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第9話

「――夏目小太郎さん。あなたは、幼馴染である春野鈴音さんに、恋をしていますね」

「――なぜ、それを」


 まず、そこから疑問だった。

 確かに小太郎は、鈴音に十年以上も片思いをしている。

 それは、妹の柚乃も知っているし、友人である華蓮も把握していた。

 けれど、小太郎は目の前の少女とは会った記憶がない。


 なのに、なぜそれを知っているのか。

 その疑問を口にすると、一花はむしろそこで引っ掛かるのか、と驚くようにおずおずと返してきた。


「ええと……。見ていれば、大体の人はわかると思います……」

「……………………」


 そういうことらしい。

 はずかし。

 なんかシリアスに、「なぜ、それを」なんて言っちゃった。

 いや、自覚するところでもあったのだ。


 小太郎と鈴音が付き合っている、と周りに誤解されているのも、小太郎が鈴音にベタ惚れしているのが伝わるからだ。

 その気持ちを知らないのは、鈴音本人だけである。

 おほん、と咳払いをして、小太郎は「それで?」と話の続きを促した。

 一花は、はい、と頷く。


「あなたの恋愛は、決して成就することはありません。このままでは、夏目くんと春野さんがお付き合いすることは、絶対にありえません」

「ぐっ……⁉ な、なにを根拠に……っ!」


 静かに事実を突きつけられ、抵抗するように小太郎は声を上げた。

 いや、恋心が周りにバレていることまでは、小太郎だって納得する。

 けれど、小太郎と鈴音が決して上手く行かない関係であることは、親しい仲でないとわかりようがなかった。

 だから根拠を示せ、と小太郎は口にしたのだが、一花は静かに答える。


「夏目くんと春野さんは幼馴染。それも、とっても仲のいい幼馴染です。わたしもおふたりを見たことがありますが、本当の家族のようで素敵でした。きっと夏目くんも、今の関係はとっても心地がいいでしょう。このままでもいいかな~、なんて思ってしまうくらいに」

「…………っ」


 言い当てられている。

 だが、反応せずに黙っていると、一花はさらに言葉を続けた。


「ですが、それから決して関係が発展することはありません……! 『恋人のような関係』は決して恋人ではないんです! 家族です! 意識されていないだけなんです……! やがて、横からポッと出てきた別の男性に、さらっと取られてしまうのが世の常なんです!」

「ぐぐぐ……っ! な、なんてひどいことを……!」


 胸をまっすぐに抉られ、思わず手で押さえてしまう。

 小太郎が時折想像してしまう、そしてやけに現実感のある最低な結末。

 小太郎が何も動くことができず、でも満たされた生活に腑抜けていると、やがて突然、鈴音が、「こたろ~! あたし、彼氏できちゃった!」とピースしてくる。


 それは決して、ありえない未来ではない。

 むしろ、小太郎と鈴音が恋仲になるよりも、よっぽど可能性の高い現実だった。

 ただそれは、小太郎が当事者だから言えることでもあった。


「まるで……、見てきたように、言うね……?」


 小太郎は胸の痛みに呻きながら、彼女にそう伝える。

 一花は小さく頷き、そして、後ろの本棚に手を向けた。


「はい、見てきました。わたしは恋愛作品が大好きです。小説、漫画、ドラマ、映画、アニメ……、たくさんの作品を観てきました。その中には、夏目くんたちみたいな幼馴染の関係を描くものもあります。そしてその作品のほとんどで、幼馴染は恋を諦めることになっていたんです……!」

「うっ……! それは、嫌だ……っ!」


 そんなの、漫画や映画の話じゃないか! と糾弾することはできない。 

 少なくとも小太郎と鈴音の関係は、彼女が言うような終わり方を迎える可能性が非常に高い。

 小太郎も、鈴音の言うような作品を観たことはある。

 幼馴染はいわゆる『噛ませ犬』の役割を担い、恋敵に敗北していた。

 今、小太郎はその敗北のルートを着実に歩んでいる。


 今はまだ、ライバルが出現していないだけ。

 このままでは、ダメだ。

 でも、どうしたらいい?

 小太郎はその疑問を、そのまま口にした。


「お、俺は、どうすればいい……?」


 目の前の少女に尋ねると、彼女は眼鏡の位置を直した。

 少しだけ前のめりになりながら、力強く口を開く。


「そのために、夏目くんに来てもらったんです。わたしが――、夏目くんと春野さんの恋愛を成就させる手伝いをします。協力させてください」


『あなたの恋路に協力します。文芸部室に来てください。  二年二組 綾瀬一花』


 あの一文を思い出す。

 一花はあの言葉どおり、本当に小太郎の恋愛を応援するつもりらしい。

 思わず手に取ってしまいそうになるが、いろんな疑問が浮かび上がった。


 ひとつ。そんなことをしても、一花には何の得もないこと。

 ひとつ。協力してくれると言っても、果たして彼女が頼りになるか、ということ。

 小太郎は恋愛経験があるわけではないが、目の前の少女もそれほど慣れているようには見えない。

 それとも、見かけによらず恋愛マスターなのだろうか?

 小太郎は、おそるおそる一花に問いかける。


「……協力してくれる、って言ってくれるのは嬉しいけど。こんなこと言ったら失礼かもしれないけど、綾瀬さん、そんなに恋愛経験豊富なの……?」

「……いえ、経験ゼロです」

「ダメじゃん」


 一花がそっと俯き、気まずそうに答えるものだから、間髪入れずに返してしまう。

 恋愛経験ゼロの人間ふたりが揃ったところで、ゼロ足すゼロはゼロでは?

 小太郎が訝しんでいると、一花は慌てたように口を開いた。



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