕達も悪いんだけど、ほんと、あの時は色々あった。
過去の苦労を思い出し、思わず重苦しい溜め息を吐いてしまう。
「ーーーすんませんでした!!」
「謝れて偉いと言うべきか、じゃすんなよ、と言えば良いか……どっちが良い?」
「どっちも無しで。さすがに、弟に偉いと褒められるのは兄の威厳として駄目だと思うし、反論の余地もないからな」
「反省してるなら良いよ。今後は止めてね?」
「じゃあ! 許可してくれるのか!?」
「する訳ないじゃん」
養うかどうかはまた別の話。許したからって養うのまで許した覚えはない。
昔よりも馬鹿になった兄さんを眺めながら心の中で呟く。
(ほんと、どうしてこうなったのか……)