第8話
「文芸部……?」
一文だけでは全く意味がわからなかったが、文章が続いてもよくわからない。
なぜ、文芸部が手紙を出してくるのか、恋に協力するのか。
いたずらにしか思えない内容だった。
しかし、一応華蓮に尋ねてみる。
「うちの文芸部って、こんな人の恋愛を手伝うような活動してるんだっけ……?」
「いやぁ~? あたしも詳しくはないけど、普通の文芸部だったと思うけどね。文化祭では文集とか売ってた気がする。あんま部員がいなくて、規模は小さかったと思うけど」
小太郎の記憶とそう相違はない。
それならなぜ、自分にこんな手紙を出してくるのか。
つまらないいたずら、と捨てるには、わざわざ名前と部まで書いてくる理由が不明瞭だ。
それに、字は丁寧に書かれていて、とてもいたずらに使うものとは思えなかった。
小太郎はしばらく悩んで、その手紙を畳む。
「……俺、行ってみようと思う」
「えぇ? いやまぁ、好きにすればいいけどさ。そんなに惹かれたの?」
「そういうわけじゃないけど。もしかすると、何かが変わるきっかけになるかもしれない」
はっきり言って、小太郎の状況はいいとは言えない。
このまま手をこまねいていても、鈴音と幸せなゴールを迎えられるとは思えなかった。
かといって、これ以上何をすればいいかもわからない。
手詰まり。
もちろんこんな手紙ひとつで、進展するとは思わない。
だが、このまま停滞していても仕方がなかった。
できることから、やっていくしかない。
その気持ちが伝わったのか、華蓮は頬をぽりぽりと掻いた。
「ま、行きたいなら止めはしないよ。もし、その一花ちゃんが可愛かったら教えてね~」
そんな軽口を叩きながら、華蓮は先に帰っていった。
小太郎は手紙をぎゅっと握りしめて、旧校舎に向かう。
文芸部室は旧校舎の一階、一番奥。
部活をやっていない小太郎には、とんと縁のない場所だった。
放課後とあって騒がしく、三階からは吹奏楽部の練習の音がここまで聞こえてくる。
しかし、文芸部室のある一角はとても静かだった。
ずん、ずん、ずんと小太郎は大足で部室に向かって歩いていく。
『あなたの恋は、決して成就しません。』だって?
『あなたの恋は、決して成就しません。』だって???
『あなたの恋は、決して成就しません。』だって~?????
「ぐぐぐぐ……、なんてひどいことを……」
思わず胸を押さえながら、真っ向から突き付けられた言葉に呻く。
もしも、しょうもない理由で小太郎を呼び出したのなら、さすがに怒ってしまうかもしれない。
怒りなのか悲しみなのか、とにかく激情を握りしめながら、小太郎は文芸部室の前に立った。
そして、ノックをふたつ。
「は、はいっ」
びっくりして思わず出てしまった、というような裏返った声が聞こえてくる。
女の子の声だ。
手紙に書かれていた、『綾瀬一花』さんだろうか。
「二年一組、夏目小太郎です。お手紙の件で、来ました」
「……っ。ど、どうぞっ……」
驚きと躊躇いを感じさせる声が、扉越しに聞こえる。
小太郎は特に躊躇なくドアノブに手を掛けて、扉を開け放った。
小さな部屋だった。
元は何かの準備室だったのか、大きさは教室の半分もない。
大きな本棚が壁際に設置してあるから、余計狭く感じた。
部屋の真ん中には、学校でよく見る長机が置かれている。それを取り囲むように、ごく普通の学校椅子が何脚か置いてあった。
窓は少し開いているらしく、白いカーテンがふわふわと揺れている。
そして、椅子のひとつに腰掛けているのは、ひとりの少女。
小柄な女の子だった。
まず目に入ったのは、丸っこい眼鏡。度の強い大きな眼鏡を掛けていて、その奥の瞳もまた丸い。くりっとした瞳が小太郎を見つめていた。鼻は主張が少なく、唇の色も薄い。どこかあどけなく、少女、といった印象が強いが、間違いなく顔立ちは綺麗だった。
長い髪を大きめの三つ編みにしていて、小さな身体の前に垂らしている。セーラー服の上に淡いグレーのカーディガンを羽織っており、それがとても似合っていた。
まさしく、文学少女、といった感じの女の子。
その姿に、しばし見惚れる。
それだけ彼女はこの空間に馴染んでおり、一枚の絵画のようだった。
美しい彼女とその光景を見て、小太郎はつい言葉を失ってしまう。
彼女の手の中にはハードカバーがあったが、彼女は慌てて栞を挟み、本をテーブルの上に置いた。
そして、せかせかと立ち上がる。
「こ、こんにちは。文芸部二年、綾瀬一花です。よろしくお願いしますっ」
「よろしくお願いします……」
彼女――、一花は緊張した様子で、ぺこりと頭を下げる。三つ編みになった髪が、ぶらんと揺れた。
彼女が、手紙を出した張本人。
立ち上がると、より互いの身長差が明確になる。
見た目だけで判断してなんだが、とても真面目そうな女の子だ。スカートもかなり長い。
人にいたずらを仕掛けて喜ぶタイプには到底見えなかった。
周りにそそのかすような人もおらず、部室には彼女ひとりだけだ。
それでも警戒はしつつ、小太郎は受け取った手紙を持ち上げた。
「手紙、読みました。とても気になることが書いてあったので、ここに来たのですが」
「あ、は、はい。ありがとうございます。どうぞ、座ってください」
どぞ、どぞ、と両手で向かいの席を示してくるので、言われたとおりに小太郎は席に着いた。
一花は胸に手を当て、両目を瞑って深呼吸をしている。
なんだか、緊張しているように見えた。
……やっぱり、いたずらではなさそうだ。
それはそれで、彼女が何を考えているかはわからない。
一花は目を開けると、ゆっくりと口を開いた。